寿桂尼の悩みの種
北畠家と斎藤家の遺恨はますます深くなっていく中、当然色々な所でこの問題は波及していくのである。
残念ながらあらゆる家の全ての事柄を説明する事は、只でさえ遅いこの作品のペースが落ちていく為、掻い摘んで進めていく。まあ作者の技量不足の面もあるのだが。
さて、この争いで後々酷い目にあうのが、何故か駿河の今川家になる……
ここは駿河の国。ある屋敷の中にいる年老いた尼僧が、中年の侍を怒鳴りつけていた。
「それでおめおめと従ったのか!!」
「はっ、申し訳ありません。氏真様が決められた以上従うしかございません」
「全く……あの子は今川家を潰す気ですか!!」
この尼僧の名前は、寿桂尼。今川義元の母であり、氏真にとっては祖母にあたる。代々今川家の政治を取り仕切り、尼御台と呼ばれるほど政治に深くかかわっていた。この人凄いのに、何で大河は井伊直虎になるんだろう……時代的にもこの人の偉業は大したものであるのに……
まあされは兎も角話を元に戻す。そして怒鳴られているのは朝比奈泰朝。今川家の忠臣である。
「武田信玄殿は三国同盟の維持の為には、北畠家と今川家の友誼関係は切らないと困ると言っておられる様子。もしこのままだと、幕府に背く者として今川家を討たなくてはならぬと、使者である高坂殿に強く言われまして……」
高坂昌信は武田家の家臣。硬軟織り交ぜた交渉力の前に今川氏真は、なすすべもなく翻弄されたのである。
「今川家は武田家の臣下では非ず。これでは我らは武田の言いなりではないか」
寿桂尼は苦々しくこう言い放った。何故彼女はこんなに怒り狂っているのであろうか。
今川家は武田・北条と三国同盟を結んでいる。俗に言う甲相駿三国同盟である。これは史実通りであるのだが、この作品では対織田家対策として北畠家とは同盟とまではいかぬが、友誼関係を結んでいた。
ただ信長打倒後の尾張支配に関しては、今川家にも口を出せる余地はあるのだが、出兵していた今川義元と亡くなっていた為、一旦棚上げの有耶無耶になっていた。まずは反乱を起こした三河松平家を平定した今川家を安定させてから、北畠家とその辺りは話をする予定であったのだ。
ただこのまま北畠家と手切れをしたら、尾張支配権は完全に北畠家のモノになり、今川家は交渉によって利益を得る事はできず、もはや武力において屈服させるしかない。
しかしながら三河松平家ですら、今だ攻略出来ない以上それは到底無理である。それどころか松平家が北畠家に靡き同盟など結ばれたら、三河平定は不可能になる。
そうなると頼みは甲相駿三国同盟であるのだが、寿桂尼は武田家の事を信頼できていない。
「では三河平定の為に、武田殿は兵を出してくれるというのか!!」
「そっそれは、三河は今川家の内政問題であり、それに他家の者が色々と口を出すことは内政干渉にあたる故、控えたいと……」
「既に干渉しておるではないか!!嘆かわしや……こうも信玄にいいように振り回されるとは……」
史実では、織田家と手を結んだ松平家を今川家は平定させる事が出来ず、結果として三国同盟は破棄されて武田家に駿河は侵攻される。
ただこの世界線では、織田家は滅亡しており、それに取って代わった北畠家とは友好的な関係である。三河を抑える為に両面作戦も可能であり、北畠家との関係を持っていれば、寿桂尼が特に心配している武田勢の駿河侵攻の抑止力になる……筈であった。
ところが、斎藤家と北畠家との手打ちが拗れ、幕府まで巻き込む事態になると話が変わってきた。
武田家が今川家に圧力をかけ、北畠家との関係を絶たせようとしている。大義名分は幕府の意向としているが、そこに野心があるのは寿桂尼はお見通しである。
「しかしわらわが表に立って反対すれば、家中は不穏になるし氏真の面子もたたぬ。こうなれば頼りは北条殿よ。朝比奈殿、よろしく頼みますぞ」
「はっ、御意にございます」
寿桂尼はフラフラとその場に座り込んだ。
「しかしこんな弱腰では氏真はどうしようもないわ。とかくわらわが生きている内に何とかしなくては……」
寿桂尼の悩みは尽きない。それは年老いた身体をますます弱らせる羽目になるのである。史実では、寿桂尼の死後一年もたたぬうちに武田家は駿河侵攻作戦を始動。アッという間に今川家は駿河・遠江の支配権を失う訳であるが、果たしてこの作品ではどうなっていくのであろうか……




