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野良田表の合戦・後編(六角義賢vs浅井賢政)

ワアーーーー!!!


六角本陣に一際大きな歓声が響いた。多くの兵士達が走り回っているが、それらはとても統制が取れたものではなかった。


「なっなんだ、何が起こった!!」


六角義賢は慌てふためきながら、必死でこの混乱した状態を立て直そうとしていたが、そもそもなにが起こっているのか分からなくてはどうしようもなかった。


一人の侍が、息を切らせながら六角義賢の元に走り寄る。


「とっ殿、大変にございます。浅井・・・浅井賢政の軍が攻めてまいりました!!」


「なんだと、それでこの混乱か。なにをしている数はこちらの方が多いのだ!!逆に押し返せ!!」


「そっそれが・・・もはや本陣は混乱の極みにあります!!」


「なにーーー、そんな馬鹿な!!」


そもそも六角家が二万五千の兵数を動員するにあたり、それこそ領内から根こそぎ兵士を掻き集めてきたのだ。その為士気がやけに低い(単純に比較は出来ないが、駿河と遠江の二国と三河を押さえていた今川義元が桶狭間に動員した兵士とほぼ同数である。六角家の国力的にはそうとう無理していると思われる)


あげくに無理な渡河に加え、前線の停滞。六角家の指揮に不満が溜まっている所に、とどめに突然の奇襲ともうこれでどうかしない方がおかしい。


六角家本陣は混乱から徐々に破滅への恐慌へと突き進みつつあったのである・・・





うって変わって、ここは浅井家、安養寺氏秀の陣。ここも必死な戦いを繰り広げていた。


六角家先陣部隊と戦っているのだが、いかんせん兵数が足りていない。それを兵士の疲労度の少なさ、それと老兵の熟練した指揮でカバーしていた。


「安養寺氏秀様!!戦況は今のところ六角先陣部隊とは五分五分の戦い!!増援を!!」


駆け込んで報告に来た若武者に、安養寺氏秀は笑いながら答えた。


「ホッホッホッ、誰も来ませんよ、ここには。わしらだけでなんとかするのじゃ。中央を少し下げて、左翼より攻めい」


「ハッ!!」


「しかしさりとて、辛い事には違いないのう・・・」


その時、別の侍が駆けつけてきた。顔には喜びの笑顔を浮かべている。


「安養寺氏秀様!!撤退していた我等の先陣部隊が体勢を整え、こちらに加わるとのこと!!」


「ほうそれは祝着!!それほど皆、浅井賢政様に惚れていると言う事じゃ。かくいうワシもじゃが」


安養寺氏秀の部隊は、一歩も下がる事無くこの戦いに身をささげ様としていた・・・





「いけー!!!どんどん攻めよ!!!」


「オオーーー!!」


総大将浅井賢政率いる浅井家襲撃部隊は、北から六角本陣側面を奇襲して、これを成功させつつあった。六角勢は大混乱に陥っており、組織的抵抗はまだ見られていない。


「殿、このまま押し切りますか?」


赤尾清綱が尋ねた。彼はなんとしてでもこの戦いを勝利したいと思っていた。何故なら、赤尾清綱が率先して当主浅井久政から賢政への禅譲を仕組んだからである。おめおめ負けては、当主交代させた意味などなくなる。


彼は浅井家中においてかなり信頼を集める武将であった。そして浅井家の事を思うと、六角に媚を売る弱腰の久政より、若く大器を予感させるを賢政を据えた方が良い。たとえ不忠者と罵られ様とも・・・


浅井賢政は落ち着いていた。ほぼ初陣に近く、初めて総大将なのだがこの余裕。やはり大将の器よと赤尾清綱は思った。


「そろそろ頃合か・・・赤尾、例の者達を六角に送り込め」


「ハッ、仰せのとおりに」


赤尾清綱はどこにでもいるような足軽達を呼び寄せ、なにやら指示を出すとその者達は戦場のど真ん中へと飛び出して行った。


その足軽達は、スルスルと戦場を戦うわけでもなく駆け抜け、六角陣に入り込みこう叫んだ。


「先陣の蒲生賢秀様が討ち死になされたぞーーーもうダメだーーーー」


「六角義賢様が退却されたぞーーー俺たちも逃げるぞーーー」


次々にありもしない事を叫び続ける。しかしこれが効果テキメンであった。すでに恐慌状態に陥っている六角本陣の特に足軽達はもう持たない。


「俺たちもにっ逃げるぞ。南側は敵もいない。そこしか逃げ場がない!!」


六角勢の足軽達の一部が撤退を開始し始めた。それを見た他の者達は、もはや六角勢撤退がデマではなく、真実として写るのである。我先に逃げなくては命がなくなる。


「うあーーーー逃げろーーー!!」


六角本陣は瓦解を始めた。六角家の後藤賢豊は焦りに焦っていた。なんとしても立て直さなくては。


「逃げるな、戦え!!!」


しかしそれはもはや手遅れになっているのを、肌に感じ始めた。なにを言ってももはやどうにもならない。こうなればやむなし。彼は総大将六角義賢に駆け寄る。


「殿、もはやこれまで。ここは一旦下がり、体勢を整えましょう!!」


その注進を聞いていた六角義賢の顔は引きつり、真っ赤になっている。


「ならんならんぞ、まだ負けた訳ではない。まだいけるぞ!!」


「まだいけるはもういけぬと申します。殿が討たれては六角家が終わります。・・・御免!!」


そう後藤賢豊が言うと、本人とその家臣達が六角義賢を取り押さえる。


「なにをするか後藤賢豊!!血迷うたか!!」


「後で腹を切るなりなんなりいたします。しかしこの場はなんとしてもお立ち退きを!!」


そう言って無理矢理六角義賢を戦場から撤退させる。なんと言われようとこれはしなくてはならない。先ほどの物見の報告によると幸い南に脱出する道がある。浅井勢は突入に気を取られ、包囲が不完全だと思った。ならばこの隙をついて逃げなくては。


「先陣の蒲生賢秀に伝令を送れ!!」


主なき本陣はもはや抵抗するする意義もなにもなくなり、ただ阿鼻叫喚の世界になっていったのである・・・






「なんだと、六角義賢様が退却されただと!!」


ここは六角先陣部隊。浅井勢の安養寺氏秀との死闘が繰り広げられていた。最初は敵方の方が疲労が少なく苦戦していたが、向こうも疲れだすと数で勝る六角先陣部隊に分が出てきた。


しかし浅井勢に撤退したはずの者達が加わり、また戦況は五里夢中になっていた。その時に本陣から使者が来たのである。ついにこちらに増援を送るものだと思ったのだが・・・


「はっ、蒲生賢秀様におかれましては、殿(しんがり)を任すと後藤賢豊様からの伝言にございます」


伝えられた内容は、増援どころか殿(しんがり)。六角家はこの戦いを捨てたのである。


「ふざけるな!!まだわが方は戦えるぞ。あと千でも二千でも増援があれば相手を押し切れる!!なにを考えているのだ!!!」


「そっそれが・・・わが方本陣はもはや統制が取れなく、これ以上の戦いは不可能になりました・・・」


「クソが!!!クソクソクソクソクソクソーーーーーーーー!!!」


「蒲生賢秀様!!お気を確かに!!たしかに無念なれど主君の命なら致し方なく。ここは退却ほかなし!!!!」


あわてた家臣達が暴れる蒲生賢秀を必死に取り押さえる。動きを封じ込まれた彼はただ空しく吼えるしかなかった。


「浅井め!!!!浅井賢政め!!!次こそ必ず倒してやるからなーーーーー!!!!!!」


こうして奮戦を続けていた六角先陣部隊も撤退を開始したのである・・・




「浅井賢政様、六角義賢は撤退したようでございます。追撃のご許可を」


浅井家主力の襲撃部隊は、六角勢でいまだに留まる兵との戦いを繰り広げていた。しかしそれは戦いというより、撫で斬りという様相である。もはや抵抗らしい抵抗もない。ここは六角義賢を追いかけ討つべしと赤尾清綱は思い、注進したのである。


「ならん!!わざわざ逃げ道を作ってやったのだ。もはやこれ以上の戦いは意味がない」


「するとわざと南側に包囲の穴をつくったので?」


「逃げ場があれば、そこに逃げたくなるのが本能よ。もし逃げ場がなかったら、それこそ死に物狂いで戦うほかない。そうなれば敵の方が多いのだからこの戦いは負けよ」


赤尾清綱はほとほと感心した。この若さでこの器量。もしや近江統一どころか天下に号令をかけられるかもしれない。


(大したお方よ・・・これほどの大器、隣国でもそういまい・・・面白くなってきた・・・)


「よーーーし、勝ち鬨をあげい!!!我等の大勝利よ!!!」


エイエイオーーーーーー!!!!!


まだ残党狩りは続いている。斬られ喚きながらが絶命する者、泣きながら助命を願い槍で突かれる者、地獄の沙汰のような光景を打ち消すように、浅井勢の勝ち鬨が響くのであった。


時に永禄3年の八月に起こった、野良田表の合戦は浅井側の勝利に終わった。そしてこの戦いによって隣国に浅井賢政の名声が轟くのであった・・・

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