浅井家の選択
六角家が大惨敗した野良田表の合戦から、一週間後の小谷城・・・
小谷城は、浅井家の居城であり巨大な石垣と曲輪をそなえる山城である。その浅井賢政が居るこの城は、凄まじく重苦しい空気に支配されている観音寺城とは違い、歓喜に満ちていた。
「どうやら六角家当主である六角義賢は嫡男義治によって強制的に隠居とか。我等と同じですな・・・おっとこれは失礼」
「赤尾殿、こちらは勝つ為に代替わり。向こうは負けて追い詰められて代替わり。似て非なるものですぞ」
「ハッハッハッ、ともかく六角は大騒ぎでしばらくは動けないでしょう」
家臣の赤尾清綱と海北綱親が楽しそうに話している。あの戦いから一週間たったのにまだ興奮冷めやらない。それほどあの戦いは快勝であった。六角家からの屈辱的な扱いからの解放、これはなにものにも代えがたい美酒であった。
「しかし、そろそろこれからの事を論じなくてはなりません。六角家侵攻を本格化させますか?」
遠藤直経がこう進言した。遠藤直経は浅井賢政がもっとも信頼する武将である。それに対し赤尾清綱はこう答えた。
「しかし、六角義治は斉藤義龍と組んだとの話がある。いくら我等とて斉藤・六角両家相手は分が悪い」
「我等とて朝倉家という後ろ盾があります」
「あれらは信頼出来ん。現に先の戦いに一兵も援軍を出さなかったではないか!!」
越前の大名、朝倉義景。浅井家とは同盟関係にあるが、朝倉家が上、浅井家が下というのが明白であった。あげくに朝倉義景がどうにも頼りない。浅井家重臣達は朝倉家が自分達を見捨てるのではないかという危機感があった。
家臣達が喧々諤々の議論をしている時、ついにまだ若い当主浅井賢政が口を開いた。
「・・・伊勢中納言、北畠具教殿とわれらは組めるだろうか?お主達はどう思うか?」
一瞬の静寂の後、遠藤直経が口を開いた。
「北畠具教様は、伊勢・尾張を支配する大大名。確かに同盟を組めれば大きな力ですが、六角義賢とは義理の兄弟でございます。つまり・・・」
「六角義治を倒す事までは共闘出来るが、そのあと六角義賢を南近江に復権させる可能性があるというのか・・・それでは組んでも意味がないな」
「はっ、そうすると北畠家の勢力が近江まで伸びてきます。そうなれば我等は朝倉家と組んでも北畠家に勝ち目は薄いかと」
「だが、北畠家は無視できない勢力。ともあれ使者をおくり仲を深めておかなくてはな・・・それとこのような書状が届いた」
浅井賢政が皆の前で書状を広げた。それにはこう書かれていた。
「我等は六角家と組んだがこれは浅井家と敵対するものではあらず。もし浅井賢政殿が望むなら不可侵を約定するのも可。ただしくれぐれも御内密に・・・斉藤義龍の密書ですな。いいのですが、皆に見せても」
浅井賢政は大きく口を開けて笑った。まさにそれは少年ではなく豪胆な武将のようである。
「ハッハッハッ、かまわぬかまわぬ。部下に隠し事するような男に人はついて来ぬわ。返答に及ばず。この書状を燃やせ!」
(わざわざ書状を見せたのは、下手な隠し事は露見した時猜疑心を生む。それを払拭する為。それと懐を見せることで部下の信頼も得る。浅井賢政様こそ戦国の勇将よ)
遠藤直経は幸福感に包まれていた。これは我等は大変な勇将を当主に据えたという考思いからである。
「よって我等浅井勢は斉藤家の誘いを蹴る。これは困難な道になると思うが皆宜しく頼む。今は戦の傷を癒し、時を待つ!!朝倉・北畠両家とは使者をおくり昵懇にせよ」
「御意にございます。殿の考えに我等一同反論はありませぬ」
「おうとも、我等はどこまでも浅井賢政様についていくぞーー」
遠藤直経、赤尾清綱や海北綱親など居合わした浅井家家臣団は異を唱えず賛同した。これで浅井家は六角・斉藤連合と対抗していくことに決した。それも北畠具教に頼らない茨の道を・・・
史実の浅井賢政・・・浅井長政は織田信長と同盟を組み、市姫を嫁に迎えた。しかし朝倉・織田の板挟みになり、結局朝倉方につく。そして滅ばされた。
しかしこの世界では、織田信長はすでに亡くなり、市姫は北畠具教の側室になっている。そして織田信長の代わりに勢力を伸ばした北畠具教とは同盟しない選択をした・・・
果たしてこれらの事は浅井賢政にとってどのような運命を導くものであろうか。朝倉義景と共に天下に号令をかける存在になるのか、それとも・・・
少なくとも浅井賢政は、北畠具教にとって大変困難な存在になっていく事は間違いないのである・・・




