北の方の怒り
さてさて、場面はすっかりと変わり、ここは伊勢の国。北畠家の拠点、霧山城へと向かう山道である。もう少しで着くあたり。
そこをとある武将が馬に乗って進んでいる。彼の名は木造具政。主人公北畠具教の弟である。彼は志摩攻略のため、先発して尾張の国から出発していた。
「しかし難儀なところにある城だな、まったく」
霧山城は、難攻不落の山城としてその威光を放っていたが、とにかく山深く登るのが大変。結局、麓に居住場所を作り、攻められた時だけ城に立て籠もるようになっていた。
しかしそれでも遠いのは間違いない。尾張からここに来るのは容易なことではない。
「具政様、どうも殿は霧山城と清州城の間の安濃津あたりに城を普請するつもりだとか」
木造具政に付いている家臣がそう言った。
「ふん、そんな事はどうでもよいわ」
(まったく木造具政様は殿に対しての対抗心が強すぎる。困ったものだ)
付いてる家臣にとっては、まさに板挟みになるので迷惑この上なかった。悩ましい問題なのだが、なにせ一方的に嫌っているので何ともしようがない。
そうこうしているうちに、麓にある多気御所についた。ここには北畠一族が住んでいるのだが、彼はその中でも、とある人物に合わなくてはならなかったのだ。彼の野心のために・・・
「これはこれは北の方様、ご機嫌麗しゅうそうで」
「そんな堅苦しい挨拶などいいですよ。義理とはいえ姉弟ではございませんか」
屋敷に着いた木造具政は、真っ先に北畠具教の正室である北の方に会いに来ていた。
(・・・相変わらず美しい女だ。あいつには勿体無い)
そんな邪念が出るほど、この北の方は成熟した女の魅力に溢れている。張りのある美しい肌、男を誘うかのような肉付きの良い身体・・・まったく罪づくりな女だと思った。
「清州城を攻略し、尾張平定に多大なる功をおあげいたしたとか。私からも御礼申し上げます」
「ははっ、ありがたき幸せ」
まあここまでは普通の会話である。だがこんな月並みな話をしにここまで足を運んだ訳ではない。彼の本意はここからである。
「・・・ところで北の方様に殿についてご注進したい事があります。なにか気になるところがありませぬか?」
「・・・そう言えば殿から一通も手紙もなにもないのが気になります。なにかケガか病気でも?」
この時、木造具政付きの家臣は怪訝に思った。いい加減な所がある殿ではあるが一通も手紙も使者もなにも送らないであろうか?
「実はその事でございます。殿は信長の妹、それも二人も乱取りし側室に迎えました」
「!!なにそれはまことか。そんな事は誰も言って来ていないですよ」
「殿が口止めしているのでしょう・・・」(俺が報告を握りつぶしたww)
「・・・」
北の方は何も言わず、無言になった。傍から見ているだけでも怒りを堪えているのがわかる。木造具政はほくそ笑んだ。もうひと押しだ。
「今や清州城は色香にまみれ、乱れきっております。どうか北の方様お助けを」
「・・・分かりました。殿が私に何も言ってこない訳がそういう事とは」
北の方は顔を真っ赤にして立ち上がった。なにせ伊勢にいる時は皆から仲の良い夫婦と思われるほど、イチャイチャしていたのだ。 (本文では描写が書けなくてスイマセン)それが乗り換えたと聞いて怒らな方がおかしい。
「誰か、誰かおらぬか!!わらわは清州にいくぞ」
そう叫んで北の方は部屋から出て行った。家臣が心配そうに木造具政に尋ねた。
「だっ大丈夫でしょうか?」
「なにも嘘は言っておらぬ。市と犬の両姫を側室にしたのは事実であろうが!!」
「そっそれはそうですが。このままでは清州城でひと悶着あるのは必定でござる」
木造具政が高笑いをする。
「ここに北の方がいれば、殿が会いに戻る可能性があるからな。これで清州に釘付けよ」
これが木造具政の目的であった。これで伊勢・志摩方面に北畠具教がひっこり顔を出す確率が激減したのだ。つまりある程度、自分の自由が利くようになった。そして清州に殿がいた方が斉藤家が攻めてきた時に討ち死にする可能性が高まる。そしてこれが一番の理由なのだが
(北畠具教め、夫婦喧嘩で苦しむがよい・・・フフフッハハハッ!!)
つまり、壮大な嫌がらせなのである!!!
清州城で繰り広げられる北畠具教の取り合い。それはもう間もなく激化していくのであった・・・
さてしばらくたった頃・・・北畠具教達はいつものように清州城で話し合いをしていた。
「小牧山に城を築くのは良いとして、やはりもっと国境にも出城、もしくは砦を築いて防衛を強化すべし」
「いやいや、そんな事をすれば露骨に斉藤家を刺激する事になりまする。出城が出来る前に潰そうと侵攻を招くことになりまする」
「それに我が方の金子にそこまで余裕が・・・」
出城を作るのを強く主張しているのは、雪姫付きの家老、細野藤光である。雪姫は現場に張り付いているので、代わりに老年ながら彼が出席していた。
安濃城など手掛け築城に長けた彼としては、小牧山城だけでは斉藤家に対抗するには不十分と考えていた。小牧山を防衛の要とし、その前に複数の城や砦で防衛線を構築することが守りの基本と判断していた。
そもそも今だ態度がハッキリとしない犬山の織田信清が悩みの種であった。その犬山城と出城の小口城が防衛線に引っかかっている。出来れば先に排除したいといのが本音である。
これに反対しているのが林秀貞達、奉行衆であった。
そんな出城を作れば、斉藤家の侵攻を早める結果になり、そうすればまだ完成していない小牧山城では支えきれないのではないかという不安。そしてこれが大きな理由であるが、ボカボカと城を立てるほど北畠家に財政的余裕がないのである。
尾張侵攻の論功行賞やら清州城や城下町の修復、そして小牧山城の築城と金のかかることばかり。とてもこれ以上は支出できない所。もう少し体力がないと出来ないという判断である。
「このままでは斉藤義龍が攻めてくるぞ、それでも良いのか!!」
「むやみやたらに城を立ててれば、その費用で国が崩壊いたします」
「貴様らは、戦というものを知らないのか!!」
「その言い方、聞き捨てならず!!」
「あーあ、とうとう喧嘩始めちゃったよ・・・」
北畠具教はボソッと呟いた。彼はこの事の顛末を黙って見ていたのだ。最初は話し合いから始まり、掴み合いまで発展する様を・・・
「市姫ちゃん、どう思う?」
「こういう時に話を振らないでよ。・・・正直な所、秀貞が言うように財布はカツカツなの。でも藤光が言う事も分かるわ。結局、どっちも納得なんてできないでしょう」
「そうだよね・・・」
ほとほと北畠具教は困ってしまった。殿さまがこんなにめんどくさいとは。市姫に (無理矢理)仕事をしてもらっているが、こういう難事は自分が決断しないといけない。
「弱ったなーとにかく止めないと・・・」
その時であった。強烈な波動を感じた。それはなにか重く、どんよりとした感じである。
「なっなんだ、この圧力は」
北畠具教はなぜか全身の毛穴から汗が吹き出し始めた。なにか・・・なにかが近づいている・・・




