賽は投げられた
「桑名に展開する軍、それが本当に斉藤家の主力とは限らないのではないか・・・」
二人とも黙り込んでしまった。そしてその沈黙を破るかのように服部友貞が口を開いた。
「・・・貴殿の申し分はいちいちもっともなれど、あくまで推測の域を出ていないではない。もし自分の判断が間違えていたらどうする」
その言葉は細野藤光の懐に突き刺さる刃物のような物である。なにせすべて机上の空論という物であるからである。その言葉に重りを貸すには何かを犠牲にしなくてはならないのである。
「・・・もし読み間違えていたならば、ワシの領地をそっくり貴殿に差し上げましょうぞ」
この発言には、今まで黙って聞いていた雪姫も慌てて口を開いた。
「藤光、あなた正気なの!!」
「姫様、武士たる者は自分の行動にそれなりの犠牲はついてまいります。勝手に自分の判断で姫様の軍の行軍を差し止めておる以上、責任は取りまする」
ここまで言われてしまうともう服部友貞もどうすることも出来ない。黙って承認するしかなかった。そしてその時であった。おっさん兵士と共に斉藤家の動きを警戒していた、若い侍が陣に飛び込んできたのだ。
「雪姫様、一大事にございます!!斉藤家の大軍が国境を越えて、小牧山城方面に向かっております」
周りの者達は一斉に騒めきだした。そしてある者がその若者に詰め寄った。
「なんだと!!間違いないんだろうな!!」
「まっ間違いありません。敵の大軍をこの目でたしかに見ました。あの規模だと万近くいるとおもわれまする。別の兵士が小牧山城にも報告に向かっております」
陣の空気が一変した。この報が正しければ、少数の兵しかいない小牧山城はあっという間に落ちるからだ。
「ひっ姫様、斉藤家は二万近い兵力を持っているのでしょうか」
雪姫は落ち着いた感じで首を横に振った。
「それはあり得ないわ。どう考えてそれは・・・つまり、桑名かこちらかどちらかが偽りよ」
国土は美濃一国、そして隣の近江の浅井家を警戒する為、そちらにも兵を残す必要がある斉藤家に二万の遠征軍編成はどう考えも計算に合わない。
「片方は動かず美濃の領地に留まり、もう片方は尾張に乗り込んできた・・・つまりどちらが本物かは姫様もお分かりでありましょう・・・姫様、ご裁断を」
後は、雪姫の決断を待つだけであった。すっと彼女は立ち上がった。そしてその姿は実に凛として美しかった。
「・・・これより私たちは小牧山城に向かいます。皆の者、斉藤家の軍勢を必ず討ち果たしましょう!!」
おおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!
その言葉一つで陣の士気はまるで空にも上るかのように高揚した。雪姫は味方の士気を上げる能力がある。これにより雪姫の軍、千五百は一騎当千の精鋭となろう。
その高揚する味方兵の中、雪姫は細野藤光を傍に呼び寄せた。
「父上に使いを出し、事の次第を伝えてあげて。あと行けなくてごめんなさいとも」
「はっ、確かに」
「・・・たとえこの判断が正しかったとしても、父が出した軍律に背いた罪は私が受けなくてはならないでしょうね」
「お父上である北畠具教様ならきっとお分かりになると思います。もしなにかありましたら私が腹を・・・」
「あなたが腹を切る事は私が絶対に許しません。さあともかくこの戦いに勝ちましょう」
そして雪姫軍所属ではない服部友貞も決断を迫られていた。彼の配下の兵が呟いた。
「友貞様、我らはどういたしましょうか」
「決まっとるだろ、姫が敵に飛び込んでいこうとしているのに俺だけ帰れるか!!それにただ城に籠っているより、うまくいけば大手柄をあげられるぞ」
こうして雪姫軍は大急ぎで陣を撤退し始め、小牧山城に向かい出発することとなった。斉藤龍興率いる尾張侵攻軍と雪姫軍との激突はもう時間の問題である・・・




