記憶の断片
「……………」
「悪かったって、次から気を付けるよ」
そこには、涙目で膝を押さえて丸まっている勇者の姿があった。
あの直後、勇者は有言実行で俺を折ろうとしたのだが、さすが伝説の武器。勇者の膝蹴りにびくともせず、代わりに勇者の膝にダメージを与えた。勇者は膝を抱えて悶絶し、のたうち回った結果、再び部屋の隅っこで丸くなってしまったのだ。
「絶対に許しませんわ…二度も私の半裸を覗いて……」
「不可抗力だっての!」
弁解の余地は無いようで、先程からずっとブツブツ言って毛布の隙間からこちらを睨んでいる。
「本当に伝説の武器なのかしら?」
「正直俺は知らないよ…」
死神に騙されてこの姿になったが、いまいち自分のスペックが分からない。さっきから試しているが動けないし。
ーあの死神め…今度会ったら斬る。てか勇者に斬ってもらう。姿を見たことは無いけど。
「逆に聞くけど、あんたは本当に勇者なのか?」
「失敬な!伝説の武器エクスカリバーを抜くことができたのですから勇者に決まっているでしょう!?」
「それじゃあ、俺がエクスカリバーじゃないと疑うってことは、あんたが勇者じゃないって疑うのと同義になるが?」
「うっ…それは…」
「そしたらあんたをなんて呼べばいいのかな?勇者もどき?勇者(笑)?あ、勇者ですらないか」
「わ、私が悪かったですわ!…なんで立場が逆転しているのかしら…」
この勇者、根っからの真面目のようで、とてもからかいやすい。表情がころころと変わるので面白いし、可愛らしい。
「む、そういえば自己紹介がまだでしたわ。剣に自己紹介するというのはとても滑稽ですが。私はエルトリーデ・レジエンデ。あなたの名前は?あ、エクスカリバーじゃなく、生前の名前ですわ」
エルトリーデは自己紹介をしながらイモムシのようにこちらへ寄ってきた。ちゃんと話をすべき時は近くに来てくれるのか。
それより、そうだ、俺の名前。その記憶も消えてしまっているが、おぼろげに断片が浮かんでくる。
「生前はたしか、け…け……ケンなんとかって呼ばれていたはず」
「剣?見たまんまじゃない?」
「待った、もうひとつ思い出せそう……たしか……クロなんとかだったか?」
「じゃあ、あなたのことはクロ、人前ではエクスカリバーと呼ばせてもらおうかしら」
「全然黒くないけどな。よろしく、エルトリーデ」
「エリーでいいですわ、友人は皆そう呼びますもの」
握手は出来ないが、代わりにエルトリーデは、その細い指先でそっと俺の剣身を撫でた。