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対決! 水の魔導書ッ!! ①


 ニーナさんが取り出した、如何わしくも胡散臭いアイテム、『どこへでもドア』。

 そこをくぐった僕たちが見たのは、奇しくも当初目的地としていた『港野村』だった。


「おぅふ……」


 ……こんなトンデモアイテムがあるなら、わざわざ旅路を踏む必要もなく、これを使っていれば早い話だった気がするのだけど……しかし、どうやらそういう訳でもないらしく。


「物質の瞬間移動は銀河規模の膨大なエネルギーを要しますからね。これは便利なアイテムではありますが、一応は緊急脱出を目的とした非常用アイテムだったのです」


 と、ポシェットに『どこへでもドア』を仕舞いながら、ニーナさんは言う。

 察するところ、使用制限というか、あれは一度きりの使い捨てアイテムだったらしい。

 本家の完全劣化品じゃないか、と突っ込みたくなる。

 そんな貴重なものを惜しげもなく――アルルのために――使ってくれた彼女に感謝しつつ、僕は周囲を見回す。


「……これは……なんて言えばいいんだろう……みょうちくりんな光景だね……」


 僕は“音”を見ていた。

 音の風景。

 並ぶお店や、街を歩いていく人たち――それが発する音がぶつかり合い、風景を象っていく。

 僕がいま見ているのは、反響した音が作り出した白と黒の世界。

 音の世界だった。

 波紋状に浮かんでは消えていくそれは……なんて言えばいいのだろう? ゆらゆらと有と無の色彩を描く幻想的で神秘的で、まるで魔法の世界を見ているような、そんな不思議な光景。


「ジンタ様、気をつけてください。ジンタ様はいま透明人間になっているのですから、街ゆく人間は普段通りに避けてはくれません」


「透明人間……」


 そう。

 僕はいま透明になっている。

 とことん如何わしくも胡散臭い二つのアイテム、『スケスケスーツ』と『音見えるんです』。それらを着用してみて、機能を実体験してみて、魔法もここに極まれりだな――なんて思うけれど、これを現実にさせているのは魔法ではなく化学だ。

 発展した化学は魔法と区別が付かない、と誰かが言っていたけど……。

 うん、まさにその通りだと思う。

 僕はただただ圧倒された。


 ドン


 と。

 呆けていたら、後ろから何かが僕にぶつかってきた。

 驚いて振り向いてみると――白と黒の人の形をしたモノが、僕のほうを見て首を傾げていた。


「……っと……あれ? なんだ? いま何かに当たった気がしたが……」


 僕はぎょっとする。

 どうやら、言われたそばから人にぶつかってしまったらしい。

 

「……気のせいか」


 不思議そうに去りゆく人影を見送る。

 僕は「ぶはあっ」と呑んだ息を盛大に吐き、緊張の肩をぐったりと落とした。


「もう、ジンタ様ったら。気をつけてくださいと言ったばかりではありませんか」


 ひそひそ声でニーナさん。

 顔を見上げると、やっぱり彼女もモノクロのシルエットになっていた。こんな色のない世界じゃ、誰が誰だか判別できないな――なんて思ったけど、ニーナさんのぴょんと跳ねたサイドアップの髪が特徴的だったので、一目で彼女だとわかった。


「ともあれ。感慨深げに音の世界に浸っているわけにもいかないでしょう。さっそくアルル様を救出に向かいましょう」


「うん。……って言っても、どこにいるのか……ニーナさん、わかるの?」


「首尾滞りなく。念のためにと、あらかじめ彼女に発信器を持たせておきましたから」


 ん?

 そんなものアルルは持っていたっけ?


「……発信機って……あっ!」


「気付いたみたいですね。そうです、あのエンジェルランドセルです」


 僕は驚いた。

 あれにそんな機能が備わっていたなんて……。

 というか、ニーナさんはなんでそんなものを仕掛けていたのだろう?

 僕は問おうとするが、それを察したのかニーナさんは先もって補足する。


「ジンタ様。川でアルル様が、『悪い奴らに追いかけられて』と言っていたのを覚えていますか? あの台詞を聞き、ニーナはぴょーんときたのです」


「ぴょーんと?」


 背筋が?


「正確にはピーンとです。想定できないことではなかったので、万が一の保険にとアルル様には色々な装備を持たせておきました。ランドセルもそうですが、例えば私が着せたあの水着は――防刃、防弾性もさることながら、ある程度の衝撃も吸収する特殊繊維で作られています。決して万全とは言えませんが……ないよりはマシだろう、と……」


「……ニーナさん」


 僕は……。

 どうやら僕は……大変な勘違いをしていたらしい。

 てっきりニーナさんは、敵国のお姫様――アルルのことを敵視していて、邪険に扱っていて……だからスクール水着を着せるとか、嫌がらせをしていたのだとばかり思っていたのだけれど……全然違った。

 むしろ、アルルのことを一番考えていたのはニーナさんだった。

 考えてみれば――この透明になる『スケスケスーツ』だって、一度きりしか使えない『どこへでもドア』だってそうだ。きっと簡単に使っていいはずのない、奥の手だったに違いないのに……それをニーナさんは惜しげもなく、持てるすべての手段をもって、アルルを助け出そうとしてくれている。

 僕はニーナさんを見直した。

 そして、アルルを邪険に扱っているだとか、そんな風に思っていた自分のことが、少し恥ずかしくなった。


「ニーナさん。やっぱりニーナさんは優しいね。僕、ちょっと見直しちゃったよ」


「……べ、別に……そのようなことは……」


 モノクロ調でわからないけれど、くるくると髪をいじくるニーナさんはきっと照れているんだろう。


「か、勘違いしないでくださいっ! 私は、私はあんな小娘どうだっていいのです。……ただ……ジンタ様が助けたいって言うから、だから私も協力してるだけで……」


 ツンケンと存在な口ぶりだった。

 けれど、照れているのはバレバレだ。


「またまたー。ニーナさんも素直じゃないなあ!」


「……いえ、あの、割とガチですが?」


「えっ?」


「え?」


「…………いや、えっと……えっ?」


「ですから、あんな小娘、私にとってはどうでもいいって話ですよ。建前でもっともらしいこと言っちゃいましたけど、そもそも発信機も敵国の姫がウロチョロしてるのが目障りだったので監視しようと思い立っただけで、高性能なスク水を着せたのも単なる嫌がらせ目的でしたし――こうして私が便利アイテムを大盤振る舞いしてるのも『魔導書』を円滑に破壊するためであって、あの薄汚い小娘……ああ間違えた。アルル様のために使っているのでは、神に誓ってありません。仮にアルル様が『魔導書』に攫われたのではなく、勝手に転んで滑稽無様に川に落ちたのだったら、間違いなく私は指を差して笑って眺めていたことでしょう。その確固たる自信が、私にはあります」


「……………………」


 完全否定もいいところだった。

 ていうか……最低だ、このロボット……。

 僕はげんなりする。


「……ですが、しかし」


 とニーナさんは一転して、主張を返す。


「ジンタ様の意思は、私の意志でもあります。ですので、ジンタ様がアルル様を助けたいというなら――そう望むのであれば、私は一も二もなく四の五の言わずに賛同し、それに従います。……いえ、私もアルル様を助けたいと思います。“『魔導書』からみんなを救いたい”と、そう思います」


「……うん……うんっ!」


 やれやれ、と思う。

 まったく――素直じゃないロボットもいたもんだ。

 なんだかんだいっても、やっぱりニーナさんはニーナさんで、僕の好きなニーナさんで。言いも言ったり皮肉も大概だけれど、それでもやっぱり憎めない。


「さてと。それではちゃちゃっとアルル様を救出し、魔法使いを倒しちゃいましょうか」


 パン、と気を取り直すように手を叩くニーナさん。

 ピコピコと癖っ毛のシルエットを振り廻しながら、


「超高性能ニーナレーダーによると……どうやらアルル様と『魔導書』は、この街の船着場にいるようですね」


「……もしかして、アルルを連れて国外に出るつもりなのかな」


「そう考えるのが妥当でしょうね。急ぎましょう。船が発ってしまう前に!」


「だね!」


 ん、と僕は手を差し出す。

 ニーナさんはしゃがんで、僕をおぶってくれる。


「いきますよ、ジンタ様。しっかりと掴まっていてください!」


 バシュンッ!


 ニーナさんは勢いよく地面を蹴った。

 砂塵を捲き上げての全力跳躍――もの凄い風圧を頬で感じ、彼女が支えてくれなければ振り落とされていただろうそのジャンプは、一瞬で僕と空を近づけた。


「――――っ!」


 身体ごと持っていかれそうな衝撃に、僕は必死にニーナさんの背中にしがみつく。

 束の間――ふわっと身体の浮くような感覚。

 僕は目を見張った。

 見降ろす大地、街は音の波に揺れ、形作るそれはさながら雫に揺れる泉のようで――背の高い灯台よりずっとずっと高く――どこまでも続く水平線が、僕を迎えた。


「……わあ……」


 感嘆の息がもれる。

 そこに国境なんて線引きはなくて、

 どこまでも大地が続いていて、

 どこまでも海が続いていて、

 雄大で、壮大で、なにより美しい光景が、そこにはあった。


「すごい! すごいやっ! 背の高い景色っ! これが、これが僕たちの国なのか!」


「いいえ、ジンタ様」


 ニーナさんは興奮気味にはしゃぐ僕を否定する。


「国ではありません。これは私が――そして、ジンタ様が守る世界です」


 僕が守る世界。

 みんなの、世界――。


 こんなことを言うと、子供みたいでちょっと恥ずかしいのだけれど。

 僕は震えた。

 家に引き籠っていたのが馬鹿らしく思えた。こんなにすごいものが、いつだって目の前に転がっていたというのに……それなのに僕ときたら……。

 ベットで寝っ転がっている場合じゃなかった。

 ニートしている場合じゃなかった。

 怠惰こそが至高と思っていた僕の矜持は、このときいっぺんに吹き飛んだ。

 ニーナさんと旅に出て良かった。

 そう、心の底から思えた。

 

「さあ、ジンタ様。空中遊泳もここからが本番ですよ。慣性力を失った物体が落下するのは必定――弾道ミサイルよろしく、『魔導書』に超超絶スーパーニーナキックをお見舞いしてやります!」


「へっ?」


 そして訪れるイヤーな浮遊感。

 というか、ぎゅーってお腹の底が持ち上げられるような、寝ている時に夢で高い所から落ちるような、全身がぐわーってなる、どう頑張っても好きになれないあの感覚。


「……ああ」


 僕は理解した。

 拝啓――お父様、お母様。

 どうやらジンタは、これから雲の高さくらいから落下するようです。



「うぬおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉっぅぉおおおおおおぉぉぉ――――――――――ッ!!!!!???」





■アルル・ズムバーン


職業:隣国の姫君


武器:『リコーダー』


防具:『スクール水着』

   ・フリル付き

   ・完全防刃防弾仕様←new!


アイテム:『ランドセル』

     ・発信機付き←new!


お尻:ロスト

  ・目下捜索中



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