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ハーレム系情報通②

「う~ん、やっぱ食べさせてあげるのは女の子からじゃないとな~」


 撮った写真を確認しているのだろう、カメラの画面を見ながら納得のいかない顔をしている青年。


「さっきのさ、須田君が雨宮さん小突いているのは良い感じだったんだよね。あ、見る?」


 ニコッと悪びれなく言って近づいてくる彼に、結衣は特に見覚えがなかった。

 それほど背が高いわけでもない。顔は愛嬌のある笑顔だが平凡と言っていい。特徴といえば校則に引っかかるのではないかという茶髪ぐらいだろう。

 青年はテーブルの傍に立つと、結衣を指差して笑った。


「雨宮さん、だし巻食べないの?」

「ん? ぐっ! ごほごほっ!」

「あ、雨宮さん! ほら、お茶!!」

「あははははっ、雨宮さんでもんなマヌケな感じになんだな!」


 突然の出来事に、だし巻を咥えたままだった結衣は慌てて飲み込んだ。だが慌てすぎたのか器官に入りむせてしまう。〈理想の女の子〉としては失態だ。

 晃臣から貰ったお茶を飲んで青年の方を見る。目が恨みがましくなるのは許してもらいたい。


「だ、大丈夫、雨宮さん?」

「うん……で、えっと……」


 背をさすってくれている晃臣に礼を言い、まだニコニコ笑っている青年に体を向けた。

 結衣たちと同じ蘇芳高校の制服を着た青年。誰かと目線で問えば、彼は左腕につけている腕章を自慢げに見せてくれた。


「どうも! 蘇芳高校、新聞部の一年生。小島こじままことでーっす!」


 スチャッと手を構えて挨拶する姿は、軽薄そうというかお調子者という印象を受ける。だが、懐こい笑顔がどうにも憎めない雰囲気を醸し出していた。

 結衣はまだ少し呆然としていたが、晃臣は彼の正体に気がついたらしい。


「ああ、君が噂の新聞部の一年か。なんか、すごく顔が広いって聞いたよ」

「まあね。俺だけの力ってわけじゃないけどさ」


 小島はそう言うと空いている椅子に腰かけた。それがとてもなめらかで自然な動作だったため、止める暇もない。


「でまあ、新聞部一年としては先輩に負けないようなビッグなネタが欲しいわけで」

「「はあ……」」


 座るのを止められなければ、話し出すのも止める隙がない。

 笑顔のまま彼は頬杖をついてこちらを覗き込むように見てきた。


「これはもう、〈学校の王子様〉とか言われてる人気の一年生・須田晃臣と、美少女転校生として名高い雨宮結衣のカップルについて取材しないとって思ったわけよ」

「「はあ……はあ!?」」


 つらつら喋りつづける言葉の中にとんでもない内容を聞いて、結衣はつい素で叫んでしまった。同時に晃臣もかなり大声で叫んだためかき消されたようだが、はがれ始めた猫を何とか被りなおして居住まいを正す。


「だってさ、蘇芳高校って普通の高校なんだよ。まあ、部活動ではそれなりに名前残す人もいるけど、テレビとかに映るほどじゃないわけ。そんなとこにさ、なんか『少女漫画の世界再現か!?』みたいな二人が現れたわけよ。しかもオレが入学した年にだぜ? こりゃもう天啓だと思ったね」

「い、いやいやいや、ちょっと待って! 俺と雨宮さん付き合ってないから! ね!?」

「そ、そうだよ! 確かによく一緒にいるかもだけど、それは須田君が学級委員長で面倒みるよう先生にも言われてるからで!」


 小島を挟んで両側から身を乗り出す勢いで言い訳を始める結衣と晃臣。しかし彼は少し目を剥いただけで首を傾げている。


「登下校だいたい一緒じゃん」

「それは家が隣だから、たまたま!」

「雨宮さんよく差し入れとかしてるよね」

「それはお世話になってるお礼!」

「二人でよく引っ付いてこそこそ話とかして……」

「「してない!」」

「う~ん……でもなぁ」


 必死の形相で言い募るが、小島は納得いかないようにカメラを弄りだした。


「さっきの見ててもさ、もう完全にラブラブカップルだと思うんですけど?」


 そう言ってズイッと差し出されたのはカメラの画面部分。そこには今日彼が撮ったであろう写真の数々が自動スライドで流れていく。


「ちゃんと試合の写真もあるんだ……」

「そりゃ撮ってるよ。オレの今日の仕事それだもん。弓道部に入った期待のルーキーのね」


 平凡な顔だというのにパチッとウィンクする姿がなんだか似合っている。そして、彼が撮っている写真もお調子者な雰囲気に似合わずとても上手い。

 晃臣が射る一瞬。部員たちが談笑している瞬間。的に当たったのか応援席が沸き立つ瞬間。鋭い眼光の審判と、それを受けながらも平常心で構える晃臣、などなど。

 一瞬一瞬の切り取り方も上手いが、撮る際の構図も平坦ではなく面白い。


「すごい……。プロみたい」

「へっへへ~。なかなかでしょ? ちっさい頃からカメラ好きでさ。なんかもうこれないと落ち着かないぐらいだし。この須田君の写真とか売れると思うんだよね~」

「それやったら生徒会に訴えるからね……」

「あはは、冗談冗談。で、ほら。こっからだよ。これで付き合ってないとか言われても説得力ないんだよね」


 それは結衣が会場に着いた辺りからの写真だった。

 晃臣の射る姿を真剣に見ている結衣。結衣に気づいて笑顔で手を振る晃臣。二人でフリースペースまで歩いている姿。ちなみにこの時点で弁当の袋は晃臣が持ってくれている。

 さらには笑顔でお茶を差し出す結衣や、結衣の額を小突く晃臣。その他、とにかく二人が楽しそうに過ごしている姿が何枚も写っているのだ。


「須田君も雨宮さんもさ、いつも愛想良いし誰とでも気軽に話してるんだけど、二人でいる時が一番楽しそうだよな。自然体ってーの?」

「……そ、そうかな?」

「そうそう。他の誰よりも気安い関係っていうか……。だからてっきりお互い一目惚れでもしてそのあと付き合ってんだろうな、って思ってたわけ。二人のクラスに聞いてもさ『もう付き合ってるかは知らないけど、そのうち付き合うと思う』ってほとんどの人が言ってたし」

「ええ!?」

「んで? 本当に付き合ってないわけ?」


 結衣はぶんぶんと首を横に振った。

 小島だけではなく、クラスメイトにまで誤解されているという衝撃に言葉が出ない。


 確かに彼の言う〈気安い関係〉というのは間違いではない。結衣と晃臣は互いに素を知っているから肩に力も入らないし、家族以外で楽に話せる貴重な人物だ。自然体に見えるというのも納得できる。そこはまあ良いだろう。

 だが、まさか付き合っているように見えるとは思ってもいなかった。


(なんでだ? そりゃ話す回数も多いし素で話すっていう違いはあるけど、別に他の人とそこまで大きく空気が違うわけでも……)


 内心ぐるぐるしながら今までの晃臣とのやり取りを思い返していく。

 乙女でオネェ口調な晃臣との会話は、主に結衣が女の子の好む物について聞いたり、彼が結衣のイメージから作りたい作品を話したり、というのがほとんどだ。素で話している以外はクラスの女子とする会話でもあるし、それほど差があるわけでは――


「あ……」

「ん? 何?」

「い、いいいえ! なんでもない!」


 頭をよぎる過去の映像に結衣は見つけてしまった。誤解される要因を。


(そうだよ……。忘れそうになるけど、須田さん見た目男じゃん……)


 とても大きな差だった。


 会話の内容も、話す時の距離もクラスの女子と差はない。だが、いかに晃臣が結衣の前ではオネェ口調だろうと、いかに話の内容が乙女趣味なものだろうと、彼は見た目男なのだ。そんな晃臣と、女子と変わりない距離で話していれば密着しているカップルに見えるかもしれない。いや、きっとそう認識されている。

 気づいた事実に愕然とした。ドッと疲れが出てきたように思う。


「ん~、ほんとにほんとに付き合ってない?」


 まだ真意を探ろうとこちらを見ている小島に、さてどうやって誤解を解こうかと頭を抱えていると、先に口を開いたのは晃臣だった。


「小島君、俺と雨宮さんの家が隣同士っていうのは知ってるんだよね?」

「え? うん。それは知ってる」

「じゃあ、家族ぐるみの付き合いがあることは?」

「へ?」


 さらっといつもの〈優等生須田君〉が落とした内容に、小島は軽く目を見開き、結衣もちらりと晃臣を見た。彼は少し頬をひきつらせていたが、特に焦った様子もなく笑っている。


「雨宮さんって他県から来たから、こっちの事情に不慣れなんだよね。だからちょうどクラスも一緒っていう縁で、いろいろうちの家族が教えたりしてるんだよ。ね、雨宮さん」


 ニコリと促されて結衣は目を丸くした。さすが素を隠して十何年。この男、誤魔化すことに慣れている。いや、焦りを隠すことに慣れているのか。


「え、ええと。あ……うん! そうそう! こっちの地域のこととか、ご近所のこととか本当に分からなくて、須田君の家には本当によくしてもらってるの。あ、弟が入った草野球のチーム教えてくれたのも須田君のお母さんだったりね!」


 すらすら言ってのける晃臣に結衣も合わせることにした。正直、結衣が須田母にあったのは最近だが、父親が彼女に瞬の草野球チームのことについて教えてもらったのは嘘ではない。

 それに須田母も晃臣と一緒に裁縫して作品を作ってもらったりしているのだから、結衣がお世話になっているというのも決して間違いではないはずだ。


「そういうこと。だから他の人より仲良く見えるんじゃないかな。今日もこのお弁当、母さんが用事あるって言ったら、いつものお礼に、って雨宮さんが言ってくれたからなんだ」

「へ~……」


 何やらメモを取っている小島に、結衣も今度は縦に首を振る。

 ちなみに真実は『わたしお料理苦手なのよね~』と言っていた須田母に、『じゃあ試合の時はいつものお礼に私が作ります』と言ったものだ。


(うん、概ねあってる……よな?)


 内心冷や汗を流している状態をバレないように抑え込み、結衣は晃臣に合わせてにっこりと笑った。

 しばらく二人を見ていた小島は、何を思ったのか分からないが一つ頷いて立ち上がる。


「ま、とりあえずはそういうことにしとこっかな。記事を書く身としては、情報は真実じゃないといけないしね~。追加取材の結果次第ってとこかな」


 納得はしていないらしい。だが、現段階では保留とすることに決めたようだった。


「その代わりと言っちゃあなんだけど、新学期に二人に取材しても良い? ああ、勘違いしないでよ。恋人云々じゃなくて、弓道部のルーキーと美少女転校生に質問、みたいな感じで小さいコーナーを作りたいんだよね」


 二人は顔を見合わせた。それぐらいならば問題はない。


「俺はかまわないよ。あ、部長の許可とってからになるけど」

「私も、それぐらいなら……」

「マジで? やっりぃ! 弓道部にはオレから許可取っとくよ。いやあ学校の王子様と美少女転校生はみんな興味あると思うんだよね。特に雨宮さんなんて転校してきた時期も不思議だしさ」


 何気なく言われた言葉に、ギクリと身が強張った。隣にいた晃臣ぐらいしかわからなかっただろうが、少し血の気が引いた気もする。


「その取材さ、プライバシーには当然配慮してくれるよね?」

「え、須田君そういうの気にするタイプなんだ? ん~、そういわれると余計気になるけど、応えたくないことを無理に聞くつもりはないよ」

「そう、なら良いんだ」


 ポンッと小島に見えない位置で結衣の背中が軽く叩かれた。チラリと見れば、晃臣が大丈夫、と言うように微笑んでいる。そのおかげか、体の力はゆっくりと抜けた。


「さてと、あと個人戦あるんだよね? 須田君は優勝の筆頭候補だからバシバシ写真撮らせてもら……」

「あ~っ、マコちゃんじゃん! 今日も取材~?」

「あ、ホントだ。マコちゃん久しぶり~!」


 小島がカメラを肩にかけたところで、突然甲高い声が聞こえた。かと思うと、三人の女子がパタパタと小島に近づいてくる。三人とも蘇芳高校の制服ではない。


「あ~、美紀ちゃん、沙織ちゃん、綾奈先輩こんにちは~! 今日は弓道部の応援? 生徒会も大変だね~」

「まあね~。でも学校の部活動を応援するのも私たちの役目だし」

「サッカー部の安神キャプテンが、『今年はあの中防、取材に来ないのか』って言ってたよ!」

「安神さんキャプテンになったんだ~。もちろん今年も行くよ。うちの高校と試合当たってるはずだしね。当日に直撃取材行かせてもらうからよろしく言っといて!!」

「了解! っていうかマコちゃん高校生になったんだ!」

「あんなに小っちゃかったのにね。っていうか今もそんなにおっきくないか!」

「ひっでぇ! あ、んじゃ須田君、午後も写真撮るからよろしく!」

「う、うん……よろしく?」


 女子たちが現れたかと思うと、慣れた様子で楽しげに会話を繰り広げながら去っていく小島誠。その遠ざかっていく間にも、知らない制服の女子たちが彼を中心に集まっていく。


「マコちゃん、うちのテニス部も取材予約しとくね!」


 などと言って小島に手を振っている眼鏡美人だとか。


「マコト、うちにも夏休み中に必ず来いよ!」


 と声をかけるちょっと不良系のお姉さまだったりだとか。


「誠君、文化祭はチケット取っておくから来てね!」


 とか言っている某有名お嬢様学校の女生徒さんだったりだとか。


 その全ての女子の名前を呼び、手を振って必ず一言返す小島。

 その異様な光景を、結衣と晃臣は呆然と見送っていた。


「顔が広い、って……他校の女子に知り合いが多いってことか?」

「あれこそ王子様って言っても良いんじゃないかしら……」

「王子様ってハーレム作るっけ……?」

「理想、ではないわね……」


 この数十分の間に起きた嵐のような出来事に、二人はそろって肩を落とすのだった。


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