二人の男
講和破綻からしばらくたったある夜……ここ美濃の国の北方城。西美濃三人衆の一人、安藤守就の居城である。
北方城は今で言う岐阜県北方町にある城である。北方町は凄く小さい町でして、同じ県の高山市と比べるとその差はもう歴然である。まあ高山市がデカ過ぎなんですが……
北方町で有名なのは、やはり国の重要文化財の円鏡寺なんですが、また脱線してしまうので……
さてそれは兎も角、ここ北方城にある男が訪れていた。北畠家の雪姫に仕える細野藤光という男である。策謀謀略が苦手な雪姫とその配下衆において、経験と老獪さは段違いで高かった。
暗闇が覆う部屋に蝋燭の炎が妖しく辺りを照らす。二人の男、安藤守就と細野藤光が顔を合わしている。
「細野殿、まずはよく無事にここまで来れましたな」
「昔、道三や義龍殿の頃に比べれば、道中の警備もガバガバですな」
「……私も今はまだ斎藤家に与する者。お主を討ち取って稲葉山城に持って行っていいのだぞ」
「ハッハッハッハッ。そんな事すれば何故北畠家家臣と会っていた。さては謀反の相談だなと因縁付けられ、お主も首が飛ぶわい。そうであろう」
安藤守就は黙っていた。図星であるからだ。少しでも目立った事をすれば、恩賞より左遷や下手すれば首が飛ぶ。今の斎藤家はそんな状態なのである。ブラック会社の潰れる前に似ている。
エラーをすれば失脚するから、誰も無理してボールを取りに行かない状態なのである。その辺は細野藤光は嗅ぎ取っている。
「さあ本筋の話だがな。どうじゃこっちに鞍替えせぬか。所領は確実に安堵するし褒美もあるぞ」
「……証拠があるのか……」
「織田家の旧臣達を見れば、わしの言が嘘ではないと言えるだろう。家臣達に土地を与えすぎて、北畠本家は大変じゃがの」
「それはその通りだの……北畠の殿様の愚直な所が今では羨ましいわい……」
美濃の地は今まで余りにも策謀が多すぎた。裏切りが多すぎた弊害で、家中で誰に相談すれば良いか分からなくなっているのだ。信用できそうなのは、日根野弘就・不破光治辺りであるが失脚しており、下手に会うとたちまち主家から反乱を起こそうとしていると疑われてしまう。
「まあお主の腹一つ次第だが……雪姫様も安藤守就殿の知恵才覚を高く評価しておるぞ」
「そんな甘い言葉も久しく聞いてないな……ただお主の主君、北畠具教の方がもっと楽に過ごせそうじゃの。もう俺も疲れ果てた……」
「ほうか、お主が味方になれば百人力よ、ガハハハッ!!」
細野藤光が笑いながら、安藤守就の肩を叩いている。思いの外、話が早い。それだけ、斎藤龍興にはウンザリしているのだろう。
「……だが……わしが裏切れば、龍興殿は大軍でここ北方城に攻めてこよう。我が城ではとても持ちこたえられん」
「そこでじゃ、お主に調略を頼みたい。工作を進め、機を見て一斉に裏切れば、龍興も何処から攻めていいのか分からず、時間が稼げる。その隙に雪姫様が北畠軍を率いて、稲葉山城に急行しこれを包囲するのよ」
安藤守就がふーと息を吐く。
「……稲葉山城は名城にて、それだけでは絶対に落ちぬぞ」
「そこで頼みがあるのだが、あの男を説得してもらえないだろうか…」
細野藤光がいうあの男とは誰であろうか……安藤守就としてもあの男が「復活」し、手元に引き入れたいと思っていた。
こうして戦乱の炎は少しずつ大きくなっていくのである……




