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妖精の世界  作者: ルカ
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第4話 妖精の村と作業場

 翌朝、ファジーに起こされて目が覚めた。


 部屋の隅にいくと台があり平らな容器が置かれ水が張られている。

 冷たい水で顔を洗う。

 横の棚から布を取り出してごしごしと顔を拭く。


 ふとリョウは手に持った目の粗いタオル地の布をあらためて眺める。

 ガブリエラの言葉が思い起こされてくる。


 こういうのを人間の世界から調達してきているのだろうか。たしかに一枚あればここでは何十枚分にもなるなと思う。


 部屋を横切って中央の丸いテーブルへ向かうあいだにリョウはすっかり目が覚めていた。


「おはよう。すぐにでかけるよう」


 ファジーがテーブルに飲み物を置いている。


「どうしたの。なにつっ立ってんの」

「いやあ。なんでもない」


 そういえばとリョウは思ったのだった。

 昨日は何も食べてないなと。

 なのにまったく腹は減っていない。空腹感がないのだ。


 いまテーブルの上を見て、今朝も飲み物だけのようだと思い、複雑な心境になってしまった。ファジーが妖精は食事しないと言っていたからそれはわかっている。


 つまりこれはリョウ自身の体が妖精へと変化しつつあるということなのだ。そう考えると、とても変な気分になる。


 腰をおろして温かい飲み物を口に含む。おいしい。ありがたさがじんと胸に染みこむ。

「ファジー、ありがとう。最高においしいよ」

「ふふ」

 目を細めてファジーが首をすくめた。


「いまからね、エマのところへ行くよ」

「――あ。エマってひと、昨日少しだけ話しをした」

「そういや喋ってたな。うんうん。あのエマの家のとなりに作業場があってね」

「作業場?」

「うん。村にいくつかあるんだけど、そのひとつ。エマが管理していて、そこにいまは6人かな。妖精が集まって仕事してるんだ。私もそのひとり」

「へえええ」

「だから今日からリョウもそこに加わるんだよ」

「ええええええ」


「あーほら。こぼれてるうー」


 あわてたようにファジーがテーブルを拭いていく。


「なんか、びびってしまって。ごめんね……ありがとうファジー」


「だいじょうぶって。みんないいひとばかりだよう」



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ファジーの家から歩いてほどなくエマの家に着く。


 なるほど隣りには一階建てだが横に長い作業所らしき建物がある。昨日はよほどテンパっていたのか見過ごしていたらしい。


 水色の壁に茶色の屋根。壁には縦長の窓が五つほど並んでいる。

 エマの家に近いほうの隅に青い扉があった。


 「おっはよう」と明るい声を発しながら、ファジーがその扉を開けた。後ろからリョウもついていく。


 入ってすぐのところにベンチのような椅子がふたつ向かい合わせで置かれていた。そばには小さな台がある。


 その横を進んでいくと、壁沿いに棚が並んでいるのが見える。色とりどりの何かが畳まれて積まれているようだった。糸や道具らしきものが収納されている一角もある。また奥の隅のほうにも椅子があるようだ。


 拭きこまれた床の上を歩いていく。床には細かい糸くずや細長い布の切れ端などが、数は多くないが、所々落ちているのが目に入る。


 そして大きな作業台が等間隔で四つある。

 それぞれの台に椅子はふたつずつ。


 そのひとつのテーブルにエマとクレアがいた。


 エマはオレンジとベージュのツートンヘア、クレアは薄ピンク色のふわふわ髪だ。椅子には座らず立ってこちらを向いている。


 ふたりの周囲がほんのりとパールのような輝きを放っているように思える。

 朝靄か? リョウは目をこする。


「おはよう。さっそく来たのね」


 おっとりとした口調でエマがテーブルのむこうから声を掛けてくる。リョウはエマとクレアの顔を見て懐かしさに似た感情を覚えた。昨日会ったばかりの人たちなのにと思う。


 テーブルまでいくと、クレアがふわふわ髪を揺らしながらそばへきて、ファジーの手を握った。


「おはよう、ファジー。昨日帰ってきたばかりなんでしょう。疲れてない?」


「だいじょうぶだいじょうぶ。疲れるどころかさ。昨日なんて寝床つくるのリョウが手伝ってくれたのよう。助かっちゃった」


 そうだったのかーとリョウは心でつぶやく。言われるままやっただけだったが、こんなによろこんでもらえていたと思うとうれしかった。それにあのふっかふかの寝床はやばいくらいに気持ちよかった。


「この人リョウっていうの。エマもクレアも顔は知ってるよね」

「よろしく。リョウです」

「昨日すこしだけお話したわね。あのあとガブリエラのところへ行ったんですって?」


 穏やかながらも好奇心を隠せない様子のエマが訊いてきた。明るいオレンジとベージュのウェーブした髪が首を傾げたエマの肩へと流れていく。


「はい。行ってきました」

「それでやっぱりファジーの家で暮らすことになったのねえ」

「そうです」

「だったらここで作業することになるわけよね」


 頷きながらエマは周りに視線をめぐらした。


「ここの作業場はね。二日に一回、六人の妖精が集まって仕事をしているの。これからはあなたを含めて7人になるわね。私とクレアとファジーと、あとの妖精たちも、もうくると思うけど」


 エマは入口に目をやってから再びリョウを見た。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「仕事は二人一組でやってるの。あなたがどの組に加わるかはまだわからない。しばらくは毎回ちがう組に入ってもらうことにするわね。ここでは主に布を使っていろいろと作ってるの」


 四つの作業台の上に載っているものを指で示しながらエマが言う。


「サラとブルックリンが日用品、ファジーとリルリが衣服、私とクレアはリネン類。全体の工程管理は私が担当させてもらってるわね」


 作業台の上にはロール巻きされた布が何本も置かれていた。厚手の布や薄手のや単色に柄物と種類は様々だ。


 メジャーに似た目盛りの印がついた板や裁断機らしき道具なども置かれている。透明な区分けされた箱のなかに小さな銀色や金色の装飾部品もたくさん見える。


「この村には他に木工とか金属加工の作業場もあるんだけど、いま人手不足ってところもないのよ。村で使う分だけだから大量につくる必要はないし、ここが一番近いからってところかしらね」


 ほうとひと息ついてからエマがリョウに目を向ける。


「きっとあなたはすぐに覚えると思うわ。だって人間の世界で手に入れたものを扱うわけだし」


 簡単でしょう? というようにエマはにこりと笑った。「でもわからないことがあったら何でも訊いていいのよ」とつけくわえた。


 そのとき、ぎぎっと扉の開く音がした。


 みると見覚えのある顔の妖精が入ってきた。彼女が足を踏みだすたびに紫色の髪が踝のそばで揺れている。


 たしかブルックリンという名前だったっけとリョウは思い出す。


 ――そういえば何の花の精なのだろう。聞いてないな。


 つかつかつかとブルックリンが近づいてくる。体つきもふっくらしているが、その頬もふっくらとしてほんのりローズ色に染まっている。


「ブルックリン、おはよう」

 エマが声をかけた。


「おはよう。あらあ、この人ね。もう今日からここに? リョウさんだったわね? ファジーから聞いたわよ」


 赤い唇がよく動く。長い睫に縁取られた目がぱちぱちと瞬いている。


「リョウです。よろしくお願いします」

 まじまじと顔を見つめられてリョウはどきどきしている。


「甘い顔立ちなのにどことなく影があるのよねー。渋いわー。かっこいい人ねーって昨日ファジーにも話してたのよ」


「あ、ありがとうございます」

 予想もしない言葉をかけられてリョウは戸惑ってしまった。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 再び扉の開く音がした。


 ふり返ると見知らぬ顔の妖精が入ってきた。


 青いまっすぐな髪がふくらはぎまで伸びていて、すらりと長い手と足が、すいすいと滑らかに動いてこちらへ近づいてくる。


「サラよ」


 いつのまにか隣りにファジーが立っていた。


「すごい。青い髪がすばらしいと思う」

 サラの姿に見とれてつぶやく。清浄という言葉が彼の胸には浮かんでいる。

「うん。ブルースターっていう花の精なのよサラって」


 知らない花の名前だった。どんな花なのだろうか。


「なるほど。ところでブルックリンさんって何の花の?」

「薔薇」

 おおーと声をあげてしまう。そんなリョウをおもしろがってファジーが笑っている。リョウは少しばかり恥ずかしくなってくる。

 

「おはようございます」

 落ちついたしかし抑揚のない声だ。みるとサラがエマに挨拶している。


 何を考えているのかあまりよくわからない表情のまま、サラは首を回して、じいぃっとリョウを見ている。


 唐突にどきどきと心臓が存在を主張してきた。

 立ちつくしたまま動けない。


 サラがずかずかと近づいてきてリョウの目の前に立った。


「あの何か――」

「あなた誰。初めて見た」

「リョウです。よろしくお願い……します」

「ふうん」


 澄んだ青い目でサラが静かにリョウを見つめてくる。


「どこの組に入るの」

「組? えーと」


 さっきエマがそういうことを言っていたような気がする。


 しかしいまリョウの頭の中は真っ白になっている。目の前にある青い目がすべてだ。この目に魂を奪われてしまうのではないかという気がしてくる。


「それはね、まだ決まっていないのよ」


 クレアと話していたエマがこちらを見て言った。


「ひとまず今日はファジーとリルリの組。明日からはしばらくローテーションね」


 そういってまたクレアの方へと向きなおっている。


「だそうです」

「じゃあ明日かあさって、私たちの組にくるのか」


 表情のない顔でサラが言った。


 そして言うだけ言うとリョウの返事を待たずに背中を向け、自分の作業台であろう場所へと去っていったのだった。




「……そろそろ時間ねえ」


 窓の外を眺めてエマがつぶやいた。


「クレア、どうしましょう。もう始めましょうか」

 問われたクレアが頷いている。

「そうね。始めていいと思います」


「ぎりぎりか、それともまた遅刻だね」

 茶化すようにファジーがいった。


「もしかして……リルリ?」

「そう」

 目をくりくりさせてファジーはリョウの言葉に頷いた。


「あの子はねえ」

 頬に手をあてたエマはまだ窓の外を眺めている。


 ぎぎぎっと扉の音がしたのと同時に、「おはよう!」と元気のよい声が作業所中に響く。


 ばたばたばたと派手な足音を立てリルリが駆けてくる。


 顔の前で片手を立て「でがけにアルノニネを落としちゃって」と言い、あちらへこちらへと頭を下げながら、ものすごい早足で歩いてくる。


 やっぱりリスみたいだとリョウは思う。


「おっはよ。エマ」

「おはよう、リルリ」

 レモンイエローのつんつん髪は昨日と同じく全方向へぴんと立っている。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 全員が揃ったところでエマがみなを見渡した。


「こちらがファジーの連れてきた方で、名前はリョウさん。昨日ガブリエラに会ったそうでファジーの家で暮らすことになったの」


 リョウはエマのそばに立っていた。目の前には五人の妖精たちがいて、リョウを見つめている。


「これからここに通うのでいろいろと教えてあげてね。リョウさんから何かあればどうぞ」


 エマにうながされてリョウはぎこちなく顔をあげる。


「はじめまして。リョウです。よろしくお願いします」


 妖精たちはみなリョウを見ている。しかし不思議とリョウに緊張感はあまりない。


 一礼して頭をあげると、ファジーがウィンクしている。

 後ろ頭をかきながらリョウはファジーのそばへと戻っていった。




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