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想像が騒々しいお買いもの②

 多種多様の模様。カラフルな色合い。競技用から遊びにまで幅を広げた形。それらが夏ということでこれでもかと前面に押し出されたスペースを前に、結衣は空いている手で目元を押さえた。


「目が痛い……」

「雨宮さん、それは特設水着コーナーに来た女の子の正しい反応じゃないと思うわ……」


 結衣の空いていない方の手が掴んでいる――いや、むしろ拘束という名の腕組みをされている晃臣が、つまらない校長先生の話を炎天下で十五分ほど聞かされたような顔で項垂れていた。

 拘束は緩めずそっと顔をのぞき見れば、諦めと絶望とが混じったような目でこちらを見下ろしてくる。


「そう言う須田さんもしんどそうじゃん」

「断じてカラフルすぎて目が痛いっていう理由じゃないわよ」

「ふーん。ま、もう逃げるの諦めてくれたみたいだから私はそれで良いけどな」

「逃げる気力すら奪った人に言われると癪だわっ」


 入口へと向かい、人が多くなってくるごとに結衣も晃臣も素の口調では話し辛くなった。それでもまだ彼は全力で逃げようと腕を抜こうとしていたし、結衣は逃がすまいとひたすら晃臣の腕を抱きしめてここまで引っ張ってきたのだ。

 傍から見たらとても滑稽な姿だっただろうが、本人たちは必死である。


 そして夏だからだろう。一階の目立つスペースを使って作られた特設水着コーナーまでやって来て、ようやく晃臣の反抗は終わりを告げた。


「よし、じゃあアドバイスよろしくな! えっと、どっから見たら……」

「こっち……」

「え? ちょ、須田さんそっちは……」


 さっきまでズルズルと引きずられていたのが嘘のように、晃臣は結衣が足を向けたのとは別の方向へと歩いていく。まだ腕を掴んだままだったせいで、結衣も必然的にそちらへと連れて行かれた。


「まずはこれ」

「これって、パーカー?」

「UVカット仕様のパーカーよ。Tシャツや他にも可愛いのが最近はあるみたいだけど、何よりもUVカットよ! あとちゃんと隠してくれるし撥水加工だしね!」


 さすがは乙女。まずは紫外線対策を打ち出してきた。確かに周りには上からガボッと着るTシャツや、へその上で裾を結ぶタイプの可愛らしいものも多いのだが、彼は上着には可愛さより実用性を重視するようだ。


「……水着選びに来ていきなりパーカー選ぶってどうなんだ?」


 結衣もたくさんの水着を前に少し浮かれていたようで、パーカーを目に少しガッカリしている。色違いがいくつかあるので、とりあえずそれを鏡に合わせてみた。


「な、何言ってるの、お肌の大敵である紫外線対策は必須でしょ。わたしの心の平穏のためにも絶対必要だわ!」

「はあ……」

「水着試着する時もちゃんとパーカー着て出てきてねっ」

「え? それじゃあ水着が似合ってるか分からな……」

「パーカーとのコーディネートが合ってるかも重要でしょ! あとわたしの心の平穏を保つのと罪悪感に駆られるのを止められるわっ! 良いわね!?」

「お、おう……」


 周りの客を気にして小声とはいえ、かなり鬼気迫ったオネェ口調で詰め寄られ結衣は何度も頷く。ここまで嫌がっていたのを無理やり連れてきたのだから、それぐらいは彼の主張に合わせてあげないと可哀そうだと思ってしまった。


「色、どうしようか……」

「雨宮さんの好きな色選べばいいと思うけど、そうね。外れがないのは白じゃないかしら? 黒だと夏なのに重く見えるし、他の色は水着によっては合わないのもあるしね」

「私も白が好きなんだけどさ……上着が白なら水着も白ってやめた方が良いか?」


 白いパーカーを手に取りながら晃臣に尋ねれば、彼はしばし中空を見上げた。そして少し頬を染め勢いよく首を振ったかと思うと慌てたように口を開く。


「し、白一色っていうのはものすごく着る人を選ぶと思うわっ。雨宮さんなら似合う気もするけど……いやいや、それよりは白ベースで柄入りの方が女の子らしいと思う!」

「そ、そうか? まあ、確かに見てると花柄とかボーダーとか多いもんな」

「そうそう!」


 ものすごい勢いで首を縦に振る晃臣に気圧されつつ、結衣は周りの水着を見回した。

 本当にクラクラするぐらい色々な水着が置いてあり、この中から選ぼうという気力すら奪ってくれる。だいたい、全て見て回ろうと思うとどれほどの時間がかかるか分からない。


「なあ、須田さんはどういうのが似合うと思う?」

「……やっぱりそれわたしに聞くのね」

「だってさぁ、さすがにこれ全部見て回ろうと思うとげんなりするぞ」


 どう考えても結衣より晃臣の方が女子力は高いのだ。こういうのが似合う、といつもの服もようにいくつか候補を出してくれればとても助かるのだが、晃臣は片手で顔を押さえたままブツブツと何か言っている。


「そりゃ似合うのを言えと言われれば言えるけど、そこにはやっぱり俺の趣味も入るわけで……。さすがに家族でも恋人でもないのに水着に口を出すのはどうかと思うわけで……」

「お~い、須田さん?」


 何やら際限なく沈んでいきそうだったので肩を突いてみる。少し緩慢な動きで顔を上げた晃臣は、飾ってあるマネキンへと視線を向けた。


「雨宮さんは最近の流行からズレてない方が良いのよね」

「まあな。一応〈理想の女の子〉演じてる身としてはそこは外せないかと」

「でも似合ってる方が良い、と」

「似合ってないもの着てたらセンス疑われるだろ?」

「そうね……でもある程度のイメージがないとわたしだって分からないわよ。だからアレ」


 そういって指し示されたのは晃臣が見ていたマネキンたち。


「基本的に飾られてるのは流行から外れてないと思うわ。でもその中で雨宮さんが着たい着たくないって好みもあるでしょ。あれで大体の形を決めてちょうだい……」

「ああ、なるほど!」


 言われてみればマネキンは商品の看板のようなものだ。商品を売る者たちが買ってもらえるようにと店の一押しや、目に留まるようなコーディネートを飾る。

 結衣も、〈理想の女の子〉を作るために服を買いに来た時は、とりあえずマネキンが来ている物を真似して購入していた。


 水着コーナーの中央に飾られているマネキン数体。それらは全てタイプの違う水着を着ていた。その周りをゆっくり歩きながらじっくりと見ていく。

 そして一周したところで結衣は頷いた。


「よし! 須田さ……ととっ。須田君!」


 いつの間にか周りはたくさんの客で溢れていた。もちろんそのほとんどが結衣と同年代の少女たち。こんなところで普段通りに話していたら怪しまれると思い、咄嗟に〈理想の女の子〉の仮面を被って晃臣を呼んだ。

 彼以外に今のところ男性は見当たらない。さすがに居心地が悪そうな晃臣が、いくつもの視線に刺されながら近づいてきた。


「決まったの?」

「うん。この形のやつが良い」


 そう言って結衣が示したのはセパレートタイプの水着だ。ホルタ―ネックの上に、下はスカート状の水着もついたスリーピース。


「どうかな?」

「良いんじゃないかな。可愛いし、雨宮さんに似合うと思うよ」

「本音は?」

「ワンピースだと少し雨宮さんの雰囲気じゃないし、この形なら似合うと思うわ。それにそれほど廃れたりしない形だから良いんじゃないかしら。ビキニ選ばれなくてほんと良かった……」

「なんか言ったか?」

「いいえ、何も!」


 対外用に〈須田君〉で応えた晃臣にこっそりと聞けば、彼もこっそりとちゃんとした評価をしてくれる。何か最後に呟かれた気もしたが、笑顔で激しく首を振られたため今回は見逃すことにした。


「よし! んじゃあ形は決まったからどれにするか選ぶか!」

「そうね。じゃあわたしはその間外で時間潰して……」

「ちょい待て」

「ぐっ!」


 ごく自然な会話の流れで立ち去ろうとした晃臣。その服を他の客には分からないように鷲掴み、うめき声と一緒に傾いた彼の腕を結衣はがっしりと捕獲した。


「こっからが重要なんだろ。須田さんがいなくなると困る!」

「お願いよ雨宮さん! もう見逃して!」

「馬鹿言うな! 小夜子さんとの約束も果たさないと、私まで関節技かけられるだろ!」

「そっち!? 雨宮さんが心配してたのそっちなの!?」


 さすがに衆人観衆の中だからか、晃臣の抵抗は先ほどよりも弱まっている。それをいいことに結衣はぐいぐいと選んだタイプの水着があるところに引きずって行った。

 あとは選ぶだけ。一着の水着を選ぶだけなのだ。


「雨宮さんっ、ホントに! ホントに勘弁してもらえない!?」

「そりゃこんなけ女の子が周りにいたらいたたまれないかもしれないけど、三十分……いや、十五分で選ぶから我慢してくれ! 須田さんなしで下手なデザイン選んで恥かくのと小夜子さんのお仕置きだけは避けたいんだ!」

「そりゃわたしだって姉さんのお仕置きは怖いけど! でもそれ以上になんか大切なものを失くしそうな気がしてるのよ!!」

「大丈夫だ! 生きてりゃなんとかなる!!」

「男前すぎるわ!!」


 周囲に怪しまれないよう密着しつつ小声で喚きあう二人。

 その後、水着を買い終わるには試着の時間も含め二十五分間かかった。

 晃臣の要請どおり試着はパーカー込みだが、しっかり彼のスマホによって写メは取ることになり、ツーショットは何とか避けようとしていた彼を尻目に、店員の鏡であるお姉さんが『お撮りしましょうか?』と営業スマイルを全開にしたことで逃げ道はなくなったのだった。




* * * * *




 それからさらに三十分後。お昼時になり二人はレストラン街の一つに入った。

 目立たない席について注文を済ませると、二人してぐったりとテーブルに身を伏せる。


「もうダメ……もうダメよ。なんかいろいろもうダメよ……」

「一万三千円……水着だけで一万三千円って……パーカー入れたら二万近いとか、何だこれ。こんなに金かかるものなのか……」


 晃臣が疲れ切っているのは申し訳ないと結衣も思う。しかしその結衣も思わぬ出費にげっそりとしていた。

 傍らに置いた袋には先ほど購入した水着が入っている。最終的に晃臣のアドバイスで明るく濃い目の柄の方が可愛いということで、白地にオレンジイエローの花があしらわれている水着を選んだ結衣。

 胸元にはリボンもあり、試着もしてみて自身も気に入ったものだ。


 決まれば晃臣が疲弊していたのもあり速攻レジへと向かったのだが、ここで聞いた合計額がかなりのものだった。

 もちろんお年玉やお小遣いをちゃんと貯めているから問題はないのだが、まさかこれ程の出費を一回の買い物でするとは思わず結衣は呆然としてしまった。


(オシャレって金がいるんだな……)


 周りを見回すと可愛いから格好いいまで様々な女の子がいる。頭の上から足の先までそれぞれの個性を出しつつちゃんとまとめているコーディネート。あんな風に毎日キッチリしようと思えば、きっと結衣が思っている以上にお札が羽ばたいていくのだろう。


「お待たせしました! ふんわりオムライスとカツカレーです!」


 どんよりしていると明るいウェイトレスが注文の品を持ってきてくれた。テーブルにきっちり置かれるのを待って、結衣は晃臣をゆする。


「須田さん、須田さん! 食事来たぞ! 早く食べないと冷めるぞ!」

「うう……」


 のろのろと顔を上げる晃臣。その彼の目の前に、結衣は自分の方に置かれていたふんわりオムライスを差し出した。代わりに彼の前に置かれていたカツカレーを引き寄せる。


 まだ疲れた顔をしていた晃臣だが、オムライスを一口頬張ると少し緩んだ。結衣もカツカレーを口に放り込む。暑い日はなぜか辛い物が食べたくなる。もちろん、涼しい部屋限定だが。


「あ~、やっと一息ついたわ……」

「巻き込んで悪かったよ。今度は一人でも買いに行けるように頑張る……」

「いえ、普通の服なら呼んでくれても良いんだけどね……。それにこの後はわたしの買い物につき合ってくれるんでしょ」

「おう、生地買いに行くんだよな!」


 水着を買い終わった後、あまりにも晃臣が沈んでいたため今度は結衣が付き合うと言ったのだ。彼のご所望は生地などが売っている手芸屋。どうやら新作を作るための材料が欲しいらしい。


 そうこうしている内に今度はデザートが運ばれてきた。結衣の前には紅茶と苺タルト。晃臣の前にコーヒーとクレームブリュレが置かれる。


「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

「はい。ありがとうございます」


 店員がにこやかに伝票を置いて行ったあと、二人は顔を見合わせる。


「分かっちゃいたけど、イメージはこうだよな」

「さっきのオムライスとかもそうよね」


 お互い苦笑しながら飲み物とデザートを交換する。

 注文は結衣が伝えたからだろう。店員は何となくのイメージで料理やデザートを置いて行ったのだ。


「まあ、可愛らしい顔した女の子ががっつりカツカレーとか思わないわよね」

「イケメン王子が苺タルトもイメージないだろうしな」


 しみじみ呟きながらデザートを口にすれば、どちらからともなくプッと噴出した。


「そ、そりゃそうだよ。このイケメンが満面の笑みで苺タルトに食いついてるとかっ」

「あ、雨宮さんだって見た目美少女のくせに、さっき『肉食いてぇ』とかっ」


 店内のため大声で笑えないが、我慢できずに肩を震わしていく。

 バレないように顔を突き合わし隠して笑う。最近では周りのこういった勘違いが何だか面白くなってきたのだ。


 前は勝手につけられたイメージが煩わしかったり、本性を知れば勝手に期待していたのに裏切られたような顔をする周囲の反応が嫌だった。

 しかし、晃臣のように同じ感覚を共有できる存在ができたからだろうか。こういった勘違いを共有して楽しめるようになった。


(たぶん、良いことなんだろうな……)


 あの事件のせいで少し自分を嫌いになりかけていた結衣。晃臣との出会いは衝撃的で、今も毎日気が抜けない日々だが、こうやって笑っていられるのはきっと良いことなんだろうと思う。


「さて、お腹いっぱいになったことだし手芸屋さん行きましょ」

「おう」


 会計を終えて二人はショッピングモールの案内表を見る。手芸屋はこことは反対方向のようだ。


「あ、その前に。わたしあのドラッグストアにちょっと寄るから、雨宮さんそこの日陰で休んでて」

「一緒に行くぞ?」

「いいのいいの。姉さんに頼まれたもの買うだけだから」


 そう言いおく晃臣に頷いて、結衣は日陰に会ったベンチに座る。近くの柱から熱中症予防のミストが出ていてひんやりとした空気が心地良かった。


「えっと、手芸屋行って、そのあと日傘か……」


 この間の弓道大会で出会ったお嬢様。一乗寺という名前だっただろうか。彼女の忠告どおり日焼け止めはちゃんと出かける時に塗っているが、まだ日傘を買っていなかったのだ。


「日傘もデザインいろいろだし、須田さんに見てもらった方が良いだろ」


 下手に自分で買うより一緒に見てもらえる方が安心できる。食事中に頼んでみたら、水着の時とはうって変わってすぐに承諾してくれた。


 案内表を見て該当する店を探していると、ふと悲鳴らしきものが聞こえた気がした。反射的に顔を上げる。

 だが周りにいるのは子供づれの家族やカップル。女子のグループ。ママ友だろう人たちの集団。

 皆楽しそうに笑っていたり、泣いている子供をなだめていたりしていてとても和やかな雰囲気だ。悲鳴など聞こえる要素はない。


 気のせいか、とドラッグストアからまだ晃臣が出てきていないのを確認すると、結衣はもう一度案内表に目を落とした。


「やめてください!」


 その時、聞こえた悲鳴。今度こそ間違いではない。

 結衣は声の方に顔を向け、視界に入った三人に目を細めた。

 二人は男だ。見た目は派手で真夏の日差しにジャラジャラと身に着けているアクセサリーが反射している。

 そしてその内の一人に腕を掴まれているのは少女だ。

 顔は見えないが、ふと見えた腕の細さと声からそう判断できた。


「……どいつもこいつも」


 結衣は呟くと、二人の男を睨みつけ立ち上がった。


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