清州城から出陣
「何故、私が霧山城へ?」
北の方は予想もしない事を鳥屋尾満栄に言われ、怪訝な顔をする。
「もちろん我ら全力を持って斉藤家を討ち果たさんとしますが、戦況利あらずときは殿を霧山城へ撤退させます・・・」
一瞬の沈黙が二人を包んだ。つまり鳥屋尾満栄が言わんとする事は・・・
「・・・殿は清州には戻らぬ・・・と言う訳・・・それは殿の意向なの?」
「いえ、私の独断にて。桑名を取られますれば、清州城は袋の鼠。逃げ場はなくなります。殿と正室である北の方様は生き延びていただけなくてはなりません」
「犬姫や市姫達はどうなるの」
「・・・織田家の姫である以上ここから動きますまい。これも戦国の世の習いかと・・・」
北の方が今まで以上に厳しい顔で鳥屋尾満栄を睨み付けた。
「何を申すか!!わらわは殿の正室であり、六角定頼の娘じゃ。殿にもしものことがあれば、城の手勢を率いて駆けつけるのみ。まだ年端も行かぬ娘達が逃げぬのに、私だけおめおめと恥を晒すことはない!!」
あまりの気迫に鳥屋尾満栄は押されてしまった。すぐさま自分の発言を撤回する。
「申し訳ありませぬ。北の方様のお気持ち良く分かりました。殿にも、しかと申し上げます」
「こちらこそ取り乱して申し訳ありません。では、私も見送りにまいります・・・」
そう言うと北の方は立ち上がり、スタスタと部屋から出て行った。その後ろ姿を見ながら、鳥屋尾満栄は思った。
(流石は殿の奥方さまだ・・・)
しばらく後、あっという間に清州城の内外には兵士達でごった返していた。鳥屋尾満栄らは事前に情報を得ていたので、かなり準備をしていた。その為、比較的順調に事は進んでいる。まあ北畠具教はそうではなかったのだが・・・
「ああ、また合戦か・・・なんか運命に流されてるなー」
一人、北畠具教はぼやいている。彼としては運命に逆らうがごとく、織田信長を打倒したが今度は斉藤義龍が襲い掛かってきたのだ。どうも戦からは逃げられないのか・・・
ふと傍らを見ると、犬姫が愛嬌を振り撒きながら兵士達に握手をしている。
「犬姫様!!必ず帰ってまいります」
「私も待ってるからね。絶対の約束だよ♡」
犬姫は家臣達に異様に人気があり、一部に熱狂的なファンを持っている。それは犬姫が人妻となっても続いているようである。
「なんかアイドルの握手会かオタサーの姫のオフ会みたいだな・・・」
北畠具教がそんなこの時代には誰も分からぬ事を呟いたその時、走りながら一人の伝令が飛び込んできた。
「殿!!六角義治殿が挙兵の兆しこれあり。これを迎え撃つため、弟の北畠具親様が北伊勢の国人衆を率い、関(現三重県亀山市)で迎え撃つ構え!!」
これも事前に得ていた情報通りである。当然、鳥屋尾満栄ら重臣達は動揺はしていないが、一般兵士達にとっては不安だらけである。
「斉藤だけではなく、六角まで・・・これかなり危なくないか・・・」
兵士たちのざわめきが収まらない。このままでは兵の士気に関わる。見かねたモブが北畠具教の肩を叩く。
「ほら、殿。ここは主人公らしくバシッと締めないと。ただでさえ影が薄いんですから」
「こら、気にしていることをハッキリ言うな!!よーし見ていろよ」
そう北畠具教が決意を固めた時、北の方が兵の前に進み一喝した。
「なにを慌てているのですか、六角家は私の実家なれど遠慮などせず打倒すがよろしい。もし助かりたいと思う者がいたら、私の首を取り斉藤家に下るがよい!!」
「奥方様!!そんな滅相もない」
兵士達は口々に声を揃えた。清州城に北の方が来てから、まだそんなに日はたっていないのだが、旧織田家家臣達にも配慮が行き届く奥方と評判が良かった。そんな彼女の悲壮な決意である。
「おおお、奥方様の為にも我らは命を捨てましょうぞ!!」
兵士達の戦意が高揚しているのが分かる。流石は名君六角定頼の娘と言った所か。たがしかしまたもや北畠具教は目立てなかったのであるのだが。もう一度、モブが北畠具教の肩を叩く。
「ほら最後にせめて出陣の激だけでもやらないと」
「・・・という訳で、もう一度奥さんに会いたいから、みんなで勝とう!!」
「おおおお!!!」
あちこちで歓声があがっていた。どうやらうまくいったようである。側近の鳥屋尾満栄が近づいてきた。
「殿、見事な激にて。愚者ほど長々としゃべり士気を落とすもの。流石ですな」
どうも鳥屋尾満栄は完全に勘違いしているが、ただ単純に言う事が分からなかったのである。しかしそれが結果として良かったのである。
こうして、北畠具教率いる兵が清州城から出陣した。その先には勝利の美酒が待つか、それとも無残な死が横たわるのであろうか・・・




