夢見
やってしまった。
しくじった。
私は今日、失恋した。
付き合って一年目の彼と、愛もない喧嘩だったのだが、つい捨て台詞で
「もう知らないっ!別れよう!」
と言ったところ、
「おう、俺もそろそろ別れたいと思っていたんだ!ちょうどいい、もう別れよう」
という顛末である。
もうすぐアラサーの仲間入りを果たす私としては、結婚まで考えた彼氏だった。
私は泣かなかった。
泣いてたまるか!という根性もあった。
「泣きもしないなんて、やっぱり別れて正解だな!じゃあな!」
彼の後ろ姿を見送る私。
ことの発端は、携帯に入ってきたールからだった。
彼のメールが鳴って、なんとなくみたら「みゆき」と書いてあったので、思わずメールをてしまったのだ。
「また会いたいな。待ってるね!」
と絵文字満載のメール。
カラフルで可愛い感じのメール。
「このメール何?」
「飲み屋の姉ちゃんからのメールだよ」
これがことの発端だった。
彼は普段からふらふら別の女の子の尻を追いかけ回すところがあって、不安一杯だた私には充分な起爆剤になった。
「百合はいつもそうやって俺を監視する」
彼に言われた言葉だ。
私は彼が居なくなるのを見届けたあと、号泣した。
結婚まで考えていたのに、なんてバカなことをしたのだろう。飲み屋の姉ちゃんがどうした、そのくらい大人の男なら入ってきてもおかしくないはずなのに、なぜか我慢できなかった。
やっちまった。
私は二重の目が腫れていることをトイレで確認した。
今日はせっかく二人の休みが合った日だったというのに、この体たらくである。
目が大きいから、余計に腫れが目立つ。今日はどこにも行かれないな。
私は部屋で一人で思った。
なんで許せなかったんだろう。
でも、倦怠期というか、二人ともなぁなぁになってきている部分があったのは確かだし、彼の「別れようと思っていた」が真実なら、もうよりは戻らないだろう。
私は会社に電話を入れた。
明日から一週間有休をとるためである。一週間どこかに遠出して忘れてしまおう。そう思った。
私の職場は土日の休みはなく、引き継ぎはいつもできるように仕事をしていたので一週間という急な休みでもOKされた。表向きは母が入院してばたついているので、ということにした。
◇
私はまず、旅行会社を探した。安い観光プランがあったらそれにしようと思っていたからである。
とりあえず行き先は決めずにプランで探してみた。
京都に四泊五日というプランがあったのでそれにした。今の時期はきっと紅葉が綺麗だろう。
しかも良心的なお値段。一発でそこに決めて荷物を準備した。
四泊もするので、スーツケースがいっぱいになった。
よく考えたらホテルのクリーニングを利用すればよいのでそこまで大きな荷物でなくてもよかったのに、このときはそれに気づいていなかった。
その晩はよく眠った。
スーツケースをパンパンに腫らすと、私は玄関から一歩、踏み出した。まるで初めて歩く子供のように。
◇
さて、京都駅についた。
ホテルは新幹線口側に立っていた。
私はチェックインすると、まずはスーツケースをほどいた。
今から行く場所を決めねばならない。
夕飯はホテルでとってもいいが、せっかくだったので外でとることにした。
メインルートの四条河原町は人で賑わっていた。
私は適当にお店を選ぶと店内へ入っていった。
豆腐屋である。京都といえば、湯葉である。そう思い込んでいた私はその少し高級感を感じるそのお店にほぼ手ぶらで入っていった。
お店は個室になっていて、私一人ではとても食べれたものではない状況だった。
隣の部屋が気になって仕方がない。
隣には人がいるようなのに、何の会話もない。
どんな人だろうかと思って隙間から覗いてみると、女性が一人、晩酌をしていた。
さすが京都。一人旅でもさまになる。
彼女は私とは真反対な見た目で、ちょっとおとなっぽいけれど私と変わらない年齢のようだった。私のように茶髪ではなく、長さは私と同じくらいの黒髪のストレートなロングだった。
彼女の髪は艶やかで、日本人形を思わせた。
奥二重の切れ長のきれいな瞳。真っ赤な唇。
まさに日本人形という感じである。
京都という土地柄にはとてもよく似合う。
私はというと、茶髪にウェーブを入れていて、大きすぎる二重のぱっちり目で、とてもじゃないが京都が似合わない風貌だった。
料理は次々と運ばれてきて、私はその一つ一つを写メに撮った。
とても美味しい。少し薄味だが、そういうものなんだろう。
ふと、またお隣が気になり覗いてみる。
彼女はもうデザートを食べていた。私より一時間ほど早く来ていたのだろう。
私は何だかわからないけど、急いで食べ終わらなくちゃいけない気になり、口一杯に頬張った。
恐る恐る隣の部屋を覗いてみると、彼女の姿はもうなく、違うお客様が入っていた。
私はなんだかガックリ来て、食べるスピードを落とした。
彼女と一緒に食べ終わったからといって何があるわけでもなし。
しかし、私は自然と彼女のことを意識していた。
鴨川の川辺を少し散策すると、私はホテルに帰った。
すると、驚いたことに、隣の部屋からさっきの彼女が出てきたのである。慌ててつける私。
どうやら大浴場のほうに向かっている。
私は急いで部屋へ帰るとタオルを抱えて大浴場のほうへ向かった。
大浴場の入り口を開けると、ちょうど彼女がはいるところであり、真っ白な吸い付くような肌に目が行く。
柔らかそうな胸に弾力があるヒップが露になっている。
私は急いで服を脱ぐと、タオルを片手に大浴場を開けた。
彼女の姿がない。よくよく目を凝らせば、半露天になっていて彼女はそこにいた。
私は偶然を装ったふりをして彼女に近づく。
「いいお湯ですね」
と声をかける。
「ホントに」
彼女が何の気なしに返してくれる。
私はもっとそばに寄りたくて、
「お一人ですか?」
と声をかける。
「えぇ、まぁ、気ままな一人旅っていうやつです」
彼女はさらに返事をする。
私はさらに畳み掛けるように
「料亭のよしのっていうところいったこと、あります?」
さっき食事をしていた料亭の名前をだす。
「えぇ、今日は夕飯はそちらでいただきました」
「あら、奇遇ですね。私も今日はそちらで夕飯だったのです」
奇遇も何も、わかっていて聞いているが、彼女は何も知らない。
「私は、南百合と申します」
私は、やっと名乗った。彼女は
「北浦みどりです」
と名乗った。
私は会話を続けるのに必死だった。まるで中年おじさんがクラブの娘を口説くように、必死に話題を振り撒いた。
「どちらから来られたんですか?」
彼女がやっと話題をふってくれる。
「熊本からなんですが……」
「あら。結構近いですね。私は久留米からです」
そんな風にしてお風呂で仲良くなることに成功した私は、ホテルのバーで飲む約束を取り付けた。
自分でもなにやってるかわからない。
ただ、彼女と話をしたい、それだけだった。
なぜそんな気持ちになるのかもわかりはしなかった。
バーでも当たり障りのない会話をして、部屋へ帰るとき、
「部屋もお隣だなんて奇遇!」
と言われた。
どうも同じパックでの旅行者らしい。
部屋に帰ってからもみどりのことが気になって仕方がない。
なんでこんなに気になるんだろう。
よくわからない。わからない感情が渦巻いて、私は酔った勢いもあり、すぐに睡眠についてしまった。
夢の中では彼氏と大喧嘩していた。その途中、いつの間にかみどりがそばにいて手を握っていてくれた。
私はその手を頼りにみどりを捕まえ、抱き締めた……ところで目が覚めた。
ホテルの朝食は時間が決まっている。ギリギリに起きた私は、髪の毛をといただけで、メイクも何もせず朝食場所へいった。
みどりコーヒーを飲んでいた。
「今日は朝食は別のところで食べるのかなと思いましたよー」
彼女にそう言われ、
「昨日飲み過ぎたから……」
と言い訳をする私。
「今日はどちらを回るんですか?」
「南禅寺とか銀閣寺辺りに行こうと思っているんですが……」
そこで彼女から思いもよらぬ一言が。
「よかったら一緒に見て回りません?一人より二人のほうがたのしいかなって。あ、もちろん強制はしません」
その言葉を待っていた私は、二つ返事でOKした。
◇
寺社巡りを精一杯予定に組み込み、夕飯は旅本に載っているところにすることにした。
途中から手を握っていたことに、彼女が気づいたかわからない。
端から見たら大親友というところなのだろう、誰も変に思っている様子はなかった。
みどりもそう思っていたかもしれない。
だが、私は、私の気持ちが徐々にわかってきた。
一目惚れというやつである。
認めるのはとても怖かったが、認めてしまうとずいぶん楽になった。
私は断じて同性愛者などではなかった……はずだった。
みどりに会うまでは。
地球は相も変わらず自転と公転をしているが、私の中では何かが一瞬でスパークして変わってしまったのである。
失恋していたからかもしれないし、そうでなくともみどりの容姿に惹かれていたのかもしれないが、とにかく感じたのは好意だった。
しかも、とびきり甘い。
みどりは何も気にせず、そう、今こうして手を握っていることを気にもとめずにお土産屋さんを見てはしゃいでいる。そんな姿もいとおしくて、私は目を細める。
観光になんか身も入らない。みどりの一挙一動に見いってしまう。
そう、これが恋なのだ。
同性に一目惚れだなんて、通常じゃ考えられないことだったが、明らかに恋をしている私がそこにはいた。
夕飯はお洒落なお茶屋さん風の料亭に入った。
お酒もすすみ、いい感じで酔ってきて、私は思わず
「みどりさんを離したくはないなぁ……」
と言ってしまった。
みどりは
「そんなこと言われちゃうと変な気持ちになっちゃいます〜」
と言い返し、しばらく見つめあったあと、私たちはキスをした。
ほろ酔い加減も手伝って、キスは激しさを増していった。
しばらくそうしたあと、みどりは謝ってきた。
「ごめんなさい、女同士がすることじゃなかったわね」
私は頭を振ると
「そんなことない!みどりさんとキスできて、私はとても嬉しい!」
と返した。
みどりはなんとなく私の気持ちに気づいているような気がした。
ホテルに戻るタクシーの中は沈黙だった。
◇
ホテルに戻ると、
「私の部屋にこない?」
とみどりが聞いてきた。
私は二つ返事で部屋へ行く。
部屋の冷蔵庫にはみどりが買ってきたお酒が入っていた。
私たちはまずビールからあけ、プハァッと息をした。
「やっぱりビールはキンキンに冷えてるとおいしいわ」
「そうね、冷凍庫にいれて出かけて正解だったわ」
そう言った唇を私の唇がふさぐ。
そのままベッドに押し倒す。
みどりは抵抗しない。
「私、初めてだから、うまくできなかったらごめんね」
「ううん、来て……」
◇
という夢を見た。今日は京都に旅立つ日だ。
欲求不満なのかな?振られたばっかりだしね。
と顔をパン、とはたいて気合いを入れ直した。
そうして京都の一日目、夕飯は料亭よしの。
隣の部屋が気になり覗いてみると、みどりがいたのであった。