表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精の世界  作者: ルカ
3/4

第3話 妖精の村と禁じられた場所

              3


 リルリが去ったあと、ファジーの家でひと休みした。


「お茶とか……飲むんだ、妖精も」


 ファジーの用意してくれたお茶をひとくち飲んで、リョウがつぶやいた。


「あたしたち水分は取るの。でも人間みたいな食事はしない」


 家の中は壁が白くて明るかった。入口から全てが見えてしまうという広さしかないが、中央に木製の丸いテーブルがあり、壁に棚があり、隅のコーナーには細長い机があった。


 リョウたちは丸いテーブルに向きあってすわっている。カップをテーブルに置いてファジーがふと心配げな表情になった。


「だいじょうぶ? 足。ガブリエラの家まで歩けるかな」

「ああ。薬のおかげでいまは痛くないし」


 リョウは笑ってみせる。部屋に入ってすぐにファジーが傷に薬を塗ってくれたのだった。


「こうして休憩もできたし」

「そう。よかった。たぶん挨拶とあとちょっと話があるだけだから。すぐに終わるといいな」



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 妖精たちのまとめ役であるガブリエラの家は丘の中腹に位置している。村ではもっとも高所の家ということだった。


 ファジーに案内されて坂道を登っていく。途中、立ち止まってリョウはうしろを振り返る。


 だんだんと小さくなっていくファジーの家。その周りには他の妖精たちの家々。そして広がる草原の向こうには鬱蒼とした森の濃い緑がみえる。

 森にいたときは日が差していて明るいとさえ思っていたのだが、こうして外から見るとずいぶんと陰鬱な雰囲気が漂っている。


「ねえ。ファジー」

 先を歩いていくファジーの背中に声をかける。


「最初にあの森に僕たちがいたってことは、つまりあそこが元の世界とつながっているっていうことかな」

 さくさくと調子よく歩いていたファジーの足音がぴたりと止まる。

「……リョウ」


 ゆっくりと顔をこちらへ向けたファジーは、見開いた目でリョウを見つめている。ほとんど瞬きをしていない。唇は一文字にまっすぐ結ばれて、かすかに震えている。驚きと怖れの入り混じった奇妙な表情だった。


「どうしてそんなことを考えたの」

「どうしてって。そのう」


 なにかまずいことを言ってしまったのかとリョウはどきどきとしてくる。

「いいんだ、ファジー。気にしないで」

「いいえ。気になるはずよね」


 遠くの森を見下ろしながらファジーは考える顔をしている。


「そういうの、あたしからは話したくない。でもそもそも話しちゃいけないっていうことになってる。ガブリエラの許可がないとね。そして許可は決しておりないの」

 


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「よく来てくれたわ。大歓迎よ。ファジーも、疲れたでしょう。さあどうぞ、そこへすわって」


 ガブリエラは百合の精だそうだ。すっきりと背が高く足首まで覆う白い衣服を身につけている。顔も首も手も白い。淡い緑色の髪には金色の飾りが付いている。他の妖精たちはみな膝丈の衣服を着ていたから印象がずいぶんと違う。


 ふたりが家に入っていくと彼女は「いらっしゃい」と声をかけてきて、両手を大きく広げ、ファジーを抱きしめ、次にリョウを抱きしめたのだった。


 ガブリエラの柔らかな感触と彼女から漂う濃厚な香りに包まれてリョウは一瞬ぼうっとなってしまった。


「さあ。遠慮しないでどうぞ」


 広々とした部屋である。

 ソファと同じようなかたちの家具があり、ファジーとリョウはそこへ腰を下ろす。ふかふかと気持ち良い。中身が詰まってぱんと張ったクッションも置かれている。


「ファジー、今回は大変だったわね」


 向かいにすわったガブリエラがファジーへ声をかけた。それからリョウのほうへと視線が移った。


「ここでみなの世話をしているガブリエラと申します。はじめまして。お名前は、リョウさんでいいのかしら?」


「はい。リョウです」


 おだやかな眼差しで見つめられているだけなのになぜか緊張させられる。不思議なひとだと思った。


「リョウさんね。……ちょとお尋ねしてもいいかしら」

「は」 

「ファジーとどこで会ったか覚えてる?」

「え? えーと」


 首をひねって少し考える。


「藤棚です。そこにファジーがいた」

「そう」


 相槌をうったガブリエラの顔に笑顔が浮かぶ。


「どうやってここまで来たの?」

「ファジーに来る? って聞かれて。返事をする前に連れてこられた」

「そうなの。急いだのね? なぜ?」


 なぜ? そう問われて『あれ、なんでだろう』とリョウは思った。答えにつまり、腕を組んで考える。


「むりに思い出さなくてもいいわ」


 そういってガブリエラが立ち上がった。大きな窓のほうへと歩いていく。


 彼女の手によって窓が開かれた。日が落ちかかっていて、冷えた空気が屋内に入ってくる。

 ガブリエラは外の風景を眺めているようだ。


 すわっているリョウたちからは翳った草原がかろうじて見えるだけで、あとは暮れかかった空がひろがって濃紺の空間ばかりである。ガブリエラの位置からは遠く森の木々も見下ろせるのだろう。


「あの森からここへ来たのでしょう?」

 背中をむけていたガブリエラが静かにふりむいた。

「そうです」


「あの森のなかには危険な場所もある。そういう所には決して行ってはいけない」

「危険な場所」

 ガブリエラが頷く。


 ソファに戻ってきたガブリエラは、危険に近づかないためにもあの森へ行ってはいけないと言った。迷って出られなくなる可能性もあるからだという。


「ね? 森へは行かないのだから本来こんなことを話す必要はない。でも万が一ということがあるでしょう。そんなことになればこの村にはいられなくなります」


 あっと思い、隣りにすわっているファジーを見る。


「あの、もしかして追放令とか言ってたやつ? あのこと?」


 極力小さな声で訊いた。そうそうそうとファジーが真剣な表情をし高速で頷く。


「なあに?」

「いえなんでもないです」

 怪訝そうな顔をしたガブリエラにリョウはにっと笑いかけた。


「仰るとおり森には行かないようにします」

「よかったわ。明日からこの村で暮らすことになります。わからないことはファジーや他の妖精たちに聞くといいでしょう」

「はい」

「しばらくはファジーの家で暮らすことになるわね。いいかしら?」

「はい。えーと。あの。ひとつ聞いてもいいですか」

「ええ」


 ガブリエラがにこやかに頷く。


「これまでも僕のようにここへきた人間はいますか」

「もちろん」

「それで、そのう」


 どのように尋ねようかと迷っていると、肩につんつんと何かが当たった。みるとファジーが人差し指で突ついている。


「あのさ、さっきは、たまたま妖精にばかり会ったけど。家の中にいた人もいるし、作業場で働いていた人たちもいるから。そのなかには元は妖精じゃないってひともいる」

「ああ、そうなんだ」

「ま、妖精の方が多いよ。ほとんどがそう」

「そうか。ありがとう」


 ファジーと話していると緊張が和らいでくる。落ち着いた気持ちでリョウはガブリエルへと向きなおった。


「その人たちはどうやってここへ来たんです? 僕みたいに連れてこられた? なぜ人間をここへ連れてくるのかわからないというか。何のためなのか」


 ふいとリョウの視線から目を逸らしたガブリエラが、微かなため息を漏らしている。


「そうね。まず私たちが人間の世界へ行くのはね。そこにしかないものを手に入れるため。人間を連れてくるという場合には、理由はふたつあって――」


 そこでガブリエラとファジーが数秒間目を合わせた。絡みあった視線はすぐに解けてガブリエルが話をつづける。


「――人間には私たち妖精の姿は見えません。というより妖精の存在を知らない。知らなくても人間たちは生きていけます。ところがごく稀な例として、たまに、妖精が見えてしまうという人間がいるのね。私たちは姿を見られないように慎重に行動し用心しているから、まずそういうことはないのだけど。ただ特殊な例として妖精の見える人間がいる以上、どうしても、見られてしまうことはある」


 唐突に。

 『リョウがあたしを見たからよ!』

 あの暗闇になる寸前に聞こえたファジーの声がよみがえる。


「ですから、そういうときには連れてきます。そしてね。ここに来た人間は妖精になってしまうの。望む望まないは関係ない。ここへ来るとそうなってしまうのです。それでもたとえ非常にわずかな可能性であっても、私たちに危険を及ぼす要因となりうる存在である以上、見られて、そのままにしておくことはできないのです」


 こくこくと頷きながらリョウは微妙な気持ちになってくる。

 そのまま放置してくれたら、案外、錯覚だったと思うだけなんじゃないだろうか。

 どんな危険があるというのだろう。


「もうひとつの要件としては――」

 ガブリエラはいったん言葉をとめて斜め上の方へ目をやった。

「これは――私たちにその必要があるとき。ふふ。おかしな言い方でわかりづらいでしょうね」


 うすく笑ってほおに片手をあて、ガブリエラは迷っているような表情をしている。それからリョウを見て言葉をつづけた。


「私たちはみな中性なの。女性でも男性でもない。人間ともっとも異なる点かもしれないわね」


 これもファジーから聞いていたなと驚きはない。しかしそれと今している話がどう繋がるのだろうという別種の驚きがあり、リョウは興味をかき立てられた。


「ところで妖精にも一生に一度だけ繁殖期があります。その期間にここへ来た人間と結ばれて妖精が生まれます」


「えっ……」


「もちろんあなたの場合はちがう。妖精が見える人間だから連れてきた、稀なケースのほうね。なんといっても予定外だったのよ。なぜっていまこの村には繁殖期の妖精はいないから。当分は人間を連れてくる必要はなかった」


「うーん。それってつまり……」


「つまり、あなたは妖精になってこの世界で暮らしていくことになるということ。まあ――運命ね。あなたは妖精を見てしまったから」

「妖精に……なる?」

「ええ。いまはサイズが変わったことが大きな変化ではあるけれども。だんだんともっと妖精に近づいてくる。人間にはない能力を色々と、自分でも感じるようになる。じきに飛べるようにもなるわ」



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 帰り道。坂道を下りながら、ファジーもリョウも言葉少なだった。

 リョウは疑問をひとつだけ口にしてみた。


「ねえファジー。繁殖期が一生に一度ってほんとうなの」


「ほんと」


 俯いたままファジーが短く答える。


「想像つかないな」


 しばしの沈黙のあと、ファジーが顔をあげた。


「一生に一度きり。その一日だけなんだ。だからとても貴重」


 えっと声をあげてリョウは問う。


「一日だけ? 一日?!」


 驚くリョウに、ファジーがきょとんとした表情をした。


「そうよ?」


 そして片方の眉をつり上げて「六時間だよ」と付け加えた。


「えっ」


「なによ? その六時間の間だけ、中性から女性に変わるのよう」


「そうか。やっぱりよくわかないな」

「ま、リョウには関係ないからいいんじゃない?」

「うーぬ。……そうか?」


「それよりも森のことだよ。絶対に行っちゃだめ」

 急に厳しい表情になっている。


 家に着くまでの道のりで、リョウは、そのあとファジーから三回も「森には絶対には行っちゃだめだよ」と念押しされたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ