やっと決戦ッ! 水の魔導書ッ!! ①
無事に甲板に足をつけた僕ら。(アルルは隅っこに転がってる)
僕は鋭い視線で仮面の男を睨みつける。
薄々は勘付いていたけど……これでようやく確信した。
あの魔法使いがアルルをさらっとさらった川の水――そしていま操って見せた海の水。
もう『サブタイトル』を見るまでも無い。
あいつは『水の魔導書』――水を操作する力を持っているッ!
「気をつけてニーナさん。あいつは水を操る。辺り一面は海――相手にとって、戦うには絶好の場所だ!」
「なんということでしょうか……これは大変です。予感してはいましたが、やはり今回私は力になれそうにありません。私こと、『対魔汎用型超超絶スーパー決戦兵器ニーナ』は防水加工されていません……ですので、水に当たればイチコロでスクラップです」
「えっ? ちょっと待って、超高性能兵器なのに水に弱いのッ!? しかも人型なのに!? 開発者はいったい何を考えてるんだ!!」
突っ込みも束の間、水線が僕たちを遮るように通過する。
「あぶなっ!」
「はわっ! はわわわわ……っ!」
ぎょっとして身を引く僕と、本当に水が怖いのか、妙に乙女チックなリアクションをとるニーナさん。
はたと首を向けると、『魔導書』が険呑な目つきで僕たちを見ていた。
「シャラップですよ。黙りなさい。ワタクシを無視して、なにをコントなどしているのですか。こうまでコケにされると、温厚なワタクシも流石に怒ってしまいますというものです。わかりますか? 隙だらけのあなたがたを、今この瞬間にでも殺すことは、ワタクシにとって至極容易なことです……が、それではワタクシの腹の虫がおさまらない……」
「――なら、僕がその腹の虫を叩き潰してやるっ!」
転瞬、僕は甲板を蹴って跳躍する。
今回――どうやらニーナさんは敵との相性が悪いみたいだ。なら、やっぱり僕が戦う外ない。僕は十メートルほどの距離を一瞬で詰め、引き溜めた拳を思い切り突き出す。
だが、
「……大そうな口を利くじゃないですか、クソガキ……!」
殴りかかろうとしたそのときだった。
間違いなく僕の拳は、シルクハットの顔面を捉えていた――そのはずだった。
しかし、僕とシルクハットの顔の間――その距離数ミリのところで、僕の拳が止められた。
「――ッ!? 拳が届かない……、これは……水の壁……!?」
「明察ですが迷察でもありますよ――」
男は、ビシィッと、やけに扇情的なポーズで僕を指差す。
「あなたの拳で、ワタクシの圧縮した水を打ち抜こうなんて不可能です――それもこれはただの水ではありませんし、だたの壁でもありません! 幾重にも重ねられた、水のウォールですからねえっ! You cannot capture this wallッ!!(お前はこの壁を攻略することはできないッ!!)」
「ゆ、ゆーきゃの、きゃでわ……なんだとっ!? そうなの!?」
「……Are you stupid?(お前、馬鹿か?)」
「イェア!!」
自らの秘密を惜しみなく晒すその心意気に敬礼。
見立ては頭の良さそうな風なんだけど……なんでこう、僕に向かってくる敵はお馬鹿さんばかりなのだろう?
ぐぐぐ……と力を入れてみるが、水壁を打ち破ることはできない。
「ファックオフッ!! うっおとしいですよ、クソガキッ!!」
直後に水重の槍が出現。
ぐるぐると渦巻くそれは、僕に向かって尖らせた切っ先を突撃させる。
迎撃に回る僕は――しかし、その先をすでに読んでいた。直進するそれを皮一枚で避け、『魔導書』に向かって一歩を踏み込むと同時に、印を結ぶ。
まさか瞬間に攻撃に転じるとは思っていなかっただろう――水壁の及ばない隙――それを見逃すほど、僕は甘くない。
『魔導書』の驚愕に荒む顔に、仕留めたという確信を乗せた一撃をお見舞いする。
この一撃が入れば――僕の勝ちだ。
「食らえ、『封魔烈迅拳』っ!!」
が、
「――っれ!?」
スカッと。
放った拳が『魔導書』の顔面を――まるで霧を殴ったかのように突き抜けた。
思わぬ事態に、僕は数歩たららを踏む。
束の間。
ゾクリ、と。
首筋に生々しい殺気を感じ、全身に怖気が走った。
「……惜しい。実に、惜しい」
たまらずその場から退避。
バックステップで距離を置きつつ、『魔導書』の声のほうへ首を振る。
しかし、声の居場所が判然ともしない。
――姿が消えた!? そんな馬鹿な、有り得ない!!
「幼いながらも実に勇敢。小さいながらも実に勇猛。突き動かすのは勇気ですか? 友情ですか? それとも正義ですか? ……しかし、なんであろうとワタクシには届かない。全てはワタクシの思うがままです。ワタクシは水であり、水蒸気であり、雨であり、そして海――」
「ど、どこだッ!? どこにいるッ!?」
耳元で声が鳴る。
「ここですよ」
僕はギョッとし、『魔導書』の姿を確認しないままに腕を払う。
手応えは――ない。
そして正体を無くした声の主が、不明瞭な“それ”として僕の眼前に燦然と参上した。
「……霧……」
そうだ。
失念していた。
アルルを襲ったあの時――『魔導書』はまるで水蒸気のように朧に、空中に浮いて僕たちを見降ろしていたのだ。
ゆえに、コイツに実態はない。
水ゆえに流動で、蒸気ゆえに曖昧模糊。
捕えようとすれば必然とすり抜け、撃ちつけようとすれば当然弾ける――雲を掴むことが出来ないのは必定――僕はこの『魔導書』の恐るべき力を、このとき真の意味で理解した。
「無駄な足掻きはやめなさい。ワタクシに勝てる可能性があるとでも? 勝機はいくつですか? 千に一つか? 万に一つか? 兆か? それとも京か?」
木霊する声。
僕は無我夢中で霧を振り払う。
「あなたの勝機は、那由他の彼方に置き去りにされた。ならばどうします? 泣きますか? 叫びますか? 乞いますか? いいでしょう、泣き叫び命を乞いなさい!! そうすればひと思いに捻り潰して差し上げましょう!!」
「――う、うるさい! 黙れッ! 卑怯だぞ!!」
「卑怯? ンッン―良い言葉じゃないですか。卑怯で結構、卑しくも怯えるあなたがたの姿に、ワタクシは心の底から湧く愉悦を禁じ得ません。さあ、どうしますか? 考えなさい。もっともっと考えなさい。ワタクシを倒すにはどうすればいい? 屠るには何をすればいい? ……だが、否ッ!!」
グッと。
振りまわしていた腕が、なにかに掴まれたように、空中に押し付けられる。
見ると、僕の右手首に、水が腕輪のようになって巻き付いていた。
「あっ」
気がついたときには、もう遅かった。
次に左腕。
「否ッ否ッ否ッ否ッ否――――ッ!!!」
水枷に――動きを、封じられた。
これじゃあ“印”が結べない。
防御も、攻撃も。
予想しうる未来を想像して、僕は戦慄した。
「……そう、否なのですよ。ワタクシを倒す手段など存在しません」
突然、喉に強い圧力がかかる。
痛みに喘ぐ間もなく、僕の身体は宙に持ち上げられる。
擦れた声が漏れた。
「さあ、ジ・エンドです……クソガキ……ッ!!」
ようやく姿を現したシルクハット――『魔導書』。
僕はその腕に首を掴まれ、両手を水に拘束されている――成す術は、無い。
意識が遠くなる。
僕は……
負ける……のか……?
なにもできないまま……
こんなところで……