六角家と浅井家
あらすじ
敗北し追い詰められた斉藤家は、北畠家との和睦に動く。そして無謀にも雪姫縁組話を進めようとしていた。
ここは近江の国、観音寺城。現代の滋賀県近江八幡市安土町にある堅牢なこの城の一室。そこは重くどんよりとした空気に包まれていた。例えるならノルマ未達の支店長会とかそんなの。
後藤賢豊と蒲生賢秀がその一室でひそひそと話をしていた。
「・・・殿はなにをしておる」
「あれから酒ばかりあおっていてな・・・」
「だから斉藤家と組んではダメだったのだ!!」
ここで言う殿・・・六角家当主義治は北伊勢攻略に失敗して以来、不貞腐れてそして飲んだくれていた。仕方がないので重臣である後藤賢豊が対応案を考えていたのだが・・・
「貴殿の物言いもっともなれど、もうこうなっては仕方がないではないか」
「・・・なれば後藤殿はいかがいたす次第で。美濃に援軍でも差し向けますか?」
「実はな・・・どうも斉藤家は北畠家と和議和睦する動きがあるのじゃ」
「!!あの外道らめ。我らに無断で単独和平を結ぶ気か!!もうそうなれば東西南北敵だらけだ」
北に浅井家、南に北畠家、西に三好家、東に斉藤家。このままでは全ての勢力から狙われてしまい、そうなれば草刈り場になってしまう。
「であるから我らとしては、斉藤家に後れを取らぬよう北畠家と和議を結ぶ方向でもっていかなくてはならん」
「まったくもって情けない。近年の六角家は悪手ばかりうっておる」
浅井家との戦いに負けて以降、当主交代や斉藤家との同盟など手を打ってはいるのだがどうにも上手くいっていないのが現実だ。
「・・・でな賢秀、私としては北畠家と和議からより一歩話を進めていかなくてはならんと思っとる」
「今更北畠家は我らと同盟など結ぶでしょうか?我ら敵対していたのですぞ」
「合従連衡は戦国の常、その辺は北畠具教様も分かっていよう・・・ここは北畠具教様の正室北の方様に頼ろうと思う」
「たしかに北の方様は我ら六角家の出。しかし事ここまで事態が悪化している以上助けてくれようか・・・」
北畠具教の正室北の方は、六角義賢の妹である。だがその兄である六角義賢は当主から追い出され幽閉中のあげく伊勢侵攻の気配を見せては、いくら何でも話が難しすぎる。
「他に六角家との窓口になるような方がいない・・・無理は承知だが何とかしないとな・・・」
急に後藤賢豊が蒲生賢秀に近づく。そして小声で話し始める。
「後これからの話は内密に。今進めている斉藤家との縁組をやめて、行き先を北畠具教様にするとどうじゃ」
「わが姫を!既に北畠具教様は正室他側室を沢山持っておられるのですぞ。それではまるで・・・」
「・・・そう人質じゃ。致し方がないではないか・・・」
六角家当主義治には妹が二人いる。一人は能登の畠山義綱に嫁ぎ、そして残るもう一人は斉藤義龍の嫡男龍興に輿入れさせる予定であったのだが・・・(あとこのもう一人の妹というのは創作です)
「斉藤家は色々言うとこようが、そもそも向こうが勝手に和睦しようとしているのが悪いのじゃ。それにこっちは軍は動員したが国境を越えていないからな、言い訳も出来よう」
「まあ兎に角頭を下げていくしかないのは分かりますが・・・まったく情けない話だ」
「あともし和議が成立し、我が姫を側女として北畠具教様に送り込めた後、友好が回復次第雪姫様をわが義治様の正室に迎えようと頼んでみる次第だ」
「!!それは向こうがうんとは言いませんぞ。それに雪姫様は義治様にとって従妹になりますれば、血縁的にどうかと・・・」
「無理は承知よ。まずはワシが尾張に出向き北の方様と交渉してまいる。その間貴殿には義治様の補佐をよろしくお願いしたい」
後藤賢豊が土下座するかの勢いで頭を下げる。それを蒲生賢秀は冷静に見ている。
(後藤殿は忠義に厚いが、この俺はもう・・・)
そしてこの日にうちに後藤賢豊は尾張に向けて出発した。それは非常にタフな交渉になろうとしていることは明白でもあった・・・
さてここは近江の国、小谷城。現代の滋賀県長浜市湖北町伊部にある堅牢なこの城は浅井家の居城である。その一室に二人の武将がいた。
赤尾清綱と遠藤直経・・・赤尾清綱は浅井家の重臣。賢政擁立に動いた老将で、遠藤直経は武勇に優れ、賢政の信頼が最も厚い人物のひとりである。彼ら二人はなにやら話をしている。話題は当然、斉藤家と北畠家との戦いであった。
「・・・どうやら義龍は尾張攻略を諦め、北畠と和議を結ぼうとしているようだ」
「清綱殿、北畠具教は色々暗愚の噂がありますがなかなかやりますな」
「うむ、そして雪姫という女。縦横無尽の働き、まさに素晴らしいとの一言じゃ」
「ほほお、清綱殿がそこまで人を褒めるのは殿である賢政様以来ですな」
そして一旦間合いをおき、赤尾清綱が話を続けた。
「・・・ところで話題は変わるが殿はいま独身じゃ。実は殿の再婚相手はワシに一存されておるのだ」
「まあ平井定武の娘が嫁いできたが追い出したからな・・・」
平井定武は六角家の重臣である。その娘を政略結婚として六角家は嫁がせてきたが、戦になったので離縁となり追い出したのだ。まあそんな外的要因でいま妻はいないのである。
「のう、若い男が傍に女がいなくてはそのなんだ、色々溜まってくるだろ、ほれ」
「いやまあ言いたい事は分かりますが言い方がゲスいですよ。近々良き所の姫でも迎えては・・・朝倉家でも若狭武田家でも」
「どうじゃ、その雪姫を我が殿の嫁に迎えては」
「えっそれはどうかと。殿は北畠家との安易な接近は嫌っておりますし、そもそも向こうも簡単には出さないかと・・・」
「わが殿は名君じゃ。それに武勇優れる雪姫を輿入れさせれば、出来た子供はさぞ立派であろう」
「ちょっと清綱殿、人の話を聞いていますか。かなり難しい話ですよこれ。てか殿は許可していないのに」
「よし、決めた。この私が今から直接交渉してこよう!!」
「ああ勝手にそんなことしては怒られますぞ」
遠藤直経が止めるのも無視し、赤尾清綱はそそくさと部屋から出て行った。
(ああ困ったな。清綱殿は歳のせいかせっかちなところがあるから・・・殿にすぐに報告しないと・・・)
困り果てている遠藤直経であったが、ただ彼にしても北畠家との同盟は対六角に有利になると思っていた。
(・・・仮にもし上手くいけば我らは朝倉と北畠と繋ぐ要となろう。そうなればもはや隣国で我らを脅かす者はいなくなろう・・・上手くいかなかったら、赤尾殿が責任を取るだろうし・・・)
こうして奇しくも斉藤・六角・浅井と雪姫を手に入れようと動き出したのだが、ややこしい事に同じような事を考える者が他にもいたのである・・・




