猜疑心
さてさて敗戦の打撃を回復したい斎藤家と、連日に渡る戦を止めたかった北畠家の思惑は一致し、両家は講和に向けて一色になっていく。
勝ち戦となった北畠家内部からは、「いっその事、ここで斎藤家を撃つべし!!」という強硬意見も一部にはあった。だが尾張に駐在する北畠家の家臣達は、早く和平をまとめ伊勢に帰りたがっているし、旧織田家家臣団も尾張の領地が荒らされており、復興が先という雰囲気だった。
対する斎藤家内部はもっと和平論が幅を利かせていた。こうして何の障害もなく手打ちになっていくはずであったが、この和平案に抵抗している者がいた……
「なにが和平だ。父上は怖気ついたか!!」
斎藤龍興その人である。彼は一連の尾張侵攻の失敗から自分の屋敷に蟄居中であった。当然面白くない。
「さりとて義龍様のご命令であれば致し方なし……」
下座に座り頭を下げているのが、斎藤飛騨守。龍興の腹心にてこの戦でやらかした一人。こちらも責任を取らされ、謹慎中である。
「このままでは、この俺は脳無し扱いされてしまうではないか!!」
「……」
斎藤飛騨守はなにも言えずただ黙るしかなかった。事実、家中においてこの戦の失敗は自分と龍興の二人だと言う陰口が叩かれているのは重々承知であった。
「このまま……このまま終わってたまるか……」
斎藤龍興という人物はどんな性格だったのであろうか……作者は専門家でもないので、詳しい文献等は分からないが結構しつこい性格だったのでないのか。そしてそれなりに能力もあったではないか。
史実では、織田信長敗れ美濃国を失うが、伊勢長島で抵抗した後、三好三人衆と連携。最終的には朝倉家の客将として刀根坂の戦いで戦死する。最後まで織田信長に徹底抗戦しているので、敗れはしたが意地を見せている。ルイス・フロイスも「すげえ頭いいよこの人」と言っている。まあウキベティアに書いてあったんですけどね。
ただし意地を張って戦った末、道三直系の美濃斎藤家は滅亡してしまう。
相反しているのは今川氏真かなと思う。こっちも偉大な父の後を継いだ後、国を失うが、宿敵織田信長や自分を裏切った徳川家康と上手く立ち回り、なんだかんだと関ヶ原の合戦の後も生き続け、高家今川家として江戸幕府から旗本として扱われている。こっちは無理に抵抗せず、家を存続させることに成功している。
どっちが生き方が良いかと言えないが、敗れた後の行動というのはその人の性格が出るのだなと……
話が脱線して申し訳ない。この作品はあくまでコメディーであるのでここら辺にして、えーとどこまで話がいったのかな……そう、斎藤龍興が怒り狂っているである。
暫く怒り狂っていた龍興であったが、落ち着いてくるとこんな事を言い出したのだった。
「……まさか父上は俺を見限ったのか……」
龍興はれっきとした斎藤家の嫡男である。それを排除するなど「普通」ありえない。が、父である斎藤義龍は権力奪取の為なら、斎藤道三やその他身内を殺しまくっている。その史実が龍興の猜疑心を生む。
「飛騨守……父上はまさか俺を……」
「……大殿はそれは恐ろしいお方です。無いとは言い切れません……」
静寂の時が流れる……つまりは斎藤飛騨守は龍興が殺される可能性を示唆しているのだ。このままではやられると暗に言っているようなものである。
「どうしたらいいのだ……このまま黙っていたら状況は良くならんし……」
「龍興様、拙者に一計がございます。ただし危ない橋を渡る事になりますがよろしいでしょうか」
仕掛けるか仕掛けないのか……今まさに龍興は決断をしなくてはならなかった。そして彼には斎藤道三、義龍の血が流れている。策を張り巡らして蝮のように生きてきたその野心の血が……
「俺はやる。断固としてやる。このまま黙って死ねるか!」
「はっ、では。早速手筈を整えます。以後これからは拙者にだけこの話をしてくだされ」
斎藤飛騨守は一気に話をまとめようとしている。彼にしてもこのままでは龍興以上に立場が危ないのだ。龍興が失脚したらその腹心である飛騨守は下手したら命を取られかねない。
それに美濃三人衆が急激に力をつけてきていた。このままでは龍興が当主になるにしても、その前に自分が排除されかねない。つまりは龍興以上切羽詰まっていた彼にしては、ここはイチかバチか「事」を起こさなくてはならないのである。
ではその「事」とはなんであろうか……それはこの後明らかになっていくのである……




