国境
さてさて場面は再び変わって、ここは尾張と美濃の国境。今でいう愛知県江南市の北のあたり・・・
小高い丘がある。そこには背の高い物見櫓が建てられている。そして地面には、
「(仮)小牧山城第三砦建設予定地」
と書かれた看板が突き刺してあった。ただその看板は傾いている。ここは雪姫付き筆頭家老の細野藤光が考えた小牧山城防衛線構想のなれの果てである。
雪姫の居城である小牧山城は対斉藤家の最重要防衛拠点であった。ただ細野藤光はこの城だけでは不十分と考えていた。そして彼は野心的なプランを思いつく。
小牧山城から複数の出城、そして出城からまた複数の砦を建設し強力な防衛網の構築を立案。マジノ線を彷彿とさせるこの強力な守備線で完全に抑え込もうとしたのである。
が、この計画は林秀貞ら奉行衆の猛烈な反対にあう。まず第一に金がかかりすぎるしそれに時間も人もいないからと。
予算は小牧山城の築城で目一杯。支配者が北畠に代わったばかりなので追加税などもっての他 (一揆がおきてしまう)。ともかくこれ以上はびた一文出さないと言われ大喧嘩。激しい言い争いがあったが、斉藤家の桑名侵攻計画の露見から尾張北部の優先度は低下し、結局却下。
北畠家中は桑名防衛にかかりっきりになっていたが、細野藤光はどうにも不安であった。そして彼はせめてもと思い、砦建設予定地に物見櫓を建てたのである。銭は木下藤吉郎が築城をうまく安くあげ工面したのだ。
ただ送り込める人材も少ないことから、ここには一人のおっさん兵士がサボりながら監視をしているのにすぎなかった。
「ふあぁぁぁ眠いな・・・」
おっさん兵士が大きな欠伸をした。何せなにもおこらないと思っているから緊張感もへったくれもないのである。しかし・・・
「おい!!しっかり見張れ!!」
(ちっうるさいな、このガキが。これじゃサボれないじゃないか)
おっさん兵士が悪態をついた。ずっと一人でのんびりしていたのに、雪姫が小牧山城から出陣した時、一人の若い侍がここに送り込まれたからである。
またこの侍が真面目だったので、とにかくおっさん兵士としてはやりにくかった。
「大体よー、斉藤家は桑名に向かってるとか言うじゃないか。ここには来ないよ」
「来ないかどうか見張るのが任務だろ!!」
まあ来た時からこんな感じで話が全然合わない。こうやって言い合いをしながら、時間がすぎていくのであった。
その時であった。国境を見ていたおっさん兵士が何か異変に気付いた。
「・・・あんな所に森なんてあったかな?」
若い侍が傍に寄ってきた。そしてその目線の方に目を凝らしてみる。小さいが何か黒い森のような物が見えた。
「確かになにかあるな・・・森があったのか・・・気が付かなかった・・・!!」
だがすぐにおかしな事に若い侍が気が付く。
「今は真冬だぞ!!あんなに木々が生い茂っている森なんてありえない!!」
「・・・じゃあまさか・・・」
二人はジッとその森らしき物を見ている。それはどうもこちらに近づいてくるのがすぐに分かった。若い侍が唾をのんだ。
「・・・斉藤軍だ・・・それも大軍だぞ」
「まさか、そんな・・・桑名付近にいるはずじゃ・・・」
その森のような物はどんどん大きくなっていき、もうそれは間違いなく兵士達であることがハッキリとわかる。おっさん兵士が腰を抜かしその場に座り込んだ。若い侍がそれを起こす。
「おい、しっかりしろ。とにかくお主はすぐに小牧山城に知らせるのじゃ。俺は雪姫様の本隊に向かう。急がないと飲み込まれるぞ」
「・・・へっへい。ああまだこんなところで死にたくない」
二人は飛び降りかのように物見櫓から飛び出し、それぞれの馬に乗って駆け出して行った。
西暦1560年(永楽三年)の12月8日・・・
斉藤龍興を総大将に、不破光治、日根野弘就ら総勢八千の斉藤家尾張侵攻部隊は遂にその姿を現したのである。そしてそれを食い止めるための出城や砦がない以上、彼らは怒涛の勢いで小牧山城に向かっているのである。
果たしてこれを蜂屋頼隆ら小牧山城守備隊を止めることができるのであろうか。そして雪姫達はどう動くのか、そして北畠本隊は・・・
この戦いのキャスティングはすべて終わり、後は合戦が始まるのをただ待つだけであった・・・




