稲葉山城の戦い10
「見えた、あれは斎藤龍興の本陣!!斬り込みます!」
「姫様!!お気をつけを!!」
純白の鎧は血と土で汚れているが、雪姫の気高さは少しも衰えてはいない。そんな彼女が馬を操り、敵陣の奥まで押し込むように斬り込んでいる。
そして遂に見つけた、斎藤龍興の本陣を。少しも戸惑うことなく、雪姫はそこに乗り込む。
「私は北畠具教の娘、雪!!斎藤龍興殿、いざ尋常に勝負を!!……アレ?」
勢いよく駆け付けた雪姫であったが、本陣には誰もいない。いや、一人だけ年老いた侍がいた。
「これはこれは雪姫殿とお見受けいたす。殿に変わりお相手致す!!」
慌てて雪姫は馬から降りる。
「待ちなさい!!龍興はどこにいるのか!」
「殿はとうにお逃げなさった!」
動揺する雪姫だったがそれでもひるまず声をあげる。
「逃げた主君に義理立てる意味などあるないでしょ!!投降なされよ!!」
「主君が意地張れないなら、拙者が張るまで!!老兵にも意地はある!!」
そう叫び、老兵は刀を抜いて雪姫に斬りかかる。
「やめなさい、戦う意味などもはやありません!!」
「負けを承知で戦う時がある。それが今よ!」
二人は激しく斬りあう。その戦いには最早意味など無いのであるが、それでも老兵にとってはこれは最後の意地であった。
だが、しかし忍び寄る年端には逆らえぬか、老兵の動きが鈍くなってくる。
「忍びないですが、御免なさい!」
雪姫の振り下ろした刀が老兵を斬りつける。たまらず彼は片足を地面につけた。
「ぐぅぅぅ見事……」
「傷は浅いはず、これまでにしましょう」
老兵はにやりと笑った。
「噂にたがわず情が厚い御仁……もっと若い時に会いたかったが……わしにも意地がある!」
そう言い放つと、老兵は自らの刀で自分の腹を切り裂いた。大量の血が取り留めなく流れ、そして彼は息絶えたのである。
雪姫の傍に側近である細野藤光が寄り添う。
「姫様、ご無事でなりより」
「……こんな事になんの意味があるの……」
「この侍は、ここで少しでも主君の脱出の為の時間を稼ぐ事が全てだったのです。あまり深く考えると戦の闇に取り込まれますぞ」
雪姫は首を振った。
「このような忠臣を雑に使うなど、龍興の器量もそれまでだったのでしょう……私のこの戦いの意味は、一刻も早く龍興を捕らえこのような者達を出さぬ事……」
雪姫は追い付いてきた自らの兵に力強く鼓舞する。
「皆さん、辛いでしょうが今が堪え時。このまま止まらず龍興らを追い詰めましょう!!」
「おーーーー雪姫様に付いていきまする!!」
辺り一面に広がる大きな声が広がる。その声の勢いにおされ、斎藤残党兵はますます戦意を失いバラバラに逃走を始めるのであった。
戦闘はほぼ終わり、後の焦点は龍興を捕縛できるか否か、そこに軸が移りつつあったのである……




