誤解はさらなる誤解を呼ぶ
「しかし、殿は遅いですな。なにをしておられるのか・・・」
「まあ今、林殿がお迎えに行っておられるのでもうすぐ来るでしょう。・・・ところで北畠家の内政についてお尋ねしたい事あり」
ここは清洲城のとある部屋。今日は朝から奉行衆の打ち合わせがあるのだが、来るといっていた殿はやっぱり遅刻。いつまでたっても来ない。そこで林秀貞が迎えに行っていた。
残った鳥屋尾満栄と村井貞勝が待っている間色々話していたのだが、その話題はいつしか北畠具教が伊勢の領内で始めた学校についての話になっていた。
「伊勢の国では、学校なるものをお作りなったとか。それは一体どうしたもので?」
「さればお答えいたす。私も直接殿から理由を聞いていないので推測ですが、おそらく今まで家ごとに教育していたので、どうしても持っている知識と意識にバラつきがありました。そこで北畠家として必要最低限の知識と、家臣達に共通した意識を持たせるものかと」
村井貞勝は思わず唸った。そんな事をしている国など聞いた事がないからである。たしかに関東に足利学校というのがあるのは聞いているが・・・
「もう一つ、聞きたいことがありまする。女子にも同じような事をしていると噂を聞きましたが」
「いかにも武家の娘もそこでおしえておりまする。これも推測ですが、家を守るのは女子がしっかりしていてなりたつもの。その為、殿は女子にも同じようにしているものかと」
史実でも、織田信長が城を勝手に抜け出して遊んでいた女中を手打ちにしたと言われている。しかしながら、この時代で一貫した女子教育をおこなうなど思量の外なのである。
「それによく殿も一緒に授業を受けております。それほど殿は教育に力を入れておられます」
「なんとそこまで!!亡き信長様も大変な革新者であったが、北畠具教様もかなりのものよ・・・」
村井貞勝はほとほと感心し、説明した鳥屋尾満栄はドヤ顔で仰け反っている。我が主君の偉大さを信じて疑わないようだ。
(本当は学園生活をもう一度この世界でしたいだけとは言わないでおこう・・・)
傍らにいたモブはそう思ったが、この雰囲気ではとても言う事が出来なかった。すると襖が開き、迎えにいっていた林秀貞が帰ってきた。彼の頭には大きなコブが出来ており、そして向かいに行ったはずの北畠具教の姿はなかった。
「おや林殿、そのコブはいかがいたした?それに殿は?」
「実は・・・」
・・・
・・・・・・
(林秀貞説明中・・・)
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「・・・という訳であります」
思わず鳥屋尾満栄は大笑いしてしまった。
「ハッハッハッ、それは林秀貞殿も災難でしたな。しかしもう手をつけられるとは、殿も手が早い」
「いやはや、まったく。それも犬姫様ではなく"あの"市姫様とは、拙者も意外で。殿はあういう淑やかではない方が好みなのでしょうか」
「おやおやそんな事言っていると、また市姫に物をぶつけられまするぞ」
「いやいや、もうけっこう」(笑)
みんな大笑いしている。それも無理はない。夫婦が交わらなくては子供は出来ない。子供が出来なくては、織田家復興が出来ないのである。まず、大事な最初の一歩である。これは大変喜ばしいことである。
「もし嫡男が出来ればその子に織田家を継がせる。となると、このまま市姫様が産んでいただければ上々なり」
「もうそうなれば、市姫様が家中を引っ張ってもらわなくては。なにせ生母にあたられるお方になるのでな」
「林殿も村井殿もまだ気が早い。ここはお二人の関係を温かく見守るのが肝要」
もう勝手に林秀貞と村井貞勝が妄想して、色々な事を考え始めている。そんな時にモブが昨日あった、市姫が北畠具教の政務の手伝いをした事を言った。
「・・・という訳で、殿は市姫様の器量を高く評価され、市姫様に政務対する秘書をしてほしいと言っておられましたなー」
「おお、これは市姫様に対してかなり目をかけておるのが明白なり。良きかな良きかな・・・うん?」
その時、林秀貞はにこやかな雰囲気とは全く別の何か禍々しい気を感じた。それはなにかとても重く、なにか黒さを感じる。しかし、それは一瞬で霧散してしまった。
(気のせいか・・・こんな目出度い時に・・・わしも歳かの・・・)
隣の部屋は一人、美しい姫が黙ってその会話を聞いていた。その姫は美しい着物を着ており、また黒く長い髪が艶やかであり、そして着物の上からでも分かるほど巨乳の美少女であった。そう彼女こそ市姫の姉、犬姫である。彼女は何も口に出す事は無かった。しかし全身からなにか禍々しい気を出しているように思える。隣の楽しげな喧騒とはまったく別のなに異様なもの。
そして、彼女は黙って静かに立ち上がり部屋から出て行った。清洲城は愛の城・・・そして愛とはまた罪深きものなり・・・つまりは嵐の予感・・・




