やっと決戦ッ! 水の魔導書ッ!! ②
「――勝手に終わらせないでください」
ブラックアウト寸前。
視界の片隅から燐光の槍が瞬き、僕を宙吊りにする『魔導書』を貫いた。――ニーナさんだ。
両腕を拘束していた水縛から解放され、僕は崩れ落ちるように床に膝をつく。
「あなたのようなモブにやらていいほど、我が主様は安くありません。それに言ったはずです。我が主君に危害を加えるなら――如何なる手段を用いてでも、あなたを殲滅する――と」
僕は咳こみつつも、『魔導書』をねめつける。
そのビームを撃ち抜かれた身体は、バラバラに散っていた。が、しかし、四散したはずの身体は――水は――すぐに集まり、もとのカタチを形成していく。
「――“対魔汎用型超超絶スーパー決戦兵器『ニーナ』”起動――対象を『魔導書』と確認、第二一七拘束機関解放に伴い、制御リミッター及び機能を全解除します――」
ニーナさんの身体のいたるところから、機械的な『アレ』が飛び出る。
ちょっと僕の語彙では表現できないのだけれど……いや別に面倒とかそういうのでは決してなくて……とにかく、とんでもなく凄そうで、強そうで、そしてヤバそうな『アレ』とか『アレ』をニーナさんは装備展開させた。
「……ほう?」
『魔導書』はうつむき加減に、変身を遂げた彼女を睨みつける。
「少しは楽しませてくれそうじゃないですか。いいでしょう――かかってきなさい、ポンコツがッ!」
「五月蠅いですよ。そうピーピー囀らないでください。モブがうつります」
完全にそれを殲滅対象と認識した彼女は、ジリッと靴底をにじり――転瞬、飛び出す。
踏み込んだ甲板が発破。
身体を甲板と並行にして、弾丸のように突っ込んでいくニーナさん。それを追うように、大気が震え、軌道に沿って猛烈な風が吹き荒れる。
『魔導書』は水をまるで剣のようにし、彼女を迎え撃つ。
振るわれる水刃。
ニーナさんは上体を捻ってそれをかわし、続く二の太刀に、右拳を突き刺す。
「超ニーナパンチっ!」
「無駄ですよッ!!」
神速で振るわれた拳と水刃が打ち合わされる。
衝撃波が波紋状に広がり、甲板を揺らし、海面に大波を作る。
ニーナさんと『魔導書』は床を激しく擦りつけながらノックバック。逸早く体勢を立て直した彼女は、間髪入れずビームを放つ。水線が迸り、指向性エネルギー兵器を、ビームごと切り分ける鋼鉄の悲鳴が鳴り響く。
――『魔導書』がニヤリと笑った。
――超兵器彼女が、不敵に微笑んだ。
ニーナさんの備えた右腕、ビーム砲が真っ二つに崩れ落ちる。
ビームの威力を殺しきれなかった『魔導書』の身体が、陽炎のようにツギハギに歪む。
両者、狂気の眼光。
対峙するその距離、約五メートル。
「あはっ……あははははーん? 素晴らしい、素晴らしいじゃないですか。まさに化物! まさに化物同士の喰い争い!! 久しいですねぇ、久しいですよこの感覚はッ!!」
『魔導書』は再度水刃を形成。
洗練された切っ先が、ニーナさん目掛け差し込まれる。
ふわり、と風が舞った。
ニーナさんは、その攻撃を待っていたかのように、首の動きだけで凶刃を回避――あっという間に間合いを詰め、『魔導書』の懐に潜り、そして左足を踏み込ませた。
ミシリと甲板が陥没する。
ただならぬ彼女の殺気に、向けられているわけでもない僕がおののいてしまう。
「無駄です。ワタクシに打撃は通用しない!!」
『魔導書』は鷹揚に両腕を天へと広げた――絶対無敵と確信しているからこそ、大胆不敵極まるノーガードで、ニーナさんの攻撃を受ける気だろう。
しかし、
「――誰が殴るだなんて言いましたか?」
一瞬、『魔導書』の表情が荒む。
だが――遅い。
ニーナさんの左腕の『アレ』がポーンと開き――
「私が“超超絶スーパー決戦兵器『ニーナ』”たる由縁をお教えしましょう――『超ニーナ・テラボルトヴァ―リーッッッ!!!!!」
バチバチバチコーンと大電撃。
青白い燐光が目の前で爆発。彼女のアレは、超超絶な膨大電圧を撒き散らし、船を、『魔導書』を、海を、一切合切纏めて捕縛する。あまりの威力に海全体が一瞬光り、広がる蒼穹をさらに蒼く染め上げる。
ニーナさんの目と鼻の先にいたはずの『魔導書』は蒸発――消滅。
――だが、まだだ!
倒したと盲信するには、まだ早いッ!
「ジンタ様!!」
「わかってるッ!!」
ニーナさんが叫び、同時に僕が応を返す。
あいつは――あの『魔導書』は水になることができる。
だが、それは透明になったわけではなくて――ただ“見えなくなっただけで、そこにいる”。物質だろうと、液体だろうと、“音”から逃れることはできない――。
僕は首から下げていた『音みえるんです』を装着する。
音の奏でる白黒の世界が展開された。
波の音が波紋状に広がり、船を象る。ニーナさんを象る。横たわるアルルを象る。
そして、僕は見つけた。
決して目視出来ない“モヤ”が、音の景色にはハッキリと映し出されている。
ニーナさんの言葉を思い出す。
『――残念ながら現実に透明人間になると、人の目は光を受け止めることができず視覚が利かなくなってしまいます――伏線回収乙』
つまりはそういうことだ。
『魔導書』は、いつだって実態があるときに僕たちを攻撃していた。雲散した状態のアイツは、僕たちを視覚認識できない。どこにいるかわからない相手を、攻撃することは出来ない。
だから。
そう。
だから、アイツが再度姿を現すその時こそが勝機。
モヤが凝縮され、やがて人の形を象っていく。
ニーナさんが作ってくれたこのチャンスを無駄には出来ない。
正真正銘のワンチャンス――渾身の一撃で、アイツをぶち抜くッ!!!
「――……ッ」
僕は拳に『印』を付与。
構えたまま、じっとその時を待つ。
集中しろ。
一瞬を逃すな。
全神経を研ぎ澄ませろ。
モヤが濃くなる。
音を吸収していた水蒸気が、波紋を返した。
――いまだっ!!
「喰らえ、封魔滅じ――」
「ぶるうああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」
耳をつんざくような雄叫びと同時に、意図せぬ衝撃が僕を襲った。
『魔導書』は姿を現すや否や、水壁を作り出し、僕の『封印』を阻んだのだ。
ギロリとした目と視線が交差する。
「……やってくれるじゃねぇですか、クソアマッ!! クソガキッッ!!」
――また、届かない。
あとちょっとが……果てしなく、遠い。
水壁に押され、足一本で重心を保っていた僕は、容易にバランスを崩される。敵も然るもの、そんな隙を逃すような相手じゃない。
「邪魔くせぇんですよッ!!」
本当に邪魔くさそうに腕を振るう『魔導書』。
数多の水玉が精製され、ひとつの水鞭が僕を薙ぎ払い、それ以外のすべてがニーナさんに襲いかかる。
彼女にはそんな攻撃は当たらない――そのはずだった。
「……あっ」
けれど、僕はぞっとした。
ニーナさんの背後には、意識を失ったまま横たわるアルルがいた――ニーナさんが避けてしまえば、鋭利な水槍がアルルを貫くことは、想像するに容易い。いくら水着の防御力が異常だからって、肌を晒している部分は無事では済まない。
そんな人質の姿をニーナさんの背後に見たのか、『魔導書』がうめく。
「ハッ――し、しまっ――」
果たして。
ニーナさんは両腕をクロスさせ、
恐ろしいまでの数の水槍を、
すべて受け切った。
アルルを守るために――その身を体して。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「に、ニーナさんっ!!!」