攻めるべきか戻るべきか
さてまたまた場面は変わり、ここは桑名の町。斉藤義龍の軍勢が迫っているとの報を受け、主な町衆の長達が集まっていた。
「斉藤家が近づいておる。我らはどちらに与するか忌憚のない意見を聞きたい」
「斉藤家に同心して果たしてどれほどの富が得られましょうか」
一人の長がそう言った。この世界の桑名の町は、急激な発展を遂げ地域でも有数の商人の町へとなっていたのである。それは何故であろうか。
尾張と伊勢を北畠家が支配してから、両国の物流が激増。そして三好家と話をつけたので京へとのルートも確保されており、人や物の交流は活発になっている。
そして桑名の町の最大のライバルであった熱田の町は、織田家に付いていたためその地位を転落させていた。津島の町は斉藤家に乗り換えたが、どうもうまく儲けていないようだ。
桶狭間の後の桑名の商人達にとっては、まさにこの世の春といった所である。バブルですよバブル。だがそれが脅かされそうになっている。
「もし斉藤家が尾張を取り、北畠家が伊勢に退かれたら、この町はおしまいだ・・・」
桑名の町衆が一番恐れている事態がこれである。斉藤家が尾張、北畠家が伊勢になるとなにがそんなに不味いのか。もしそうなれば、斉藤家は尾張→美濃→南近江→京。北畠家は伊勢→大和→京と物流の流れは完全に変わってしまう。桑名などに誰も寄り付かない。
それどころか桑名の町が斉藤家と北畠家との最前線のど真ん中になってしまう。これでは人も物も入ってこない。まずい、まずすぎる。
「・・・結局は北畠具教様が勝つことが一番我らが儲かる道。全力支援しなくてはならないが、肝心の北畠軍の本隊は一体いつ来るのだ・・・」
皆が話し合っている所に、一人の若い男が飛び込んできた。
「北畠の殿様が自らこっちにやって来るみたいだ!!今、川の向こうから一杯の兵が船に乗って来ているぞ!!」
ドンブラコ、ドンブラコ・・・
北畠具教の乗った小さい渡し舟が木曽川を渡り、桑名に向かっている。しかしよく揺れている。
「おい、なんかこの船やけに揺れるな。なんで俺がこんな小船なんだよ!モブ!!」
「いやー大型船は皆兵を運ぶのに使っていまして・・・それにこっちの方がスリルがあって面白いかなと思いまして」
北畠具教がモブにつかみかかる。
「だからなんでお前はいつもそうなんだ!!うわーー揺れる」
掴みかかった反動であろうか舟が大きく揺れる。後ろにいた船頭が怒鳴った。
「ちょっと殿様、静かにしておくれやす。沈んでしまいますぞ」
「分かった分かった・・・しかしそうこうしているうちに着きそうだな」
そんな北畠具教の小舟より大きな船が周りを行き交っている。服部友貞らが手配したこれらは、まさに兵を運ぶためピストン輸送のごとく動き回っていた。
「いよいよ斉藤義龍と戦うのか・・・頼むから、そんな事になりませんように・・・死にたくないから・・・」
そんな (いまいち情けない)北畠具教の心中であるが、もうもはや引き返すことなど誰にもできないのである・・・
さて斉藤家の南下を知った清州城では、直ちにあちこちに早馬を送ったのだが、一番遠くにいる木造具政の陣に到着したのは二日後の事であった。
木造具政は、与力と共に志摩の九鬼家攻めの真っ最中であった。九鬼家当主の九鬼浄隆は居城の田城城 (田城という名前の城らしい。だから田城城。たしろじょうと読むらしい、ややこしいね)に立て籠もり、木造具政はそれを包囲していた。
小浜景隆ら志摩の多くの地侍が味方に付き、柴田勝家らの援軍もある中、木造具政はやけに慎重に戦いを進めていた。たしかに九鬼浄隆は名将であるが、今度ばかりは兵数差が明白。田城城もそんなに大きい城ではなく、むしろ慎重というより木造具政が攻め気がない・・・
そんなおりに尾張の危機が伝えられ、陣は大騒ぎとなった。配下の兵は家族が尾張にいる者を多い。動揺しないほうがおかしいのである。
そして早速、軍議が行われる事になった。柴田勝家らは直ぐにでも尾張に帰国したいのだが、なかなかどうしてうまくはいかないのである・・・




