無人殺戮機
「何かの音が聞こえる」
ラステイルはそう言うと焚き火の明かりの中で耳をそばだてた。
遠くで金属を岩に打ちつけるような音が暗闇の中に響いていた。
カツーン カツーン とその音は規則正しく鳴り響き続いた。時折何かを切裂くような音が混じる。
「無人殺戮機だね、あの音は」
ダリアが焚き火に木をくべながら興味無さそうに言う。
ラステイルは焚き火の中にほおりこんでいた小さな馬鈴薯を木の枝でつつきながら無人殺戮機を見たときのことを思い出していた。
ラステイルやダリアにとって無人殺戮機は怖い物でも危険な物でもなかった。二人が旅をしているとたまにそいつに出会うことがあった。そいつは打ち捨てられた車よりひと回り大きく、金属で出来た骨組みだけのその体の上に巨大なプロペラが組付けられている。 ダリアが言うにはそいつは風の力で動いているらしく、風が長く吹かない時には、その鉄で出来たサソリのような巨体は微塵も動かずまるで崩れ落ちた風車小屋の様にひっそりと静まり返っている。しかし一旦その風車の羽のようなプロペラが風を受け動き出すと、その風の力でエネルギーを蓄積し、ゆっくりと緩慢な動きでその細い金属で組まれた沢山の脚を地面に食い込ませながら歩き出す。前方に付けられた大きな鋏の様な物で障害物をなぎ倒しながら。
しかし無人殺戮機は動き出してもラステイルやダリアに向かってくることはない。ダリアが言うにはそいつは正確に「人間」だけを殺す様に造られていて、その頭の様に見える部分にはどんなに遠くても「人間」を探し出せるような装置が付いているらしい。そう考えるとラステイルは自分が無人殺戮機に見向きもされないことを少し悲しく思った。自分は人間に見えるがやっぱり彼女と同じ「獣」なんだと思った。
しかし「人間」だろうと、最初はこの動きの遅い無人殺戮機から逃げるのは簡単だ、なにせそいつの動きは人間が歩くのと大差なく見つかっていくらでも逃げ切れる、しかしそいつは風で蓄えたエネルギーが続く限りいつまでも追い続ける。上手く逃げて家に帰ったとしても、ある風の吹く夜に突然家の窓をぶちこわしてその長い鋏を振り回し必ず「人間」を仕留める。そうやって無人殺戮機は長く緩慢な時間をかけて一人一人殺していくのだ。
グリーニーは世界に沢山の無人殺戮機を放った、そのうち何台かは未だに「人間」を探してこの荒野をうろつき回っていた。
「ほっときな、あんなガラクタ、それよりほら」
ダリアはそういうと、焚き火からかき出した馬鈴薯をラステイルに向かってほおリ投げた。
「それはもう食べれるんじゃないかい」
少年は手で受け止めた。
「アチッ」
熱い馬鈴薯を膝の上に落とし、マントを使って焚き火の煤を拭い取った。廃墟の都市を離れ、広い荒野にでてようやく見つけた食料だった。荒れ地のど真ん中に崩れ去った小さな小屋があり、その周りの地面を掘り起こしてようやく小さい馬鈴薯をいくつか手に入れていた。焼いた馬鈴薯からはいい香りがしていた、ラステイルは少しさめるのを待ってから馬鈴薯に齧りついた。
「美味しい」
少年は無邪気にそういって笑った。ダリアは少年の笑みから目を背けて空をみた。
(笑ってんじゃないわよ、あたしにそんな顔見せないでよ)
枯れた木立の間から薄明るい月の光が闇を照らしていた。空は相変わらず曇っていたがいつもより白く濁っている。そのうち二人の周りの空気全体も白濁してきた。
「霧だわ」
ダリアは漂う空気を吸い込むようにそのふくよかなな胸を上下させた。
ラステイルは馬鈴薯を頬張りながら空を見上げた。
「真っ白だ」
「そう、霧よ」
「ダリアが霞んで見えてる」
「お前もだよ」
ダリアはラステイルを睨んだ。
「白く霞んでいるとお前はやっぱり幽霊みたいに見えるよ」
「うるさい、あたしは幽霊じゃなくて教導士、教導士のプロクラムだって何度言ったら解るんだい」
「実体がないあんたは、どちらにしても幽霊みたいなものだ」
ダリアが焚き火の中の小枝をつかんでラステイルに向かってほおりなげた。
「ほら、あたしにも実体がある」
少年はそれをかわしてまた馬鈴薯をかじった。
「心が無いのは生きていない証拠だって彼女は言ってた、あんたにはきっと心がないから幽霊と同じで実体がないんだ」
ラステイルはまた彼女を思い出しそうになって慌てて目の前の食べ物に心を集中させた。
彼女を失って、ラステイルは自分も心を無くしていたのを知っていた。自分もこの世界に漂う幽霊なのだと。
「獣のくせに生意気」
それから二人とも黙り込んで焚き火の炎を見つめていたが、突然ダリアが周りを見渡して言った。
「分析完了、今更だけど、この霧はあまり吸わない方がいい」
そう言うとダリアは突然ラステイルを抱きしめ肩に掛けていた赤いショールでラステイルの顔を隠した。
「すぐに死ぬって訳では無さそうだけど、霧じゃなくて毒ガスだよこれは、お前の肺にとっていいもんじゃないからね」
そう言うと自分の膝の上で赤いショールに包まれたラステイルの頭を押さえつけた。
ラステイルは口に入ったままの馬鈴薯を慌てて飲み込んだ。ダリアの膝は暖かくは無かった。
死んだ世界を旅して回る二人の幽霊だ、そうラステイルは思った。
焚き火の消えかけ、霧と闇が二人を包んでいた。
無人殺戮機の歩く音が小さく消えていき、やがて東の空が赤く明るくなる頃に霧は消え去った。
ラステイルがダリアの膝か顔をあげた。ダリアも立ち上がり朝日と反対側の地平を見ていった。
「あの谷の向こうに村がある、そこに”獣”が潜んでる」