稲葉山城の戦い8
北畠雪率いる軍勢は、稲葉山城に入らず一路西へ……安藤守就が守る北方城に向けて進撃していた。
その軍団は皆白い鎧を身に着けているのだが、先頭の方にいるのは清楚な美少女北畠雪だ。
「雪姫様、いくらなんでも先頭は危険でございます」
騎乗している北畠雪の傍に控える細野藤光が必死に叫んでいる。彼は雪姫に必死に離れまいと馬を操っている。
「細野……貴方の話だと、私達の為に安藤殿が北方城で抵抗しているのでしょ」
「そうでありますが、まずは稲葉山城に入っても良かったのでは」
雪姫が首を振る。
「すぐに助けに行かなくては安藤殿も北畠家を不審に思うでしょ。こういうのは大事よ」
「稲葉山城を取った竹中重治が北畠を裏切るとは思わないので?」
北畠雪が細野藤光に向かって微笑む。
「細野、貴方が口説いたんでしょ。私は貴方の才覚を信じているわ」
すると細野藤光についてきた松倉城城主の坪内利定が大きく笑った。
「これは細野殿一本取られましたな。しかし雪姫様の器量たるや一介の大名並み。流石でございます」
すっかりと雪姫に心酔したらしい。この魅力こそ雪姫の強さたるゆえん。
「雪姫様、前方に敵兵発見!およそ五千はいます!」
斥候に出してきた者が慌てて報告に来る。しかし雪姫はそれでも馬を止めず西へ西へと突き進む。
「雪姫様、このまま突っ込むおつもりですか」
「そうよ、私がこのまま突っ込めは後続の味方になった美濃勢も突っ込まざる得ないでしょ。私が死んだら恩賞出ないんだし」
「それはそうですが……えーい仕方ない、この無茶さは父親譲りですな」
細野藤光が部下の将兵に大きな声で語り掛ける。
「お前達、斎藤勢に姫様に一歩も触れさすな。我らの力、大いに見せようぞ!!」
「おーーーーーーーーー!!!」
獣のような唸り声が北畠雪の軍勢から放たれる。士気は否が応でも上がるのであった。
一方、斎藤勢の方はまるで事態に対応しかねていた。
斎藤飛騨守と斎藤龍興が合流し、この軍勢の指揮権は当然のように当主である斎藤龍興に変わったのだが、なにせ合流したばかりであり部隊の状況の把握が出来ていなかった。
指揮の混乱は兵の士気低下を招き、そして北畠雪らがこちらに向かっているとの情報はますます混乱の度合いを深めるのであった。
「兎に角、兵を東に向けて押し出せ。北畠雪如き踏みつぶすのだ!!」
焦る斎藤龍興は部下の兵を北畠雪らの軍勢に向けるのだが、何というか運が悪いのか、ようやく迎撃態勢を取り始めた矢先、とんでもない報告がなされるのであった。
北方城の抑えとして残された部隊から早馬が到着した。
「とっ殿!!北方城から安藤守就が攻めてまいりました!!」
「それに対応すべく兵を抑えに置いているであろう。大した事あるまい」
「それがかなりの大軍ゆえ、支えきれません。とても安藤守就だけの手勢は思えませぬ。どうやら密かに北方城には応援の者が入っていた模様」
流石に斎藤龍興は動揺した。東と西から挟み撃ちにされようとしているのだ。そして味方の兵の把握が追い付いていない。
「殿、兵の動揺著しく。このままでは壊滅です!!なにか手を打たないと!!」
「分かっておる!!黙っておれ!!」
斎藤龍興はこう怒鳴るのであるが、そう簡単に良い手が浮かぶはずもなく無駄に時だけが過ぎるのである。
斎藤龍興らはやすやすと野戦と誘き出され、挟撃された斎藤勢の瓦解が始まろうとしていた……




