警備
令和、あけましておめでとうございます。
さてさてここは、北畠家と斎藤家の手打ち会場である正徳寺。そこに鳥屋尾満栄が馬に乗り到着した。
「やれやれやっと着いた」
彼は行軍の一番後ろ……殿部隊であった。北畠具教以下大方の北畠家の家臣達は既に到着し、中に入っている。
「しかし、物々しい警備だな、ここは」
鳥屋尾満栄が周りを見回すと、寺の外は北畠家、斎藤家の警備の兵士達がひしめいていた。そんな寺の様子を見ていた彼に、一人の美少女が近づいてきた。
「あら鳥屋尾満栄じゃない。貴方がここに着いたということは、もうみんな来たのかしら」
「あっ、その声は犬姫様。ええ皆無事に……げっ」
犬姫の方を振り向いた鳥屋尾満栄は、思わず絶句した。犬姫はいつもの美しい着物姿ではなく、まるで武者のような鎧姿。それも雪姫以上にキラキラとした派手な鎧なのだ。
「犬姫様……その姿は……」
「あら鳥屋尾は知らなかったかしら。ほら私って殿の親衛隊を作ったじゃない。それに合わして新調したの。どう似合ってるでしょ」
「えっ、その話本当に実行したのですか!!まさかその鉄砲も……」
鳥屋尾満栄は犬姫が担いでいる鉄砲を覗き込んだ。その俗に言う「種子島」という火縄銃はやけにピカピカだ。いつも犬姫が使っていた鉄砲はもっと古かったはず……
「ああ、これ。殿におねだりして買ってもらったの。この鎧だってそうよ」
「でっでは……あの同じような服装をしている者達も、まさか……」
鳥屋尾満栄が声を震わせながら聞いた。よく見れば犬姫と同じ様な恰好をした侍達が寺のあちこちにいる。
「ええそうよ。親衛隊の武器防具一式も殿に出してもらったの」
(犬姫様は軽く言っているが、これはとんでもない金がかかっている筈だ。市姫様に知れたらどうなることやら……)
この鳥屋尾満栄の危惧は後に的中し、北畠家の予算編成を絶えず監視 (北畠具教の無駄遣いがないかどうか)していた市姫にバレてしまい、北畠具教は市姫に顔の形が変わるまでぶん殴られるわけだがまあそれは余談ですな。
「……それはそうと犬姫様、ここ正徳寺の警備はどうですか?」
犬姫は自信満々に答えた。
「ふふっそんなの決まっているじゃない。寺の外は見ての通り警備の兵士で完全に固めたわ。蟻の一匹、ゴキブリの一匹もいれさせないわ」
まあたしかに、寺の外は兵士が多く詰めていて全く隙のないように見えるのだが……
「けれど今回は斎藤家との共同警備の筈。犬姫様の言う事を聞きますか?」
今回の警備は犬姫がかなりごねまくった末、警備の担当者になっていたのだ。まあまわりは心配して森可成を補佐として送り、事実上彼が指揮しているのだが、あんまりいうとまた犬姫がキレるといけないので黙っているのだ。
「まったくあの斎藤家ときたら、私が女だからって舐めて言う事ききやしない。でも心配しないで、とにかく要所は私達が抑えてあるから」
今回の手打ち式にあたって、警備をどうするか散々に揉めた。斎藤家にしては自分の主君である義龍を北畠家ばかりの所にやるわけは行かず、当然北畠家だって自分の主君を斎藤家から守らなくてはならない。
あーでもないこーでもないとした結果、兵数は半数づつ出す。寺の中には両家の重臣しか入れないという事に決着した。
よってこのように警備の兵がひしめく訳だが、鳥屋尾満栄はまだ不安があった。
「たしかに強引に寺の中には入れないでしょうが、例えばあそこから狙撃とかありえるのでは」
鳥屋尾満栄は寺の近くの小高い丘を指さした。うっそうと生い茂る木々からならたしかに狙撃はできそうだが……
「ふふ、あそこからではこの寺の塀にさえぎられて建物内は全く見えないの。外にある釣り鐘ぐらいじゃない見えるのは。それにここの塀は頑丈に作ってあって、壊すことは無理よ」
犬姫がポンポンと塀を叩いた。たしかに丈夫そうだ。
「流石にしっかりとしておりますな。まあ森可成も警備していますから大丈夫でしょう」
「ちょっと、もっと私を信じなさいよ!!ってかなんで森が出てくるのよ!!」
そんな会話が繰り広げられていた時、まさに鳥屋尾満栄が指さした丘の木々の中で一人の禿げた男がじっと隠れていた。巧妙に偽装された彼の姿は容易に発見できるものではない。
当然事前に山狩りをしていたのだが、北畠家と斎藤家の兵士はどうしても連携にかけ、ついついここの警備は甘くなっていた。まあここからならどうしょうもないからと思ったのだ。
「……」
彼は黙って鉄砲を構えた。だがそこからでは寺の中は見ることができない。
彼の名は杉谷善住坊……戦国一のスナイパーがじっと機会を伺っていた……




