オネェ系?ヒーロー②
「じゃ、あとはよろしくね、猫かぶりちゃん」
「え!? ちょっ、待ってくださいお姉さん!」
「晃臣、ちゃんとした男に教育してもらいなさい!」
「な、何それっ、姉さん待って!」
二人そろって小夜子に手を伸ばすが、無情にもドアは閉じられる。向こう側から聞こえてくるのはスッキプのような足音。
彼女はひと仕事やり終えた達成感があるらしい。
「…………」
「…………」
「…………あの」
「ひゃい!」
静まり返った部屋の気まずい空気。耐えられなくなったのは結衣の方で、未だに布団から顔だけ出した須田に声をかける。彼はビクリとこちらを見た。
それなりに体格のある男がまるで怯えた亀のような状態。イケメンも台無しである。
「とりあえず、後ろ向いてるから着替えて出てきてよ。もう、なんていうか……一度ちゃんと話し合った方がいい気がするし」
「え、ええ……そうね」
宣言通り後ろを向けば、ゴソゴソと着替える音がする。
『あれ、普通これ立場逆じゃね?』とは思うが、この短時間でもう『須田さんだから』で納得してしまえる自分もいた。彼は『君付け』より『さん付け』が似合う。
「えっと、もう大丈夫よ。雨宮さん」
半ばヒラヒラフリフリを着ていることも覚悟の上で振り返ったのだが、須田は黒いカジュアルシャツとジーンズを着ていた。
そのデザインに特にヒラヒラの飾りもなく、いたってシンプル。街中を歩いていれば写真ぐらい撮られるんじゃないかというイケメンっぷりだ。
「な、何?」
「いや……私服は普通なんだな、と。意外だ……」
てっきり家では本性全てをさらけ出して生きているのかと思っていた。
「だって、わたしが着たって可愛くないし似合わないじゃない」
「まあ、そりゃそうだろうけど……」
似合っていたらそれはそれで怖いし、何より結衣の女としてのプライドもボロボロになるような気がする。
「あの、ね。あの時はいきなりだったから逃げちゃったんだけど……」
「うん……」
お互いなぜか正座で向かい合う。こちらの様子を窺うように上目遣いの須田は、結衣より身長が高いはずなのになぜかチワワに見えた。
(なんか可愛いな……って違う違う!!)
浮かんだチワワ須田を追い払い彼を見る。すると姿勢を正した須田が深く頭を下げた。
「あの時のこと、黙っておいてもらえないかしら! こちらができる範囲のことでなら雨宮さんの言うこと聞くから!!」
「はぁ!? いや、何でそうなんの!?」
「や、やっぱりダメ? 言いふらす? そうよね、隣人にこんなのがいたら気持ち悪いって普通は思うわよね……」
「いや、違うって! そうじゃなくて!」
どうもこちらが思っていたこととは違う方向に考えている須田に、結衣はガシガシと頭をかいて座り直した。自然に出たのは当然のように胡坐である。
「あ、雨宮さんっ、女の子がその恰好はちょっと……」
「もう良いんだよ! こっちが私の本性だし。須田さんが素を晒してんのに私だけ猫かぶったままってのも変だろ」
「ええっと……でもとりあえずひざ掛けぐらいして!!」
どうしても気になるのか、須田がよこしたひざ掛けを不承不承かける。
慌てたのかちょっと頬を赤くした須田に、結衣は溜め息を吐いた。彼は小夜子とは違い、取引や脅しを仕掛けてくるような感覚はないらしい。
「別に言いふらすつもりはないよ。私だって知られたくないこと知られたし……隣人が暴力的で怖いって思うだろ。お互い様だよ」
だいたい結衣の本性を知った人間は、離れていかないまでも遠巻きになる。今までこの性格を知って仲良くしようとしてくれていたのは、たった一人だけだった。
「わたし、驚きはしたけれど別に怖いとか思わなかったわよ。雨宮さんが面倒見よくていい子だっていうのは分かるし」
さてこれから須田との付き合い方をどうするか、そんなことを考えていた結衣は、ずいぶんとあっさり言いのけた彼の台詞に固まった。
「いい子……って、弟絞め殺そうとしてた私が?」
「いえ、まあ。あれは確かにすごいなとは思ったけど、うちの姉さんも大概だと思うし」
「ああ~」
そういえば彼も関節を決められて放り投げられていたんだったな、と思い出す。
「普通、この性格知ると引く奴ばっかなんだけどな……」
「わたしも人のこと言えないもの。それに、雨宮さん、ゴミ出しとか、お料理とか家のことしっかりやってるでしょ。素に戻ってても、姉さんみたいに年上にはちゃんと敬語だし」
「な、なんでそんなこと知ってんのさ!!」
ゴミ出しは見られていたとしても、料理や家事をやっているなど話したことはない。
「気づいてないかもしれないけど、隣だから声、けっこう聞こえてるわよ。わたしと雨宮さんの部屋、隣り合ってるみたいだし……」
「……見られてなくても、バレてたわけ……」
「ええ、まあ……」
家では結衣も気を抜いて瞬に怒鳴ったりしていた。それがバッチリ聞こえていたようだ。これからは気をつけなくてはいけない。
結衣はこちらの様子をうかがってくる須田に、なぜだか笑い出したくなった。
他人に知られたくない本性を隠した者同士が同じ高校で同じクラス。そして隣人。何とも奇妙な偶然だが、気負わなくていい人間が一人増えたことで楽になったのも事実だ。
しかも互いに秘密を共有できそうな相手。
結衣は少し姿勢を変えて須田を真っ直ぐ見つめた。彼は相変わらず綺麗な正座のままこちらを見ている。
「あのさ。私も須田さんもお互い本性は知られたくない。いわゆる同志なわけだ。だったらさ、協力しないか?」
「協力?」
「そ。互いの秘密を隠し通すのはもちろん、お互いボロが出そうな時はカバーする。私の清楚なお嬢様の仮面なんて付け焼刃も良いとこだし、学級委員の須田さんがフォローしてくれると助かる」
どれだけ本を読んだって、どれだけ演技力を磨いたって、ずっと上手く続くわけはない。些細なところで素が出るだろう。そういう時、クラスのまとめ役である須田に助けてもらえると結衣は助かる。
学校での彼は頭も良くスポーツ万能。少女漫画のヒーローだ。結衣が多少おかしなことをしても、彼が何かしらフォローしてくれればクラスメイト達も信じるだろう。
「その代わり、になるかは分かんないけど。須田さんがしんどくなったら私とつるんでれば良い。私は本性知ってるし、須田さんにだって息抜きは必要だろ?」
「…………さっきも聞いたけど、気持ち悪いとか思わないの?」
須田の問いかけに、結衣は『う~ん』と腕を組んだ。
確かにあの時は衝撃的な光景だったが、今目の前にいる彼を見ていると――
「私も驚きはしたけど、今須田さん見てても気持ち悪い、とかはないかな? 学校の須田さんも、口調が違うだけで性格を無理やり演じてる感じはなかったし……」
「雨宮さん……」
目をうるうるさせ始めた須田は、やっぱりチワワに見えた。
「あ、でもさすがにそっちの世界の人が身近にいるのにはびっくりしたけどな!」
「え……? ちょっと待って! わたしは可愛いものが好きなだけよ! この口調もしっくりくるから使ってるけど、断じてオカマじゃないわよ!?」
「無理しなくて良いって。もう分かってるから!」
「分かってない! 一番大事なところ分かってないわ!!」
「はいはい。んじゃあ、そういうことにしとくよ」
「ねえ、本当に分かってる!? ほんとに!?」
ケタケタと結衣は笑いが止まらない。家族以外でこんなにも自然に話せるのはずいぶんと久しぶりだった。しかも楽しい。
「はあ、もう良いわ……。そうだ、協力っていうのなら一つお願いがあるんだけど」
「ん? 何?」
疲れ果てたかのように肩を落とした須田は、何かに気づいたように顔をあげた。
その目はうるうるでなくキラキラしている。それが先程結衣を巻き込んだ須田姉、小夜子に似ているような気がして、結衣は少し体を引いた。
「雨宮さん! 私が作った服着てくれないかしら!」
「はぁ!?」
「可愛いもの好きだし。服もたくさん作るんだけど、着てくれる人がいないからすごくもったいなくなってるのよ」
「何で私が! 自分で着なよ!!」
「さっきも言ったでしょ! わたしが着ても可愛くないし似合わないの! ああいうのは似合う子が着ないと意味ないのよ! 雨宮さんは顔も可愛いし、小柄で華奢だし、一目見た時からイメージモデルぴったりだったのよね!」
先程までのおどおどした様子はどこに行ったのか。須田は身を乗り出して結衣の髪や頬っぺたをぺたぺたと触る。
『あ、手は男の子だな』とか余計なことを考えている間に、結衣はガシッと両手を握られた。
「ちょ、ちょい待て! 私はあんなヒラヒラフリフリは嫌だ!」
「もちろん、これから雨宮さんのイメージに合うのを作るわ! 雨宮さんの魅力を引き出せるように! それに、本性を隠して女の子らしく振舞いたいなら、私が作る服を着ても損はないと思うんだけど?」
「う……それはまあ……」
今までの結衣は、基本的に動きやすさを重視して服を買っていた。そのため、最近はファッション雑誌を参考に服を買っているのだが、いまいちどれが女の子らしくて結衣に似合うのか判別がつかないのだ。
(確かに、須田さんなら私より女の子らしいものも知ってるよな……)
『なんちゃってお嬢様』な結衣。少なくとも見た目を完ぺきにしておけば、多少はごまかせるような気がした。
「よ、よし分かった! 須田さんの欲望を満たす代わりに、私がモデルになる!!」
「きゃーっ、やったぁ! ありがとう!!」
「うわぁ!!」
ガバァッと抱きつかれ、結衣は大きくのけぞる。
(……チワワじゃなくて、ゴールデンリトリバーだな、これ)
互いの秘密を知り、協力関係を築いた二人。
中身がポンコツなヒロインと、中身がオネェ系?なヒーローの物語は、ここから始まった。