雪姫も出発
ここは雪姫の居城、小牧山城である。場所は今で言うと愛知県小牧市にあたる。対斉藤家の最前線にあるこの城は北畠家にとって最重要な拠点の一つである。
当然、それに見合うかのような巨大な天守閣と堅牢な石垣に守られる城・・・ではなかった。
とにかく大急ぎで何もない所から、城らしい形にはなってきたがまだ建設は続いていた。しかし期間が短い割にはなかなか堅牢そうだ。
「よーし、お前らキビキビ動けよ」
その築城の陣頭指揮を取っているのは木下藤吉郎・・・後の羽柴秀吉である。これはかなりの抜擢人事であった。そして彼もその期待に応えるように、抜群の才覚を発揮していたのだ。とにかく銭のやりくりが上手い。
しかし家中・・・特に旧織田家家臣団からの評価は芳しくはない。織田家を早々と裏切り、信長嫡男の奇妙丸らの捕縛を手掛けるなど変わり身の早さを露骨に嫌う者は多い。
「ふん、言いたい奴には言わせておけばよい。要は出世できればいいのだ」
「親方、誰に言ってるんですか・・・」
隣に佇む日に焼けて肌が黒く、髭を蓄えた男達が呟いた。皆は、この木下という人は面倒見とか人当たりはやけにいいが、なんか突然ブツブツ言う時があるのが気になっていた。
では、この木下藤吉郎がいかに雪姫に取り入りここまでなったのか書いてみたい。
「よし、いよいよ俺の出番だな!!」
・・・と思ったが、やめておこう、本筋には関係ないし。第一これ北畠家の話だしね。
「期待させて落とすな!!」
「だから誰と話しているんですか、親方・・・」
その時であった。木下藤吉郎や作業している男達に大声で駆け寄る者がいた。
「大変だーーー斉藤が攻めてくるぞーーー主な者は雪姫様の元に集まれとのことだーーー」
「家中の者、皆集まりました。下知をお願いいたします」
お世辞にも広いとは言えない小牧山城の大広間には、ぎゅうぎゅうに男たちがひしめき合っていた。皆、慌てて集まってきたためか、息も絶え絶えな者もいる。
上座に座る雪姫に、細野藤光が頭を下げて指示を仰いだ。彫りが深く、シワも目立つ男ではあるが修羅場を潜り抜けた男の雰囲気が漂っている。彼は雪姫の軍のナンバー2といったポジションである。
「分かりました・・・皆の者、聞いての通り斉藤家の大軍が川に沿って南下し、桑名を伺うとの報告がある。殿はすでに清州城を発たれ迎え撃つとの事。我らも兵を率いて蟹江城の服部友貞殿を援護せよとのご下命じゃ」
雪姫はゆっくりと周りの者達を見た。黒く光沢がある長い髪はキラキラと光っているかのように美しく、また器量もそれに負けておらず、ますます磨きがかかっているかのようであった。
(なんと美しい姫様じゃ・・・何が何でも我らが守らねば・・・)
家臣からもそう思われるほど信頼されている。ゆえに北畠軍最強とも言われる所以である。
「この戦いは、北畠家の存亡をかけた一戦になろう。皆の奮戦を期待している。では、出発します」
「おお!!!いくぞ!!!」
皆、大声をあげて気合を入れていた。雪姫も立ち上がろうとした時、細野藤光が声をかけた。
「雪姫様、出発の前にここの城代を決めておかねば。拙者は蜂屋頼隆が適任かと思いますが・・・」
細野藤光が下座の片隅でもたれ掛かって座っている蜂屋頼隆を見た。歳はおよそ二十台半ばといった所である。
「俺っすか。ここにいるだけで手柄もらえるなら喜んでやるっす」
へらへらと笑いながら蜂屋頼隆はその大任を受けたのだった。どうにも軽い性格のようで雪姫は不安になる。
「蜂屋殿・・・大丈夫なの?」
「姫様。野心や功名心がある者に城を任すと、手柄をあげようと無理な事をやり始めたり、下手すると謀反を起こす恐れこれあり。その点、蜂屋殿はあんな感じなので逆に安心でございます」
その説明を聞いて雪姫は納得した。流石に自分より経験を積んでいるなと感じた。雪姫は武勇優れるがまだ成長途中なのである。
こうして雪姫率いる千五百の兵が小牧山城から直ちに出陣した。目指すは尾張の国の西端にある蟹江城である。この知らせは本隊の北畠具教、そして蟹江城の服部友貞に知らせられるのである。
だが味方だけではない。どう隠しても千を超す兵が動けば、敵である斉藤義龍にも知られるのは時間の問題であった・・・
 




