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六月のラステイル  作者: ふかれん
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 廃墟の都市は昼間と同じ様に音もなく夜の眠りについた。


 二人は討ち捨てられた車の立ち並ぶ道路の横、まだしっかりと立っている建物を見つけその中で夜を明かすことにした。壊されたドアと荒らされた部屋、建物の中はあらゆる物が略奪されていたが、まだしっかりと地面の上に立ち風化と戦っていた。


 ラステイルは建物の中、沢山の椅子が並んでいる部屋の隅に横たわり、もう何日も食べていない空っぽの胃を押さえる様に身体をくの字の曲げ、散らかった部屋の床を見つめていた。


 廃墟の中では食べ物は見つからない、建物に残されていた食料はとうの昔に略奪者に食べられてしまっている。


 捕まえれそうな動物もいない、何より人間がいないので食べ物を盗むこともできない。


 まともに食べ物を食べたのは、ラステイルが彼女を殺した村で、彼女に食べさせてもらったのが最後だった、暖かいスープとパン。彼女に見つめられながら食べた食事は心も身体も温まり生まれて初めて心の休まる食事だった。


 ラステイルは目を閉じ彼女のことを思い出していた。


 温かな愛情の思い出と胸を締め上げる激しい罪悪感の記憶。


 少年は目を閉じきつく黒ずんで動かなくなった右肩を掴んだ。




 ラステイルがまだほんの子供だった頃から、影の様につきまといあれやこれやと指示をするダリアは彼を獣として育てた。獣の様に人を襲い食べ物を盗む。


 実際、戦火に覆われて壊滅した後のこの世界では、街をうろつく孤児などは獣以下の存在だった。人々はかわいそうな子供達をみても、救いの手を差し伸べるようなことはせず、棒で追い払らったり、石を投げつけたり、狙いを定めて銃で撃ち殺したりした。そうする理由はこの荒れ果てた世界にはいくらでもあったし、孤児を撃ち殺す者を咎める人間はいなかった。


 孤児たちの方もまさに獣の様に振るまい、大人達を襲い殺し食べ物を盗んだ。孤児達は誰からも教育を受けることもなく、獣の様に生きそして死んでいった。曇った空の下には光り輝くような善意の欠片は見当たらず、人々は自分たちが生き延びることで必死だった。


 


 神の創造ったこの世界の秩序は、二つの勢力に蹂躙されて粉々に砕け去っていた。


 帝国と環境原理主義者グリーニーたち。


 二つの勢力は自滅しあいながら戦い続け、戦争が終わったときにはすでにこの世界にはほんの一握りの人間しか残っていなかった。


 「残された人々」は帝国とグリーニーが居なくなった後もいまだに動き続ける兵器たちの影におびえながら、あるものは略奪者として、またあるものは小さなコミューンの中で必死で生きていた。


 戦争が終わっても殺し合いだけは影を潜めることなく続いていた。すでに世界には神の慈悲は見当たらない。黒い雲は空を被いつくし神の目から地上を隠してしまっていた。




 ようやくラステイルが眠りにつくと、割れた窓ガラスから外を眺めていたダリアは、身体を丸めて眠る少年の顔を覗き込みながら小さな声で呟いた。




 「ごめんね、何にも食べさせてやれなくて」




 ダリアは少年の髪の毛を優しく撫でた。




 「はやくこの街を出なきゃね…ラステイル」




 少年の寝顔を見つめながらダリアはそう言いい、そして立ち上がると窓のそばに立ち外を見張った。




 「ゆっくりお休み、ラステイル」




 窓の外には真っ暗な闇が広がっていた。月の明かりは雲に遮られてかすかに明るい程度で夜に光をともすことはなかった。


 廃墟の街並、遠くの建物のにちらほらたき火の明かりが灯っているのが見える、生き残った略奪者の住処なのかもしれない。


 「あんたが寝ている間はあたしがちゃんと守ってあげるから」


 ダリアはカールした赤毛を指でかきあげ監視モードに入った。


 真っ暗な闇の中、瓦礫の上にかすかに動く物が見える。熱源、小さい生き物、ねずみ?


 (あまり監視範囲は広げない、この建物半径一キロで十分)


 聞こえてくるのは小動物が動く音、風の音、危険な音はしない。


ダリアはさらに監視を続けながら、傍らで眠る少年のことを考えていた。




 (あの子は獣、あたしはグリーニーの創造った教導士プログラム)




崩れた都市に強風が吹き抜けダリアの赤毛をたなびかせた。


遠くで何かが崩れる音がする、その方向に集中したが瓦礫の崩れる音以外何も聞こえてこなかった。




 (教導士は獣を導く、教導士は十二人、獣も十二匹、その中の六月の教導士ダリアは六月の獣と共に、全ての獣を抹殺する)




再び静寂が戻った都市の暗闇にダリアの深紅の眼だけが光っていた。


ラステイルはダリアの背後で静かな寝息を立てていた。


ダリアは荒波の岬に立つ灯台の様に、戦場で幼子を庇護する母親の様にあたりを監視し続けた。


監視しながら遠い昔の記憶を蘇らせていた。戦争が激しかった頃まだ自分が中央有機CPUの中にいた時のことを。


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