主人公出番なし!
「鳥屋尾殿、これは一体どうした訳ですかな。なぜ我等の入城をお認めしないのか」
あたりはもうすっかりと夜になっていた。城に入れてもらえない今川勢は、清洲城の外に陣を張っている。そこを松明の火が辺りを包んでいる。それはどこか寂しげであった。
「まだ城内は落ち着いてません。ご無礼があっては失礼ですのでお断りしたまでの事、深い意味はございません」
今集まっている今川勢を束ねる岡部元信と北畠家の鳥屋尾満栄が、お互い腹の探り合いをしている。お互いそう簡単には下がれない。
「聞けば北畠具教様は入城されたとか。戦勝の賀詞を申したいのだが」
「殿はあいにく体調を崩されておられます。よってお目通りはご遠慮願います」
「・・・今川家を馬鹿にしているのか」
「いえいえそのような事は毛頭ございません」 (スットボケ)
「グググ・・・」
二人が床几に座ったまま睨みあいをしている。そしてその睨み合いを破るべく次に口火を切ったのは鳥屋尾満栄のほうであった。
「ここは我等北畠家に任して、一度駿河に戻られてはいかがか」
岡部元信は声を荒げた。もしやと思っていたが、やはり牙をむいてきたなと。
「これはしたり!そもそもの約束では尾張は今川家が仕切るはず。絶対に戻らん!!」
「それは我が殿と今川義元様と交わした事。合戦の途中で義元様が亡くなられた時にその約束はご破算になったものかと」
「詭弁を申すな!!そんな世迷い事通るものか」
「そうは言いますが、ではどうなさるおつもりで。北畠家が引き上げた後、本当に今川家だけで支配できますかな」
そこは岡部元信にとってもっとも急所であった。今ここにいる今川勢は自分の手勢の七百しか残っていない。総勢二万五千はゆうにいたはずなのに、今はたったこれだけである。
(負け戦とはいえ減りすぎだ。義元様の威光があっての今川家だったとはいえ・・・)
そんな中、一人の侍がそっと岡部元信に元に寄り添った。そして耳元で呟く。
「岡部様、火急に伝えたいことが・・・」
まるで蚊が囁くような小さい小さい声で報告する。あまり良くはない話であることは察しがついた。
「・・・大高城の松平元康殿が岡崎城に入られるとの事」
(これはもう松平元康は腹を括ったかもしれん。あいつめ・・・今川家から独立するつもりだな。もし元康が北畠や斉藤と組むとなると尾張にいたら挟み撃ちになる・・・)
松明の炎が風によってはためく。そんな中、岡部元信はどんどんと追い詰められていくのであった・・・
(義元様亡き後、後は氏真様が継がれるが、家中は混乱は必至。そんな中、下手に尾張を押さえると斉藤家の南下を呼びかねん。松平と組んで尾張から遠江まで攻め寄せるかも)
しばらく沈黙の時間が流れる。闇に包まれた尾張の夜は岡部元信は必至に手を考えるが、いい案が浮かばない。そもそも手駒がないのである。七百では斉藤や北畠・・・そもそも織田残党でさえ抑えられない。
そして駿河からの援軍も望めないであろう。まだ三国同盟は生きているが、そもそも武田家は危険すぎる。あのハゲは野心家だ、隙を見せると背後を突かれる恐れがある。
「いかがでしょうか、岡部元信殿。ここはお引きを」
鳥屋尾満栄が再度促す。しかし岡部元信もタダでは引き下がれなかった。今川家の為、最後まで抵抗しないといけない。
「・・・一旦我等は引き上げますが、条件があります。まずあくまで"一旦"引き上げるだけですので、また後日お互い落ち着いたら話し合いを持つこと。あとそれまでは同盟関係を維持する事」
(ここは本国に戻って体制を整えなくてはならないだろう、やむおえないか・・・しかしせめて含みだけは持たせておかないとな・・・)
その後も細部において色々やり取りがあったが、夜遅くまで話し合いを続けた結果、ようやく決着した。
要約すると北畠家の実質的な尾張支配を今川家がしばらく黙認する。北畠・今川同盟の延長。大筋ではこの二点である。
斉藤家の南下は北畠が止める間に今川家の混乱を収める。そして落ち着いたら、分離独立を図ろうとしている松平元康を叩いて再び駿河・遠江・三河の支配権を確立する。これが岡部元信の策であった。
鳥屋尾満栄にしても、曲りなりにでも黙認を取り付けに成功し、今川家との同盟も続けられた。三河の松平元康が敵に回っても、今川家が背後を突くので保険になるとの考えである。
打算と妥協の積み重ねの危うい約束。はたしてこの危うい関係がこの乱世で持つのであろうか。それは誰もそして作者さえも分からなかった・・・ (考えてないのかよ!!)




