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決着ッ!! 水の魔導書ッ!! ①


 ――と。

 そのときだ。


「ジンタ様ッ!!」


 甲板に頭から落下する直前――ニーナさんが何かを投げた。

 全身を痛烈な衝撃が走り抜ける、と思ったのだけれど。なぜか僕の身体はポーンと、そんな軽快な擬音が似合う感じに、ぽよーんと跳ねた。

 そして気が付いたとき。

 僕はやわらかいものの上に乗っかっていた。



「……アルル」



 依然と気を失ったままの彼女。

 食い込んだ水着。

 その目蓋が、かすかに動き、



「……おとう……さま……」



 ほろり、と。

 朝露のような涙が、頬を一筋に伝った。





『――お前がバケモンだろうがなんだろうが、それ以前に俺の――風間ジンベイのガキだ』


『だから泣くんじゃねえ。自分を恐れんじゃねえ。顔上げろ。前を向け。足を踏み出せ』


『お前は――男の子だろ?』





 僕の胸がドクン、と大きく唸った。



「……あれ? あんた……」



 うろんな瞳が僕を映す。

 状況が把握できていないのか、アルルはきょろきょろを視線を動かす。

 僕はなぜだか、とても優しい気持ちでいっぱいになった。



「おはよう、アルル」



 彼女はきょとんとする。

 やがて、



「……助けに……来てくれたんだ……」



 ぽつり、と。

 穏やかな彼女の顔につられ、僕の頬が自然と緩む。

 それは奇しくも、初めて僕らが出会った時のような状況だった。

 あのときは、ぺちんって頬を叩かれたっけ……。なんて暴力的な女の子なんだ――って思ったけれど、いまはどこまでもか弱く、守ってあげたい存在に見える。



「うん。ちょっとだけ待ってて。すぐに――“終わらせるから”」



 僕は静かに印を結ぶ。

 その背後で『魔導書』が叫んだ。


「ははははぁーん!! 完全に十全に完璧に完成です――喰らいなさい! 大大大噴水ビックバン・フォース・スプラッシュッ!! 喰らった相手はとりあえず死ぬぅっ!!」


 水玉が大きく膨れ上がったと思うや否や、弾けた水が四方八方に飛び散る。

 超硬圧縮された水の弾丸――それは炸裂と同時に辺り一面を破壊し尽くし、もちろん僕たちにも牙を向ける――

 だが、



「……少し、黙れよ」



 そうだ。

 僕は守るって決めたんだ。

 解こう。

 使おう。

 アルルのために。

 僕は、



 僕の『封印』を――解く。



 喧騒が遠くなる。

 胸の鼓動が速くなる。

 身体が熱い。

 燃えるようだ。


 僕は振り向くことなく、ただ熱い吐息を吐き、



「――“炎熱付与”――」



 解放する。



「――来たれッ!! 『跨王爆炎陣こおうばくえんじん』ッッッ!!!」



 獄炎を纏った腕を奮い、空中を薙ぐ。

 刹那、轟音とともに甲板を埋め尽くすほどの炎が出現――それは灼熱の盾となり、向い来る水の弾丸をすべて蒸発せしめる。幾重にも重なる水蒸気爆発が巻き起こり、蒼天に衝撃と轟音の花火が撃ちあがる。


「……な、なに!? なんですッ!? 何事ですかッ!!?」


 狼狽の声に目をやると、あまりの熱気に歪む、遠近感の崩壊した世界があった。

 混沌を招く力――『魔導書』。

 それに彩られた世界は、もはや現実のそれとは遺脱した地点にある光景だ。


「ジンタ様……それは……」


 蒸発した水が蒸気となって辺りを包む。

 むせ返りそうになったけど、そこはぐっと我慢。

 僕は『炎』を宿した腕を振り下し、炎と霧の幕を切り裂きながら言い放つ。

 

「……僕は退魔士じゃない……『封魔士』だ。滅するんじゃなく、“封印”する。自分の中に……ッ!!」



 それは血となり肉となり――


 そして――僕の“力”となる。



「なるほど……それは村を襲った『炎の魔導書』の力……」


 得心する部分があったのか、ニーナさんは頷く。

 たしかに彼女なら――王様に命じられて僕のもとに来た彼女なら、僕のこの能力も知っていたのかもしれない。“化物”の力を――知っていたのかもしれない。

 僕は動けなくなったニーナさん、そして涙目のアルルに背を向け、


「――安心して。大丈夫だよ二人とも。きみたちは――僕が絶対に守るから」


 そう言って、敵を見据えた。


「えっ、えっ?……あれ? なにこの状況? いったいどうなって……」


「お静かに、アルル様。ジンタ様はやるときはやる子なのです。それに――主人公の決め台詞を前に、外野が御託を並べてはいけません」


 不安がる二人の声を後ろに、僕は『水の魔導書』に問う。


「……一つだけ訊いておく。お前は女の子を泣かせて、なんとも思わないのか?」


「は……はあ? 大そう馬鹿げたことを言うじゃないですか、クソガキ。ちょっと火を出せるからって、調子に乗っちゃいけませんよ? 涙? 泣かせる? 女の子? ぷすすと鼻息が漏れてしまいます! そんなものはクソの足しにもなりません! 知っていますか? 世の中は金で回っているのです!!」


「……お前は女の子を泣かせた。そして傷つけた。僕の大切な人たちをッ!!」


「だから、だから、だからどうしたと言うのですか!? 謝って欲しいのですか!? つーか、しつけぇぞッ! 笑わせんじゃねえぞクソガキがぁッ!! 世の中ってのは金なんだよッ!! 金で出来てんだよッ!! 金がなくちゃなんも出来ねえ、なにひとつ守れねえ!! だからワタクシは金が欲しいんだよ!! わかったような口利いてんじゃねえぞ、クソガキがッッッ!!!!!!」


 哀れだと思った。

 この『魔導書』は、自分が地獄の門の前に立っていることを、まだ理解していない。


「……大人しく封印されろ。そうすれば、痛い思いはしなくて済む」


 僕の最後の慈悲に、『魔導書』は鼻で笑う。

 いいだろう。

 了解した。

 その汚い笑い顔がいつまで持つか見ものだ。

 僕は腰を落とし、正眼に構える。



「――僕は『封』、僕は『封魔』、魔の法を断ち斬る『封陣の刃』――ッ!!」



 封魔士の力――魅せてやる。



「――風間ジンタ――いざ尋常に参るッ!!!」



 僕は熱い吐息を吐き捨て、風になびいた。

 直後に床を蹴る。

 疾駆する軌跡に火炎を残し、一瞬で『魔導書』の前に踊り出る。炎を纏った僕の姿に硬直したが――しかし、反応を返さないほど、敵も鈍感ではないらしい。


「つ、貫け、水槍ッ!!」


「邪魔だッ!!」


 咄嗟に造り出された水に、僕は右拳で応じる。

 ジュッ、という音の刹那に水爆が巻き起こり、『魔導書』の目が裂けんばかりに見開かれる。

 真正面からぶつかり合った炎と水――言うまでもなく、競り勝つのは僕の剛炎の拳だ。


 ドパパパパ―――――ンッッ!!


 凄まじい衝撃波が全身を駆けると同時に、『魔導書』を再度、蒸発、雲散霧消とさせる。


 ――当然、アイツはまだ健在だろう。


 だが、もはや『音見えるんです』に頼る必要も委細ない。

 僕はその場でくるりと一回転。

 竜巻よろしく――宙を薙ぐ昇竜の拳で、辺り一帯に猛烈な上昇気流を発生させる。空中に拡散する水蒸気ならば、地を、海を叩くことなく空へと舞いあがるはず――晴天の青空で、雲の一欠片も無い空の中でなら、『魔導書』の力は封じられたも同然だ。


「もうどこにいようと関係ない――空ごとまとめて焼き払ってやるッ!!!」


 僕は高高度上空を見る。

 力を封じたと思ったが、しかし、僕のその算段はどうやら間違っていた。海の真上ですべての水分を蒸発させることは、流石に無理だったらしい。

 その証拠に――遥か上空で、『魔導書』がその姿を現した。


「くふっ、くふふふふ!! 素晴らしい、楽しい、愉快だ、愉悦だ!! ワタクシと同じ化物が、こうして敵としてワタクシを迎えてくれる――迎え撃ってくれる。これ以上の享楽がどこに存在するでしょうか!? もっとだ、もっと踊りましょうッ!! もっと激しくッ!! どちらかが死に絶えるまでッ!!!」


 すこぶる愉しそうに、それでいて狂気染みた笑み。

 なぜだかさっきと雰囲気が違う――男の仮面の奥に、二面性を感じた。

 『魔導書』は空を抱くように両腕を出す。差し込む太陽の光が、きらきらと高高度上空で煌き始めた。浮かび上がるそれは無数の――これまでの数がお遊びに思えるほどの――空一面を覆い尽くさんばかりの、水玉の群集。


「いいよ、相手してあげる。もちろん、勝つのは僕だけどね」


 ――我が右腕は炎帝の槍。

 ――撃ち放つは火竜の咆哮。

 炎熱付与。

 最大出力。

 両腕を引き溜め、そして放つ!


「獄炎に焼かれ燃え尽きろ――『龍波火炎陣』ッッッ!!!!!」


「――そんなドライヤー程度で、ワタクシの雨を防げると思うなッ!! 永久穿雨刃エターナル・スラッシュ・レインッ!!!」


 同時に、雨あられと降り注ぐ水の刃。

 水刃と炎拳がぶつかり、爆竹のように大気が連爆。落雷のような轟音をあたりに撒き散らし、周囲を夕方のように染め上げる。


「……くっ!」


 口の中に苦い味が広がった。

 雨刃の量が多すぎる。相殺する境目が、じわじわと後退してくる。


「あはははーん!? どうした、その程度か!? てめーとは背負ってる覚悟が違えんだよ、場数が違ぇんだよ!! さっさとくたばれ、クソガキッ!!!!!」


 競り負けているのは事実だった。

 けれど、僕だって背負っているものはある。

 大切なものを守る。

 その気持ちは、もう、誰になんと言われようと揺るがないッ!!


 ――もっとだ。

 ――もっと威力を。


 僕は歯を食いしばる。

 踏みしめる足が甲板にメリ込む。

 あたりの板子が衝撃にめくられ、剥がれ舞うそれは一瞬で燃焼――あるいは水刃の雨によってズタズタに切り裂かれる。

 このままじゃ――マズイ。


 ……どうする?

 ……どうすればいい?



「――ジンタッ!! あんなヤツに負けないでっ!!」



 アルルの声が爆音の間隙に聞こえた。

 ふとして見ると、ランドセルを背負ったスク水姿の女の子――アルルが、ぎゅっと手を握り締めて、僕を見ていた。

 眼に涙を浮かべて、必死に僕を応援してくれている彼女――


 ――の、背負っているランドセルに、目が止まる。


 ここで僕に電流走る――圧倒的閃きが脳を駆け巡ったッ!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」


 僕は炎を放ちつつ、甲板を蹴り、急いでアルルのもとへと駆け出す。

 ギョッとするアルルだったけど、ちょっといまは構ってられない。アルルの背負っていたランドセルを貰うと、僕はそれを逆さまに担いだ。

 そして大きく跳躍。


「逝ってよしっ!!」


 猛烈なジェット機関エンジンがランドセルの口から噴出。

 僕は雨刃を蒸発・払拭させつつ、大空へと舞いあがる。

 ぐんぐんと迫りくる僕に――流石の『魔導書』も予想外だったのか、単調な攻撃を変化させることもなく、僕の接近を許した。


「なっ……!」


「――もう逃げ場はないぞ!!」


 僕は自分の身体を抱くように腕をクロスさせ――かつて僕の村を襲った『炎の魔導書』の技を、ここで使う。


「『炎陣爆封ッ!!』」


 流石に技名は改名した。

 バッと両腕を広げるや否や、全方位三百六十度を炎が包み込む。

 完全に逃げ場はない。霧状になったが最後――即座に蒸発してしまうだろう。


 ――やっとだ。

 ――やっと、封印することができる。


 『魔導書』は、なにが起きているのか、わからない顔をしていた。

 僕は拳に“封”を付与する。

 火を噴くランドセルを調整し、その場で猛烈にスピン。アクセル。

 お前が撒き散らした害悪を後悔しろ。

 お前が傷つけた人たちに、心の底から懺悔しろ。


 撃ち放つは断罪の拳――。


 凄まじい遠心力を乗せた一撃を、

 いま、

 その顔面に、

 お見舞いするッ!!



「――風間が封魔足り得る理由――その身をもって思い知れッ!!」



 これで、終わりだッ!!!



「――『封魔烈迅拳』ッッッ!!!!!」



 転瞬激震。

 ジェット機関に重ねることの、渾身の拳が、仮面の男の顔面を叩く。

 ピシリ、と砕けた音。

 仮面の一部分が砕け、男と目が合う。


「…………アルル……さま…………っ」


 瞬間、しゃがれた声が聞こえた――そんな、気がした。

 『魔導書』の身体は天地を逆さまに、炎の包囲網を突き抜け、海めがけ一直線に落下する。流星の如く海面を叩いたそれは、百メートルほどの水柱を上げ、沈黙。

 僕も僕で、放った拳の勢いを殺しきれず、空中でくるくると舞いながら落ちる。

 けれど幸いと、『炎』を使って、ランドセルの操舵を行うことは難しくなかった。

 甲板に足を降り立たせると、酷い倦怠感に襲われた。

 ゆっくりと息を吐き、僕は二人ほうへと振り返る。

 

「ジンタ様……」


「ジンタ、その……大丈夫?」


 負傷(故障?)して動けなくなったニーナさん。

 驚きを腑に落とせないで、おろおろと僕によりつつも手を泳がせるアルル。……まあ、あんな魔法見せられたら怖がるよね……普通の人なら。

 僕は複雑な心境の中、頭を掻く。

 と、そのとき。


 ダンッ!


 と、木板を叩く音がして、僕らの視線がそこに集中する。

 見ると、船腹から手が覗いていた。

 這いあがってくる――その姿を見、僕は小さくため息をつく。


「……こぉんの……クソガキがあああああああああああああああああああああぁぁあぁあぁああぁッッッ!!!!!」




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