旅立ちの決意
「……手紙?」
はい、とそれを差し出すニーナさん。
綺麗な赤紐で結ばれた羊皮紙――僕は受け取って見てみる。
< 封魔士、風間ジンタ殿へ。
最近魔法使って悪さしている奴多くて超困ってんだけどー
チョベリバーってかマジやばくない?
なくない? なくなくなくなくない?
マジファッキュなんだけど
どーにかしてくんないかなージンちゃん 頼りにしてんよー
マジ頼みっきゅーん……きゅーん……ゅーん……ーん(エコー)
野村国 王 >
「……………………」
……うん。
なんだろう、これ。
いい塩梅にドア全開だから、今すぐ投げ捨てたいんだけれど……いいかなあ?
「……ねえ、二―ナさん」
「はい。なんでしょうか、ジンタ様」
「なにこれ」
「手紙です、もとい依頼――命令状です」
「破っていいかな?」
「お待ちを。たしかに、『チョベリバ』なんて死語はジンタ様のような最近の子供にはわからないでしょうし、正直こんなことを言うとアレですが、王様のセンスには私もドン引きです。しかし、破り捨てられしまっては私が困りますので、僭越ながら説明をさせて貰うと――『チョベリバ』とは超ベリーバットの略語です。つまり、『スーパーとても悪い』という意味ですね」
「へえ、そうなんだ。微塵も気にしてなかったし興味もちっとも湧かなかったけれど、じゃあ破り捨てていいかな?」
「なにが『じゃあ』ですか。駄目に決まってるでしょう」
「えー」
「……まあ、最近の王様の言動はおかしいところがあると私も思っていましたが……とまれかくまれ」
ニーナさんは僕の手を両手で取り、ぐいっと顔を近づける。
「ジンタ様。あなたのお力をお貸しください。我々はあなたの力が必要なのです!」
僕は戸惑った。
それはなにも王様の勅命を受けたからではないし、綺麗なお姉さんに頼られたからでもない。
ニーナさんのドレスの胸元から、大きな谷間がこんにちわってしていたからだ。
「……お力……って言ってもさあ……」
「――なにを仰いますかジンタ様っ!」
「えっ? いや……まだ何も言ってないけど?」
およよ、と泣くような素振りを見せるニーナさん。
「世界広しといえど、残す封魔士の血筋はあなたのみ。私たちはあなたに頼るほかないのです……。『魔導書』がもたらす被害は日に日に増え、みんな困っています。……それを防ぐことが出来るのはあなたを置いて他になし……残念無念極まることに、史上空前、空前絶後の大危機をこんなヒョロっちい子供に私たちは任さざるを得ない……のです……。およよよよ……」
「…………」
説明ありがとう。
ヒョロっちくてごめんね。
「んー、なんだが小馬鹿にされているような気がするけど……。とりあえず、出て行ってくれないかな?」
「そうは豆腐屋が降ろしません」
「豆腐屋も大変だね」
「この世界の平和が、あなたの肩に掛かっているのです!」
「はうっ!?」
だき、と僕に抱きついてくるニーナさん。
説得力の欠片もない熱い声。
弁解を一切許さない調子が含まれた、勝手な期待丸だしの嫌な声。
世界の平和が……とは言われても、睡眠妨害され、家を壊され、あまつさえいきなりそんな命令されたら、誰だってうんとは頷かない。僕だってそんなの頷かない。
というか、押しつけられた胸が邪魔で頷けない。
「あのね、ニーナさん。悪いけど、丁重にお断りします」
「拒否します」
きっぱりと。
「なにそれっ!? そっちに拒否権があるの!?」
「ちなみにジンタ様にはありません」
「どういう法律なのっ!?」
圧政だ!
暴政だ!
「それに王様はこうも言っておられました……『あのジンタとか言うガキ……多分、色気ムンムンでいけば簡単に落ちるから、断られたら最悪胸押しつけりゃあ……うへっへっへ、イチコロだぜぇ』……と」
「王様最低じゃないか」
キャラが定まって無さ過ぎるだろう、王様……。
というか、それをぼくに言って聴かせたら駄目じゃないかなあ?
二―ナさんも少しオツムがアレなのかもしれない。これで頷くような奴は、流石にいないと思うんだけれども。
「胸、いきます?」
「いきません。っていうか、ニーナさん。それって、僕を胸に抱きながら言うような台詞なのかな?」
「勘違いしないでください。パフパフですよ?」
「……遠慮しておきます」
僕は両手を突き出し、やっとこさニーナさんの谷間から脱出する。
「そうですか……ちなみに。本当に粗末な、ちなみに、ですけれど……」
二―ナさんは手を口元に、視線を横に照れるようにうつむいて、
「お引き受け頂けるとあらば、ジンタ様の召使いという形で、私ことニ―ナが謹みを持ってジンタ様のお世話をさせて頂くよう、王様より命を受けております。それは家事は勿論、肩揉み、膝枕、肩車などなど、旅の路銀も当然私がお持ちいたしますし、オプションで よ・る・の・お・世・話・まで、幅広ーく対応していく所存にございます」
「――なっ!」
思わず僕はうめいた。
「……に、二―ナさん……いま、なんて?」
「いやです、もう。……女の口からそんなこと……何度も言わせないでください……。夜のお世話……です。いやん」
「……あの、それじゃなくてさ」
「えっ?」
「え? いや、だからさ。……その……肩車してくれるって……本当?」
「……えっ?」
「はっ?」
「……うーんと……あれ? そっちですか? え、ええ、肩車くらい、いくらでもしますけれど……」
「…………」
僕は考える。
すんごく真剣に考える。
肩車を……してもらいたい放題……背の高い……未知の景色を……見放題……おぅふ……ふおおおおぉぉおっふ……っ。
……感じる。
……ふつふつと沸き上がってくる高揚感を感じる。
それはきっと、まっさらな新雪を踏みしめ、未開拓の地を突き進むそれに似ているだろう。想像するだけでたまらない気持になる。彼女の言葉は大海を揺るがす大津波よろしく――大地を押し上げるマグマよろしく――僕の心に、ハートに火を点けた。
ほう、と甘美な吐息が漏れてしまう。
表情には出さないけれど、恍惚に顔がほころびそうになる。
なるほど。
どうやらこれは――
僕の出番のようだな。
……いや、違うよ?
別に肩車がどうとか、そんな子供な理由じゃないし、決してそんな理由で動くわけじゃないけれど――世界の平和、というトキメキ言葉を持ち出されてしまっては、僕だって考えない理由にはいかない。ぶっちゃけて言うと、正直、世界の平和とかピンとこないし、卒塔婆が卒倒して祖父祖母が卒倒しそうなほどに、僕にとってはどうでもいいことだけど……まあ、肩慣らしには丁度良いんじゃないかなーって思っただけ。
それだけ。
本当だよ?
いやいや、なんていうか最近寝坊気味だったからね。ちょっくら国を守ってあげても良いような気がしてきた。というか是非とも守ってあげたくなってきた。お前がやらなきゃ誰がやる――って、とある戦闘民族も言ってたし。
僕はキリリと眉を引締め、
「……仕方ありませんね。わかりました。その話、引受け――」
――いや、待て?
しかし待て、僕。
それは軽率というものだ。
考えてもみろ。たがが肩車程度で僕が、この僕が動くなんて……そんなに安い男になった覚えはないし、なったつもりも毛頭ない。後退する生え際を気にして、おでこを薄い前髪で隠すような――そんな日本人的謙虚さとか、遠慮と言えば聞こえの良いみみっちさは――こと、僕において似合わない。
後退しているのは生え際では決してない、僕が前進しているのだッ!(ちなみに僕はハゲてない)
だから、ここは一つ――
少なくとももう一つ、メリットというものを望もうじゃないか。
「……お引受け、して頂けるのですか?」
ニーナさんはしずしずと胸の前で指を編み、首を傾げる。
対して、僕は固まる。
否。
思考をフル回転させる。
つまり――ここから先はメリットの綱引き合戦。
僕とニーナさんの心理戦――ひいては王様と僕の頭脳戦、というわけだ。
……面白い。
……面白くなってきやがった。
なんたって相手は王様――そして、それに選ばれた召使いだ。当然、高いレベルの教育は受けているだろう。故に、極めて高度な心理戦が繰り広げられることは想像するに難くない。
落ちつけ。
高揚感に呑まれるな。
クールになれ、風間ジンタ。
いま、僕には冷静な判断が求められているんだっ!
「……その前に、ニーナさん。一つ、訊いておきたいんだけど――」
僕は値踏みするようにニーナさんを見据え、
「――それは勿論、『おんぶ』、『だっこ』も含まれているんでしょうね?」
顎に手を置き、意味深長に言い放った。
このときの僕の鋭い視線は、きっと野生の鷹の眼光のそれだっただろう。言わずもがな、この会話のイニチアシブは僕にある。だからこれは“主導権は僕にある”と相互確認させるための牽制――しかし、委縮させるだけにしては、ちょっとやり過ぎちゃったかもしれない。しかも一つと言わず、二つも要求してしまった。
僕は欲張りさんなのだ。
欲しがりさんなのだ。
でも!
だけども、世界を救う報酬に肩車だけじゃ全然足りない。少なくとも『おんぶ』が無ければ、僕は絶対に動かない。その確固たる信念が、僕にはある!
僕は厳粛な態度で彼女を見据える――さあ、どう打って出る!? ニーナさんッ!!
「それがお望みとあらば」
「引き受けましょう」
僕は即答した。
次回ィ予告ウゥゥゥッッッ!!!
戦慄走るッ!!
――最強の宿敵、『炎の魔導書』ッ!!
迫りくる紅蓮に対魔が唸る!
灼熱の煉獄に封魔が叫ぶ!!
ま さ に ッ !!
相 手 に と っ て 不 足 な し ッ !!!
そして、ジンタの歴史に――
また新たな一ページ――
次回、
『対魔汎用型超超絶スーパー決戦兵器ニーナ』
究極最終兵器ここに堂々爆誕ン――ッンンンッッッ!!!!!