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想像が騒々しいお買いもの③

 人通りの多い一角から少し離れた植え込み。立ち並んだ木の向こうに彼らはいた。


「いい加減放して!」

「いいじゃん、一人でしょ。ちょっとオレらと遊ぼうよ~」

「友達と待ち合わせしてます! 放して!」


 男二人の背中に隠れている少女の声は恐怖も混じっているが、どちらかといえば嫌悪の響きが多い。だが掴まれている腕は結衣よりも細く華奢だ。

 その様子を見てグッと眉間に皺を寄せると、結衣はこちらにまだ気づいていない男どもの背後に歩み寄り――


「嫌がってる子に何してんだよ!」

「ぐっ!」


 構えた肘を思いっきり脇腹へと突き刺す結衣。男の手が緩んだのを見てサッと少女の手を取ると、一気に引きはがして自分の後ろへとかばった。

 握った手は小さく、身長も結衣に比べて十センチ近く低い。背に隠してしまえば相手には見えないだろう。


「……いってぇ。てめぇ、何しやがる!」

「うるせぇ! こんな女の子によってたかって絡みやがって!」

「んだと!?」

「何が遊ぼうだ! お前らみたいな顔も性格も悪い奴らと遊びたいわけねぇだろ! そこのトイレで鏡見てからもっぺん出直してきやがれ! 行くぞ!」

「え……? ええ!?」


 言いたいことを一気に吐き出した結衣は、少女の手を引いてその場を離れようと歩き出す。ここは人の目が少ない。二対二と人数は同じだが男と女。力の差がある以上、すぐに誰かの手が借りられるところに行くべきだと判断した。

 だが――


「待ちやがれクソアマ! タダですむと思ってんのか!?」


 男は少女の手を引いていない方の結衣の手首を握り、痣ができそうなほどの力で掴んできた。こんな態度だから嫌がられるというのが分からないのか。


「チッ! タダどころかこっちが慰謝料貰いたいぐらいだっつぅ、の!」

「いでっ! っぁ!?」


 結衣は一度少女の手を放すと、空いた手で掴まれた方と手を組んだ。そのまま、相手の腕が外側に向くように捻ってやった。さらに間をおかずに右足を蹴り上げる。

 どこにとは言わない。とにかく一番ダメージを受けるそこに向かって思いっきり蹴り上げた。


 目の前で崩れ落ちていく男を前に、後ろにいたもう一人が目を見開いている。しかし、すぐに目を吊り上げるとこちらに向かって太い腕を伸ばしてきた。


「この野郎! ちょっと可愛い顔してるからって、図に乗ってんじゃねぇぞ!」

「危ない!」


 少女が小さく叫んだが、結衣は真正面から男を睨み返す。

 今度は頭突きでもかましてやる、と軽く腰を落としたその時――男と結衣の間に広い背中が割り込んだ。

 かと思いきや、男の伸ばした腕を軽く払い、そのまま掴んだかと思うとくるりと腕ごと男の後ろに回る。


「いっ!」


 男が背中側に腕を捻られた痛みに呻いた。その隙に彼は膝に足を軽く打ち込んで男を地面へと押し倒す。


「いででででっ!」


 右手で捻った腕を掴み、膝で男の背中を、そして空いている左手で男の頭を押さえつけている広い背中の持ち主は――


「す、須田さん?」


 いっそ華麗とも思えるような流れる動作でナンパ野郎を倒したのは晃臣だ。だが、結衣は一瞬それ晃臣だと分からなかった。

 彼の目が、あまりに険しく、いっそ刺々しいぐらいに剣呑な色を帯びていたから。


「今、彼女に何をする気だった?」

「何って、あっちが最初にっ……ってぇ! 痛い痛い!! 放してくれ!!」


 さらに腕を捻りあげたのか男が叫ぶ。

 その様子を見下ろす晃臣は普段とも、試合の時とも違う。正面から見ればゾッとしてしまいそうな冷たい表情に低い声。

 結衣は本能的にマズイと感じ、晃臣に駆け寄った。


「須田さん、私は大丈夫だから! 怪我とかしてないし問題ない! だからもういい!」


 男を抑えている腕に触れて叫べば、彼はチラリと結衣を見た。その目もまた鋭くドキリとしたが、触れた腕から力が抜けていくのが分かった。

 彼はゆっくりとした動作で立ち上がると、結衣を背にかばいながら倒れた男たちを睨みつける。


「さっさと行け」

「っ! おい、行くぞ! しっかりしろ!」


 まだ地面に倒れていた、結衣が蹴り上げた方の男に肩を貸し、ナンパ野郎は脱兎のごとく人ごみの中へと消えていった。


 完全に姿が見えなくなると、遠くから軽快な音楽や買い物を楽しんでいる人たちのざわめきが戻ってくる。

 そんな中、晃臣はいまだに結衣に背中を向けたまま。


「あ、あの。須田さん?」


 先ほどの目つきが忘れられず、恐る恐る声をかける。

 次の瞬間、晃臣は勢いよくこちらを振り返った。ビクリとして一歩下がろうとした結衣の肩を掴み、力のままギュウギュウと抱きしめられる。


「うぐっ。須田さん!?」

「ああもう、怖かった! メッチャクチャ怖かったわ、何なの今のガラ悪い奴ら! なにあの顔っ、ものすごい怖かったんですけど!?」

「未○や○えか、あんたは!? ってか苦しい! すんごい苦しい! 放せ!!」


 どこぞの芸人ばりに豹変した晃臣は、結衣の叫びも空しく力任せに抱き着いてきて、ぐりぐりと肩に額を押しつけてくる。よくよく観察すれば少し震えている気もする。


「もうっ、もうっ! 何やってるのよ雨宮さん! 買い物終わって出てきたら姿がないしっ。声が聞こえたと思ったら素で叫んでるし! 何かあったのかと慌てて駆けつけたら殴られそうになってるしっ! 一瞬で頭真っ白になったわよ!」

「それを言うなら私も同じだぞ! なんださっきのあの顔と口調! 別人か!? 須田君でも須田さんでもない須田様か!? 須田様なのか!?」

「知らないわよ! それどころじゃなかったわよ! 頭真っ白でどんなこと言ったかしたかもよく覚えてないもの! 緊急事態だったし! 怖かったし怖かったし怖かったし!!」

「分かった分かった分かった! 悪かった、謝る! 謝るから放せーっ!!」


 グイグイと押し返すが、晃臣の力に敵うわけがない。

 それでもこのままでは窒息してしまうと、後頭部をベシベシ叩き始めた時、結衣の後ろからか細い声が主張してきた。


「あ、あの……」


 今にも消えそうな小さな声。結衣も晃臣も、ハッと気づいて顔をあげる。

 そろりと後ろを振り向けば、ナンパ男に絡まれていた少女が窺うようにこちらを見ていた。


 改めて見ると、とても可愛らしいが、その雰囲気とは真逆の格好をした女の子だった。

 結衣よりも小さな体に色白の小顔。パッチリと大きく、でも少し吊り上がった猫目に小さな唇。体躯も相まって愛らしいと思える顔つきなのだが、ファッションはその顔からは少し想像し辛いものだ。


 まず髪はベリーショートだ。おでこも耳も丸見えの短さ。そして赤い目をした髑髏のピアス。服は全体的に黒で、右肩が見えるタイプの蜘蛛の巣が描かれたトップス。下は足に沿うレザータイプのパンツ。胸には銀のクロスがかかり、手首にも細い鎖が三重に巻かれていた。


 声と顔とはあまりに印象の違う格好をした少女。

 呆気にとられて二人で眺めていると、彼女は音がしそうなくらい大きな動作で結衣に頭を下げた。


「あ、あの! 助けていただいてありがとうございました!」

「え? あ、いや……私は別に。お礼ならこっちの須田さんに……!」

「いえ! まず貴女が間に入ってくださらなかったら、私きっとあの男たちに無理やり連れて行かれていましたから。本当に、ありがとうございます!」

「う、うん……」


 これまた格好からは想像できなかった礼儀正しいお礼だ。手を前で合わせてまっすぐ立つ姿も、奇麗に腰を折る所作も、選ぶ言葉もまるで名家のお嬢様のよう。


 ギャップについていけないでいると、少女は二人をジッと見つめて首を傾げた。その姿もリスのようで可愛い。


「ところで、先ほどそちらの方の口調が……」


 そう言った少女は探るような、奇妙なものを見るような目をしている。

 まだ軽く抱き着いたままの晃臣の体が、ギクリと強張ったのが分かった。同時に結衣も少し冷静さが戻ってくる。


 そう、結衣は最初から素で大声をあげていた。それこそ離れていた晃臣に聞こえるぐらいなのだから、その近くにいた人にも聞こえただろう。

 それに、緊張の溶けた彼もまた普段のオネェ口調で喚いていた。その声もかなりのボリュームだったため、他の人間の耳に届いていてもおかしくない。

 ギギッとぎこちない動きで周囲を見渡すと、チラホラと『何事だ?』と思った数人がこちらを気にしていることに気づく。


(マズイ……)


 目の前の少女は見知らぬ存在だから良い。これだけ可愛いなら蘇芳高校でも話題になっていただろうが、前の情報収集でも彼女の存在は出てこなかった。つまり他校の生徒だろう。

 しかし、このショッピングモールに蘇芳高校の生徒が来ていないとは限らない。今も、こちらを見ている数人の中にいるかもしれないのだ。


 結衣は固まったままの晃臣を引きはがすと、その腕を掴み、反対側の手を少女に向かってビシッと立てた。


「何はともあれ無事で良かった! でもああいうの他にもまだいるかもしれないからな。さっさと友達と合流しろよ! じゃあ!」

「え! あ、あの何かお礼を……!」


 まだ少女が引き留めようとしたが、結衣はそれを無視して走り出した。引っ張る格好になる晃臣も周囲に気づいたのか足を動かしてくれる。


「須田さん、とりあえず人気のないとこ行くぞ! とにかく一回落ち着こう!」

「ええ、そうね……。ほんともう、今日は散々だわ……」


 ぐったりとうなだれ顔を抑える晃臣を力任せに引きずり、結衣は人混みとは正反対の方を目指して歩くのだった。




* * * * *




 その日の夜。夕食の片づけと明日の下ごしらえを終えた結衣は、リビングのソファにドカッと座り込み、背もたれにだらしなくもたれかかって大きな息をついた。


 時刻は十二時過ぎ。居酒屋勤めの父はまだ仕事から帰っておらず、瞬は規則正しく生活しろと部屋に放り込んだ。まだ起きてはいるだろうが、そのぐらいは夏休みだからと大目に見ている。


 ようやく静かになった一人きりの時間。だが今日のことを思い返せばどっと疲れが襲ってきた。


「あ~……とりあえず、小夜子さんの関節技を回避しただけでも良しとしないとな」


 先ほど晃臣からラインが届き、ちゃんとツーショット写真を見せたと報告があった。

 大爆笑の上『部屋に引き伸ばして貼ってあげるわ!』と息巻いた小夜子さんがいたようだが、それを止めるのは晃臣に任せよう。


「しっかし、忙しい一日だったな……」


 ただの買い物だと思っていたが、蓋を開けてみれば騒動ばかりの一日だった。

 まず水着を買うまでに一悶着あり、あのナンパ野郎どものおかげでさらに一騒動起こり、ようやく人気のないところまで来て一息つけるかと思えば、今度は一時間ほど晃臣にこんこんと説教をされた。


 曰く、『女の子が危ない真似をするな』『怪我したらどうする』『ああいう時は怒鳴るんじゃなくて悲鳴を上げろ』『蹴り上げるとかスカートの時はしちゃダメ』『手首に痣ができてる!』『髪がグチャグチャだわ!』などなどなど。


 最後の方は説教からかなり外れていたが、〈理想の女の子〉を演じようというなら確かに今日のやり取りは失敗だったと自分でも思う。あそこは『キャーッ、誰かー!』とでも叫ぶべきだったのだろう。


「でもなぁ……」


 ああいった男たちを放っておくのは、結衣の性分としてどうしても我慢できないのだ。別にナンパがダメだとは言わない。ただ、今日のように嫌がる相手に無理やり詰め寄り、自分の思い通りにしようとする奴は許せない。


 だからこそ、転校するはめになったのだが――。


「……元気、かな。あいつ」


 閉じた瞼の裏に一人の少女が浮かぶ。結衣とは正反対の性格で、けれどなぜかいつも一緒にいた小学校からの友人。

 彼女には結局会えないまま引っ越してしまった。連絡もとり辛くて、メールも電話もしていない。忙しくてバタバタしている中、気にはなっていたけど動けずにいた結衣。


 今日思い出したのは、あの少女が友人に少し似ていたからかもしれない。


「…………よし! 手紙書こう!」


 いきなり電話をする勇気はない。メールは返信が来ないと怖くなる。

 だから手紙を書こうと思った。年賀状以外、書いた経験なんてほとんどないけれど、ゆっくりと、伝えたいこと、聞きたいことを考えて言葉にしたい。


 思い立ったが吉日、とばかりに結衣は立ち上がり――レターセットなど持っていないことに気づいてがっくりと再びソファに座った。


「明日買いに行くか」


 とことん自分は女らしさからはかけ離れているな、と思いながら何気なくつけたテレビ。

 お笑い芸人と若いアナウンサーが、最近話題の物や人を取り上げて紹介している番組だった。

 結衣は近くに文具店があったか、総合スーパーに行く方が早いかと算段しながら、映像と音をぼんやり聞き流す。


『―――っは、本当に格好いいパフォーマンスなんですよ。それに歌も上手い!』

『女の子でロックをやっているというのも、ギャップがあって良いですね!』


 アナウンサーの言った言葉がなんとなく気になり、結衣は顔をあげた。話題は最近人気の出てきたインディーズバンドらしい。


『それでは、歌っていただきましょう! PLATINUMで、〈紫苑〉!』


 紹介と共に流れ出す緩やかなキーボードの旋律。ワンフレーズそれが流れたかと思うと、次に激しいドラムとギターが響きだす。

 そういえばロックと紹介されていたな、と特に興味もなくチャンネルを変えようとしたその時――


「…………ああ!?」


 歌い出しに合わせてライトが当たったボーカル。前奏に誘われたかのように上げられたその顔は、今日の昼に見たばかりの小顔。


「あ、あの子だ!? 嘘だろ!? ロック!? ちょ、須田さん!!」


 雰囲気と服装がちぐはぐだったあの少女が、まるでこちらが本当の顔ですと言わんばかりに歌うロックミュージック。

 最後に持ってこられた衝撃に押されるまま、結衣は慌てて晃臣に連絡を入れるのだった。


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