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ポンコツ系ヒロイン②

 学校からの帰り道、結衣は姿勢を崩さないように気をつけながらも内心はクタクタだった。

 急な転校と引っ越し作業のため、この町についたのは昨日なのだ。まだ荷解きもほとんど終えておらず、昨夜もあまり寝ていない。それでいて学校では清楚な美少女演技を徹底している。


「はぁ……親しみ持たれたのは良かったけど、なんか期待過剰な気がする……」


 そう、クラスメイトは結衣に対して気軽に接してくれるし、打ち解けやすくはあった。だが、何やら結衣を見る目に妙な期待がこもっている気がしてならないのだ。

 特に、あの挨拶以降、よく須田と絡められていたような気がする。


「『目の保養』とか、『これぞリアル二次元!』ってなんだ……」


 不自然な時期の転校生として距離を置かれなかったのは良かった。しかし何かと須田とペアにされそうなのは問題だ。


「どうもキナ臭いんだよね、あいつ……」


 結衣の隣に押しやられ、クラスメイトのはしゃぎように困ったように、だが嫌がるそぶりは見せず結衣を気づかってさえ見せた須田晃臣。

 しかし、他のクラスメイトとは違い、どうも壁のようなものがある気がしてならない。


「な~んかこっちを窺ってる気がしてならなかったし……気は抜けないな」


 あれだけ爽やかな顔をして、裏では人の弱みを探している腹黒の可能性だってある。


「ま、私も一緒だし……」


 誰だって一つの顔だけで生活しているわけではないだろう。接する人によってその対応や声音を変えたり、話す内容を変えたりする。

 結衣はその差がわざとらしく激しいだけだ。あの爽やか好青年須田だって、結衣程でないにしろ裏の顔があったところでおかしくはない。


「だからって、バレるのだけは避けないと……」


 二度と、家族にまで迷惑をかけるわけにはいかない。だからこそ、結衣の本性を知られることだけは何としてでも避けねば。

 須田が実は腹黒だろうが、本当に少女漫画に出てくる王子様のような青年だろうが正直結衣はどうでも良い。ただつつがなく、楽しく日々を過ごせればそれで良いのだ。


「いよし!! 気合入れ直そう! 今日は隣への挨拶と片付けだ!」


 パシッと頬を叩き、結衣は駆け足で家の門に手をかけた。


 新しい城となるのはごく普通の一軒家だ。築二十年の庭付き一戸建て。父のかつての同僚が、困っていた雨宮一家にこっそりと手を貸して知人の持ち物件を紹介してくれた。

 多少古さはあるが、小さなリフォームなら父の貯金でも出来る。これから少しずつ自分達の好みに変えていこう、と楽しそうに言っていた父の笑顔に、結衣も頬が緩んだ。


「ただい……」

「いってきまーす!!」

「あ、こら待ちなさい! (しゅん)!!」


 門を開けた瞬間、玄関が開き小さな影が飛び出て来た。追いすがる父の静止は扉に隔てられる。

 結衣と似た少し茶色がかった髪の少年。その顔立ちは結衣が美少女と評されるように、目がパッチリとした美少年だ。


「瞬!?」

「げっ、姉貴!?」


 振り向いた顔は『マズイ!』とでかでか書いてある。この美少年だが小生意気な雰囲気を持つのは結衣の弟、瞬だ。

 結衣は一歩踏み込んだ。


「おい、どこ行く気だコラ……」

「ど、どこだって良いだろ!?」

「良くない! 今日は引っ越しの片づけと隣への挨拶を皆でするって決めたろ!」


 瞬は目を泳がせ、約束を覚えたことを肯定する。だが、その雰囲気が表わすように生意気に口を尖らせて頭の後ろで手を組んだ。


「俺にだって、プライベートがあるんです~」

「何がプライベートだ! そもそも、ここに来た理由を分かってんのか!? 普通の引っ越しじゃないんだぞ! できるだけ大人しく、怪しまれないようにしないと……っ」

「分かってるよ!!」


 口調荒く叫んだ弟に、結衣はグッと言葉を詰めた。


「人間関係は最初が一番肝心だって言ったの姉貴だろ。俺だって必死なんだよ」

「瞬……」

「それに……」


 瞬はチラリと結衣を見て、フンッと鼻で笑う。


「俺、姉貴みたいに暴力的な性格隠して、周りに媚びへつらって尻尾振ることなんかできないし。そうまでしないと友達できないわけでもないし~」

「ぼ、ぼうりょ……こ、び……友、達……できな……」


 ズバズバ言いたい放題の瞬に、鋭い棘が体に刺さっていく気がする。ゲーム風に言うのなら連続コンボ攻撃にヒットポイントがダダ減りしていくようだ。


「ま、つまり俺は姉貴と違って、人目気にしてへったクソな演技しなくても、普通にしてれば友達ぐらいすぐにできるしな!」


 自慢げに言い切った瞬。

 結衣はどこかで何かスイッチの入るような音を聞いた気がした。


「……そうか。よく分かった! お前らしいぞ弟!」


 歩幅にして二歩。瞬との距離を一気につめた結衣は、笑顔のまま瞬の肩に手を置いた。


「だがな……」

「ひっ!」


 ニッコリ笑顔はそこまで。結衣はまだまだ自分より背の低い弟の襟首を渾身の力を持って掴みあげた。その顔は鬼女もかくやといわんばかりの、そう、清楚なお嬢様とは真逆の形相である。


「おい弟。お前誰に向かって口きいてんだコラァ!!」

「ほ、ほほ、ほら! だから姉貴は友達できね……」

「ああ!?」

「ごごご、ごめんなさいーっ!!」

「謝ってすんだら警察はいらねぇんだよ! だいたいお前はいつも……!!」

「きゃあっ!」

「はっ! 『きゃあっ!』とか可愛い声出したとこで許すとで、も……。ん?」


 姉優勢な姉弟喧嘩の真っ最中。何だか可愛らしい。だがそれにしては低い声が聞こえた。

 一瞬弟が言ったのかと瞬をさらに締め上げたが、目の前の彼もまたきょとんとしている。


「「きゃあ?」」


 瞬が言うにも、ましてや素の結衣など縁も所縁もない言葉づかい。二人そろって首を傾げたその時、ドサドサという何やらたくさんの荷物を落とすような音が隣から聞こえた。

 弟を締め上げるポーズはそのままに、結衣は好奇心から視線をそちらに向ける。


 そう、この時固まらなければ。さっさと何事もなかったかのように弟と共に家に入っていれば、結衣の第二の人生は薔薇色に染まっていたかもしれない。


「きゃっ、ちょ、ちょっとやめてよ姉さん! 乱暴に投げないで!」

「うるさいわね! あんたの服邪魔なの!」

「酷いわ!」

「何なのよ、このビラビラフリフリ! だいたい着ないのにいらないでしょ!?」

「何よ! そこまで言わなくても良いじゃない! これはっ」


 台詞を聞いただけなら趣味の合わない姉妹の喧嘩。若干、一方の声が姉妹という性別に当てはまらないぐらい低いのだが、聞いただけならハスキーだな、ですませただろう。

 しかし、結衣の目にはその『推定姉妹』の正体がはっきりと映っていた。


 いわく、ビラビラフリフリの服を玄関先に放り投げた姉。眼鏡をかけて、きつめの印象を受けるがその細さや胸の膨らみは紛れもない女性。

 そしてもう一人、涙ながらに放り投げられた服をかき集め、姉を振り返る『妹』。いや、しっかりとその姿を見た結衣にとっては、『口調だけ妹』


 彼女? は、とても板についたようなその口調のままで叫んだ。


「これは全部わたしの趣味なんだから良いでしょ! ほっといてよ! 姉さんのバカァ!! 分からず屋ーっ!!」


「うるさい! その口調で喋るな! 家に入るな!!」


 これで終わりとばかりに吐き捨て家に戻っていく姉。取り残された『口調だけ妹』は辺りに散らばったビラビラフリフリを拾い上げ、はぁっと切なげに溜息をついた。

 その姿も、結衣の演技より板についている気がする。

 そして視線に気づいたのか、彼女? はおもむろに顔を上げた。


「……………………え?」


 固まった顔には覚えがあった。覚えていなかったら病院に行って検査してもらった方が良い。だって、そこにいる彼女? いや彼は――


「あ……雨宮さん!? な、なんでここに!?」


 焦ったようにこちらを見る彼――数時間前にさよならしたばかりのクラスメイト須田晃臣は、結衣の姿を見てギョッとしたように身を引く。

 そうして、締め上げている瞬と引きつった形相の結衣にマジマジと視線を滑らせた。


「あ、雨宮さん、何……してるの? その子生きてる? ていうか、もしかしてさっきのヤクザも逃げ出しそうな怒声はまさか……」


 乙女にあるまじきがに股と表情。さらには美少年を問答無用で締め上げているその所業。あっけにとられている須田だが、結衣もまた、今目の前で起こった出来事が信じられなかった。

 するりと力の抜けた手から瞬が滑り落ちる。


「す、須田君こそ、そ、その服……それに……さっきの口調……」

「うっ……いや、あの……」


 彼が大事そうに持っているのは、物語のお姫様が着ていそうなヒラヒラでレースもたっぷりな服。そして先程聞いた『口調だけ妹』な台詞の数々。


 結衣の視力は両目とも2.0。見間違えるはずがない。あの口調で話していたのは間違いなくこの目の前にいる彼だ。


「は、ははは……」

「嘘でしょ……」


 呆然自失となった二人の前には二軒の家。

 その表札には、ごまかしもきかないぐらいに『雨宮』『Suda』の文字。


「「見られた……」」


 目の前で崩れていく今までの努力。確立したお嬢様像。

 この世の終わりのような顔で項垂れる須田を目の前に、同じ顔をした結衣の頭の中で盛大な声が鳴り響いた。


『雨宮結衣、アウトー!!』


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