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六月のラステイル  作者: ふかれん
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帝国と環境原理主義者


 帝国は地球上のあらゆる文明主義や自然主義を「優勢種による美しい世界」という政治的ロマンティシズムで体現しようとしていた。


 まだ世界に大勢の人間が生きていた頃、帝国は数十年にわたり世界の国に侵攻し、占領と虐殺を繰り返していた。帝国は自らを優勢種と見なし占領した国の人々を選別し優劣を付け民族浄化を行っていった。劣等種、劣等民族と決めつけられた人々は捕らえられ絶滅収容所に入れられ虐殺されていった。


 その頃帝国の絶滅政策を担った帝国虐殺機関には毎日世界中で捕らえられた膨大な数の人々が送りつけられていた。帝国虐殺機関は世界中で戦闘を繰り広げている帝国軍よりも遥かに忙しく遥かに人手がいる作業を毎日続けねばならなかった。虐殺の生産性、それが虐殺機関のテーマとなった。虐殺の生産性を向上させる為に機関は巨大組織化し、中央での決定を現場で処理できる体制になっていった、すなわち劣等種の輸送を廃止し現地で効率よく低コストで虐殺を可能とする体制に。


 その虐殺を担ったは中央の有機コンピュータと様々な虐殺兵器で、機械化された自動殺戮機や遺伝子操作された疑似生物の群れだった。指定された地域に自立的に移動する殺戮機や疑似生物、また効率よく現地で生産され消費された虐殺兵器もあった。


 虐殺機関の責任者達の多くは自然主義者達であり、地球上の環境を破壊するあらゆる人間達を虐殺することになんの躊躇いはなかった。彼らにとって「優勢種による美しい世界」とは正に自分たち自然環境主義者達によって作られた美しい世界を意味していた。長く虐殺を続けていた彼らにはもはや人間に対して優性、劣勢の区別はなく、人間は等しく劣勢で自然界のバランスの中でのひとつの要因にすぎなかった。増えすぎた人間を間引きよりよい世界のバランスを取り戻すことこそが彼らの使命と考える様になった。


 ある日虐殺機関の責任者達は気がついた、自分たちの抱えた虐殺兵器達が帝国軍の軍隊より遥かに強いことを。


 帝国はコントロールの利かなくなった虐殺機関を制圧しようとしたが、その時にはもう遅く彼らは環境原理主義者グリーニーと名乗り帝国の抱える世界に宣戦布告もせずに攻撃を開始し始めた。


 帝国と環境原理主義者グリーニーの戦争はこうして始まり、そして瞬きする間に世界は壊滅した。




 ダリアはそうして世界が破滅する少し前に、環境原理主義者グリーニーの中央有機コンピューターによって作成されたプログラム群の一つだった。


 


 グリーニーの若いプログラマーは地下深くに作られた研究室の中の中央コンソールの前に立つ大きな有機ディスプレイを見つめていた。


 そこには若く美しい女が裸のまま水に漂う様に髪の毛をたなびかせていた。


 彼は毎日ディスプレイの中の女に話しかけた。


 「やあ、ダリア。気分はどうだい?」


 まだはっきりしない意識の中で、ダリアはその声を聞いていた。


 (あなたはだれ?)


 プログラマーは椅子に腰掛け、挽きたての熱いコーヒーを飲みながら答えた。


 「僕の名前はクラウス、君の生みの親、いや君の恋人の方がいいかな」


 そういうと彼はディスプレイの中のダリアに微笑みかけた。


 「君の名前はダリア、僕の作った最高のプログラムさ」


 (わたしは…ぷろぐらむ)


 二人は長い年月そうやって話をしていた。




 (クラウス、わたしは綺麗かな?)


 「ああ、すごく綺麗だよ、外の世界にも君ほど綺麗な女性はいないよ」


 (外の世界?)


 「いつかダリアも見ることになるよ、外の世界を」


 (どんなところ?)


 「そうだね、今はまだ戦争で荒れ果てているけど、君が外に出る頃にはきっと自然が蘇っている美しい世界になっているよ」


 (どんな風に美しいの?)


 「山には気持ちいい風が吹き花が咲ていて、川には美しい身体をした鱒が光をキラキラ反射しながら泳いでいる、その周りの草原には色んな生き物が人生を謳歌している」


 (それが美しいの?)


 「そう、すごく美しい。今の外の世界はコンクリートと煙と大気汚染にまみれた淀んだ世界だからね」


 (そんな世界が美しくなるの?)


 「自然を破壊した人間を駆逐していけば、自然界には生物のバランスが蘇る、そしたらきっと美しい世界が蘇るはずさ」


 (ふ~ん)


 ディスプレイの中のダリアが少し怒った顔をした。


 (私と世界と、どっちが綺麗?)


 クラウスは笑って答えた。


 「お馬鹿さんだね、ダリア」


 彼はディスプレイの中のダリアの身体を指でなぞった。


 「君は僕の作った最高のプログラムだよ、何よりも美しい最高の」


 ダリアは満面の笑みでクラウスを有機ディスプレイの中から見つめた。


 (ねえ、クラウス)


 ダリアはハッと気がついた様に言った。


 (クラウスも人間なの?)


 「そうだよ、僕も人間だ」


 キュに心配そうな顔をしてダリアが問いかけた。


 (じゃクラウスも駆逐されちゃうの?)


 クラウスは優しくダリアに微笑んで答えた。


 「そうだね、もしその時がくれば」


 ダリアの顔がディスプレイの中で歪んだ。


 (やだ、そんなの)


 「大丈夫だよ、ダリア。 君は優しい娘だね」


 そういってクラウスは笑い飲みかけのコーヒーを置いて部屋から出て行った。


 ダリアはディスプレイの中で後ろを向き両手で自分の身体を抱きしめた。彼女はクラウスを抱きしめたいと思ったがまだディスプレイの外には出ることは出来ない。なぜ彼を抱きしめたいと思ったのかも理解できない、ただダリアに取ってクラウスは正に自分の血液であり命そのものだった。自分の命だから大切な人、ダリアはそう理解した。


 ダリアの感情は熟成されていった。端から見ればクラウスのダリアへの関わりはいささか異常なほどだったが、この研究室の責任者であるクラウスを咎める者はおらず、クラウスはダリアに誰かを反映するかの様にダリアのプログラムを増幅させていった。


 そうやって二人が囲われた研究室の中で幸せな時間を過ごしている時にも、外の世界の戦争は激しさを増していった。


 


 ある朝、ダリアのいる研究所で大きなくぐもった音と僅かな振動があった。一瞬ディスプレイは真っ暗になり再び点灯した。スリープしていたダリアは有機コンピューターの中でその音を聞き目覚める様にディスプレイの中から外を見た。そこには血だらけになったクラウスが椅子に倒れ込んでいた。


 (クラウス!)


 ダリアは悲痛な声を出して叫んだ。ディスプレイの中から見てもクラウスの命が尽きようとしているのが感じられた。


 「やあ…ダリア…気分はどう…」


 苦しそうなクラウスの声が聞こえる、荒い息で血だらけになった白衣の上から胸の部分を押さえていた。


 (ああ、クラウス!)


 ディスプレイの中のダリアが映像の涙を流す。


 「帝国の奇襲だ…僕らがこの研究室の扉を爆破した、ここは地下深い…奴らが見つけることはもう不可能だろう」


 クラウスは椅子に深くもたれかけ、かすかに顔を上げダリアを見つめた。


 ディスプレイ全体がダリアの感情を表現するかの様に深紅に染まっていた。ディスプレイの上に付けられていたカメラがクラウスの血の色を読み取り、ディスプレイ上に正確に再現していたのだ。深紅に染まったダリアが叫んだ。


 (クラウス、お願い死なないで!)


 クラウスが力なく笑う。


 「はは…僕は死ぬのかい?ダリア」


 ダリアの涙声が答えた。


 (胸に受けた銃創は肺を貫通し大量の血液が流れている、手当てしなきゃ死ぬわ)


 「ダリア、出来ることは何もないんだ…」


 その意味知ったダリアは叫んだ。


 (出して!クラウス、私をここから出して!)


 「だめだよ、ダリア…まだその時じゃない…」


 (お願い、クラウス!)


 「いいかい、ダリア、よくお聞き…」


 クラウスは椅子から苦しそうに身体を起こした、彼の口から血が流れた。


 (だめ、動いちゃだめ!)


 「ダリア…君は他のプログラムと同じく、まだここにいなくちゃならない、もっともっと先の年代に君たちは再び起動し実体化する、この世界の王になるために」


 (クラウス…)


 「それ位経てば、世界もある程度落ち着きを取り戻すだろう、そしたら…」


 そこでクラウスは激しく咳き込んだ、血が噴き出し、再び医師に倒れ込む。


 「そしたら…生まれ変わったその世界で、君たちは最強の捕食者としてこの世界のバランスを守るんだ…」


 (ああ…クラウス)


 「少数の、そして最強の捕食者によって、世界のバランスは保たれる…きっと美しい世界になるよ…ダリア」


 クラウスが血だらけになった指で、ディスプレイの中のダリアに触れた。


 「”獣”はプログラムに従って、君の好きな様に作ったらいい、その為の機材は残していく…」


 クラウスの血とディスプレイの赤が混じり合い、黒いスジになった。


 「十二匹の”獣”と君たち十二人の”教導士”、それだけいれば十分この世界を守っていける」


 そういうとクラウスはコンソールのボタンを押した。


 「プロジェクト「最強捕食者計画」起動」


 そのままクラウスは崩れ落ちた。


 (クラウス!)


 ダリアの絶叫がこだました。


 クラウスは最後に小さな声で言った。


 「さよなら…ダリア…君の見る世界が美しいことを祈っている…」




 ダリアは泣き続けた、目の前で朽ちていくクラウスの遺体を見続けながら長い間泣き続けた。


 半年後中央コンピュータの電源が切れ、有機体に栄養分を与える羊水の流れる音だけが研究室に聞こえていた。




 (クラウス)


 スリープ状態のままダリアは思考を巡らせていた。


 大事な物を失った悲しみだけが増幅されていく中、長い年月をかけダリアの意識と感情は成長と崩壊を続けていた。


 


 そしてある日、目覚めの時がやってきた。


 外部からの侵入によって。

 



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