市姫の思いと三好家の内紛
さて、ここは三好長慶の居城の飯盛山城である。今で言うと大阪府大東市にあたる。戦略的に三好家超重要拠点で、京都・大和・大坂・堺の間にあり、東高野街道も走り交通の要所でもある。
今ここに、呼び出しを受けた松永久秀の名代の女が登城し三好長慶に拝謁していた。
「ご拝顔を拝し恐悦至極」
「おお蘭、そんな堅苦しい挨拶など無用じゃ。ささっ、ちこうちこう」
蘭と呼ばれた女が三好長慶に寄り添い、ベタベタとしだす。完全に惚気ている。白昼堂々実にみっとも無いのだが・・・
「兄上、まだ日も高こうございます。家臣達の目もありますからご自重を・・・」
「あら、一存殿ったら、私に妬いているのですか、フフ」
「なに、貴様!!その言い方は聞き捨てならぬ!!」
この男の名前は、十河一存。三好長慶の弟にあたる人物である。髪を剃り上げて,額を広く作るという十河額という髪型をした若く精悍な武士である。鬼十河と言われるほど武力が高く、三好家を支える男である。
そしてその十河一存か今、一番懸念しているのがこの松永久秀名代の蘭の存在である。この女が来てから、兄の三好長慶はすっかり腑抜けになっておりそれが我慢出来なかった。
ようやく畠山高政を破り河内国を再び支配権におき、この飯盛山城も奪取したばかりである。まだ政情不安のなか、このような有様では兵の士気に関わる。それに松永久秀に大和の支配権を与えたことも不満の一つであった。
「もうよい一存、おまえは下がれ」
結局、今日も十河一存の方がこの場から下げられてしまった。彼の不満は高まる一方であった。そんな彼に一人の男が呼び止める。
「殿は相変わらずでしたか?」
「ああ一休、情けないことだ」
「実休!!一休じゃない」
この男は三好実休。三好長慶の弟であり、十河一存の兄にあたる。十河一存に匹敵するほどの武力をもつ、三好家の重鎮である。
「・・・さてそれはともかく、いよいよ松永排除をしなくてはならないな」
この三好実休もまた松永久秀との関係が悪く、煙たがっていた。
「うむ、ともかくここは兄弟団結して、家中の同心を集めなくてな・・・」
こうして今や三好家は当主三好長慶の寵愛を受ける松永久秀名代の蘭と、それを排除しようとする三好実休・十河一存の一派の暗闘が始まりつつあった。畠山高政を退けた今、家中は外敵よりも内部抗争へとその矛先を変えつつあった。
つまり幸運な事に北畠家にとっては、強敵三好家が伊勢に押し寄せてくる心配がなくなったのである。もしこの時、三好家が結束して、勢力拡大している北畠具教を叩いたならまたこれからの結果は変わってきたのであろう・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
さて、ここからは北畠家の話に戻していきたい。時間の針をもう一度桶狭間合戦後の評定が終わった頃に戻そうと思う。市姫と犬姫が側室として入ることが決まった夜。家臣団達は城下に集まり、両家の親睦を兼ねた飲み会をおこなっていたのだが・・・
「ガハハ!!オラもっと飲めーーー」
「飲むぞーーー今夜は飲むぞーーー!!」
武勇で鳴らした武将達が多く集まり、酒が入ればクヂャグチャになるのは分かりきったことであった。あたりの喧騒たるや相当なもので、まともに会話も出来ないほどであった。とにかく五月蝿い!!酒臭い!!
そんな皆楽しそうに飲んでいる中で、一人無愛想に水を飲んでいる者がいた・・・
「だから嫌なのよ男達の飲み会に来るのは・・・」
金髪の髪を掻き上げながら市姫は不満を呟いた。彼女は好き好んでこんな男臭く野暮な所へ来たつもりはない。家臣達から織田家と北畠家の親睦、しいては尾張の平和の為、そして市姫の未来の為と頼み込んできたからである。まったくこっちはいい迷惑よと思っていたがそこまで頼まれたのなら仕方がない。
しかしどうもそれらは建前で、本音は女っけが欲しかっただけではないのと思い始めていた。そして女というのは私ではなく、姉である犬姫目当てではないかと。
何故市姫はそんな事思うのか・・・それは周りを見れば歴然と分かるからである。
「犬姫様~なんで結婚してしまうんですかーー俺は・・・俺は・・・」 (涙)
「おーよしよし、ゴメンね。これも家の為だからね。だから泣かないでね」
完全に酔っ払い、顔を真っ赤にした若い侍が情けなく泣いている。それを犬姫がよしよしと子供をあやすかのように優しくあやしている。そして恐ろしい事にそういう若い男は一人ではなく、数え切れないほどいるのである。
「さすがは姉上、求愛されるのもかわすのも手馴れたものね・・・」
幼少の頃からそうであった。美形で小さい頃から絶世の美少女と家中もっぱらの評判であった犬姫は、どこにいっても注目の的である。それでいて驕る事もなく、やさしい姫であった。
自由恋愛などない時代ではあったが、それでも一途の望みをかけて声をかける男達はとにかく沢山いた。そして自然とかわし方も上手くなった訳である。
一応史実でも、妙心寺第四十四世月航宗津の賛文に犬姫がいかに美しいか書いてあります・・・ってネットに書いてありました!!
まあそれはともかく、犬姫はまさに織田家のアイドルとして存在感を発揮していたのだが、その煽りをもろにくらったのが市姫であった。
市姫もたしかに絶世の美少女だったわけだが、この時代にはあまりにも目立つ金髪とカラフルな色のついた眼がまわりの家臣達には禁忌と捉えられていた。その為劣等感からかまわりに強く当たる事もあり、ますます家中から疎まれるのである。
その結果、市姫は孤独感に悩まされるいったのである。本当は和気藹々とやりたかったのだが・・・
「・・・ちょっと隣いいかしら。こんな飲み会つらくないかしら?」
「あっはい!ちょっとこんな雰囲気慣れなくて」
思わぬ女性の声に市姫は素っ頓狂な声を出してしまった。その声の主は雪姫であった。彼女もまたこの飲み会に引っ張りだされていたのである。
「ふふ、始めまして、雪です。ようこそ北畠家へと言っていいかしら、市さん。色々複雑な思いはあるとは思いますけど・・・」
(この人があの雪姫さんか、肌がまるで雪のように白い・・・)
透明な透き通るかのような白い肌は、まさに浮世離れしているかのようだ。だがその美しさとは対照的に、戦場では鬼とかしたらしい・・・
「父上の事でなにかありましたら何時でも私に言って来てくださいね・・・すいません、色々と立て込んでますのでまた後日お話しましょう」
そう言うと雪姫はひらりと美しく舞うようにまた別の者に向かうのであった。なにせ北畠家のアイドル、とにかく声がかかる。愛想よく振舞うことが肝要と肝に銘じている。そして織田家の人々にとっても雪姫は興味をそそる人物であった。忙しく飲み会を立ち回っている。
また再び市姫は一人ポツンとしてしまった。皆が犬姫や雪姫に寄って行くので、孤独感が半端なかった。そして自分からあちこち回るような性格でもない。
「・・・ここにいても仕方が無いから、お城に帰ろう・・・お酒臭いの嫌だし」
そうポツリといって市姫は、清洲城に戻っていくのであった・・・




