出世の為ならなんでもやるよ
「ははっ、直ちにお連れいたします」
雪姫の部下が犬姫達を呼びに行った。しばらくすると、雪姫の前に犬姫らが姿を現した。犬姫は頭を深々と下げたまま挨拶をする。
「織田信長の妹、犬と申します」
雪姫が慌てて彼女に寄り添う。
「頭をお上げ下さいませ。まだ戦の最中なので大したもてなしも出来ず、こちらこそ申し訳ありません。私は北畠具教の娘で、先軍の大将をしております雪姫です」
犬姫がようやく頭を上げた。彼女の目にようやく雪姫の姿が映る。年の頃は自分とあまり変わらない若い女どおしであるが、その姿はまるで違った。
雪姫が来ている白い鎧には、泥やそして真っ赤な色した明らかに血と分かる物が付着している。激戦を自らの力で潜り抜けた者の証である。
(この方、私と同じくらいの歳なのにこの貫禄・・・女でも戦いをくぐるとこうなるのね・・・)
「よくぞご決断なされました。犬姫殿と市姫殿の身の安全は私が保証いたします」
迷いのない澄んだ雪姫の声が、やさしく響く。この人なら信頼出来るとなんとなく犬姫は思った。やましい考えがある者は声に震えがあったり、やたら威勢が良かったりするものだ。この男のように・・・
「お初にお目にかかる、織田家家臣木下藤吉郎と申します。この度は私の一存で犬姫様達をお連れいたしました!!」
突然、聞かれてもいないのに大声で木下藤吉郎が話し出した。なにやら思ったより穏やかな話になりそうだ。兎に角、目立てるときに目立たないといけない。手柄は魚と一緒で鮮度が落ちると誰も気にしない。
「・・・別にその方には話しかけていないが・・・まあとにかくご苦労でした。あとで恩賞が出ると思う」
雪姫はほとほと呆れながら返答する。こういう手合いのがつがつした男は苦手である。その時、木下藤吉郎の発言を遮るかのように犬姫が懇願する。
「あと雪姫様。最後にお願いが御座います。清洲城内の乱暴狼藉を直ちにお止めくださいませ、このままではあまりに不憫。もし必要ならば私の命に代えても」
「えっ、私達の軍がそんな事を・・・今、清洲城にいるのは誰?」
雪姫の配下の侍がスッと傍に寄り、小声で話す。
「おそらく木造具政様の軍だと思われます」
「叔父上か・・・まったく北畠軍の恥を晒しに来たのかしら。兎に角私達も城に入って、やめさせるのです。すぐに用意して」
「ははっーー直ちに取り掛かります」
雪姫の命により、慌しく配下の者達が動き始めた。どうやら清洲城の混乱は収まりそうだ。その時であったふっと気が緩んでしまったのか、犬姫はその場で気を失い倒れてしまった。
「ああっ犬姫殿、お気を確かに。誰か奥で休ませてあげて」
気を失った犬姫は、雪姫の部下の侍に担がれて奥へ消えていった。その隙を逃さず、ささっと木下藤吉郎が雪姫に近づく。
「・・・まだ何かあるの」
雪姫は露骨に嫌な顔するが木下藤吉郎はまったく気にせず話しかける。とにかく出世がしたい、それだけである。出世して金と女を手に入れて、今まで馬鹿にした者達を見返す。その為なら何でもやってやる。
「織田信長様のご子息、奇妙丸様達の行く先を拙者は分かっております。御下命あらば連れてまいりますが」
「なにっそれは本当ですか」
しばし雪姫は考えた。
(私達は信長殿の息子達の顔を知らないし、この者に頼むのが無難か・・・しかしこの者の簡単に主家を裏切る姿勢は好かない・・・けど仕方が無いか、今は一刻も早く戦いを終わらせるのが肝要)
「分かりました、私の部下を少しつけますので連れてきてください。くれぐれも粗相がないように」
「ははっー心得ました。必ず期待にこたえます」(やっぱり若いだけあって単純だな)
そして木下藤吉郎は初めて部下をつけられ、奇妙丸確保の為に飛び出していった。本人は部下だと思っているが実際は監視役なのだが・・・
それからしばし時がたった・・・




