松坂城の戦い
南伊勢を巡る戦いは、一つの情報で一瞬にして空気が変わった。
美濃の斎藤龍興が死に、斎藤家が壊滅したという情報は瞬く間に伊勢の国中を駆け抜けた。
この時代、情報の伝達が早い者が生き残りやすい。その為、各勢力は彼方此方に間者を放っている。そして決断も早くなくてはいけないのである。
まあ決断が早くても間違っていれば酷い目にあうのだが……個人的には関ヶ原において読み間違えた九鬼の家老豊田五郎右衛門の悲惨な一例かなと思います。
まあそれは兎も角その知らせを聞いて、真っ先に志摩の国人勢力が動いた。志摩七党や九鬼氏は (なかば嫌々)木造勢に従っているので、離反も早い。人質を取られているのに明確に北畠家に与するとは言わないものの、所領安堵を願う陳情は北畠具教や鳥屋尾満栄のもとに矢継ぎ早に届いていた。
木造勢の対応の為に、安濃津城に派遣されていた鳥屋尾満栄は、直ぐに行動を開始し進軍を開始した。総大将は北畠具教の弟、北畠具親。他に勇将神戸具盛など北伊勢勢のオールスターがこれに参加。
一方、木造具政ら南伊勢勢はあっけなく瓦解。ろくに戦いもせず離反が続き苦慮した彼らは、北畠具教の嫡男である北畠具房と志摩勢の人質と共に松坂城に立て籠もり持久戦の構えを取った。
もっともその持久戦と言っても、待てばどこからか援軍が来るはずもなく、只の時間稼ぎである事は明白であった。人質を盾により良い降伏条件を引き出したい所。
木造具政が立て籠もる松坂城には、鳥屋尾満栄らの軍勢が完全に取り囲んでいた。
「一気に攻め落とせなくもないが……」
総大将である北畠具親が苦々しく呟いた。
「そうすれば人質共々、全滅してしまいます。そうなれば、色々と問題が……」
二人は対応に苦慮している時に、尾張清洲城から使いの使者がこの陣に到着した。
「……という訳で、主君北畠具教様は人質を解放し降伏すれば、木造具政殿の命までは取らぬとの事です」
二人は顔を見合わせた。
「兄上はとんとこ優しいですな。ここまで顔に泥を塗られても許すとは……」
しかし鳥屋尾満栄は黙って腕を組んでいる。
「……使いご苦労、手紙をこちらに」
「はっ」
「では殿にはそのようにするとお伝えあれ」
「御意」
使いの者はそう言って清洲城に戻っていった。
「……鳥屋尾満栄、何を考えている。殿の言う様にするしかあるまい。まあこれ以上死人は出ないように兄上は考えたのであろう」
「……確かにこの戦ではそうでありますが、ここで裏切り者を許せばまた反乱を起こされる恐れこれあり」
「そうかもしれんが……兄上の命令には逆らえまい。我らは殿の御意に従う事が正義なるぞ」
ここでいう侍の忠誠心は、江戸時代に確立されたので戦国時代にはこんなのねーよと言われるかもしれないが、この二人は北畠家の事を真剣に考えているのだ。
「……これから私がする事はあくまで私の一存でする事。北畠具親様は知らぬように」
慌てた北畠具親は鳥屋尾満栄を問い詰める。
「おい何を考えている、何をする気だ!!」
「……言えませぬ……がこれも殿の為、北畠家の為でございます」
しばらくたってから、包囲している軍勢から北畠具教の手紙を持って使いの者が松坂城に入っていくのであった……




