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ハーレム系情報通①

作者は弓道について無知のため、実際の内容とは異なる描写があると思います。

フィクションとしてお楽しみいただけると幸いです。

 夏休みに入ってすぐの七月下旬。結衣は朝早くから台所に立っていた。


「おはよう~結衣。なんだかいつもよりたくさん作ってるね」

「あ、おはよお父さん。朝食はそっちに置いてあるやつな」


 眠そうにあくびをしながら起きてきた父。寝起きのため髪はぼさぼさ、眼鏡もずれている。しかし美少女・美少年と言われる結衣と瞬の父親だから顔はかなり整っている。

ただ、どちらかというと童顔に部類される顔だちなので本人はあまり自分の顔を気に入ってはいないようだった。


「姉貴~、めしー……」

「まず挨拶!」

「いって! 殴んなよ!」

「目ぇ覚めただろ! さっさと顔洗ってこい!」


 のっそりと起きてきた瞬に拳骨を一つ落とし、洗面所へ押しやる。その間も結衣は台所をパタパタと動き回りながらいくつかの料理を仕上げていく。


「ったく、まだ頭いてぇよ」

「瞬もちゃんと『おはよう』って言えばいいんだよ。ほら、パン焼けたよ」


 戻ってきた瞬もテーブルにつくと、父が焼いていたパンを皿においていた。付け合せはサラダと目玉焼きとソーセージだ。それに合わせ結衣は父親にコーヒーを、瞬には牛乳を出してやる。


「姉貴、今日なんでそんなに作ってんだ? 親父も弁当いるのか?」

「ううん、父さんは居酒屋で賄い出るからいつも通りいらないよ」

「じゃあなんで弁当箱が二つあるんだよ。姉貴も夏休みだからいらないだろ」

「そういえばそうだね。それに、そのお弁当箱大きいね」


 結衣がテーブルに出した二つの弁当箱。一つは草野球の練習に行く瞬のお昼だ。しかしその横にもう一つ。瞬の物に比べてかなり大きな弁当箱を用意していた。

 父は最近、正社員になった賄い付の居酒屋に働きに行くので必要ない。結衣も夏休みのため弁当箱はいらない。

 そんな疑問が沸いたのだろう。二人そろっておかずを詰め始めた結衣を見てきた。


「ああ、これは須田さんの分だ」


 ゴホッとなぜか瞬が牛乳を吹きだした。


「何やってんだお前。ほらちゃんと拭け」

「な、ななななんっ……」

「お隣の晃臣君用か。何かあるの?」


 瞬が晃臣に出会った直後、家の中で騒ぎ立てたことから父もまた彼の素の性格を知っていた。それでも『人はいろいろだからね。偏見持っちゃダメだよ』と弟に優しく言い聞かせる彼は尊敬に値すると思う。


「須田さん、今日は弓道部の地区大会なんだよ。差し入れするって約束してたからさ」


 前にした約束通り、夏休み中も結衣は部活に行く晃臣へ何日かに一回差し入れをしていた。普段はお菓子などおやつ時に食べるものだが、今日は大会ということもあり弁当を所望されたのだ。

 この大会で上位に入れば秋には県大会。冬には全国大会があるそうだ。


「なんで姉貴がオカマの弁当作るんだよ!」

「だから、約束だって言ってんだろ。このエプロンとか、服とかも作ってもらってるし。交換条件だよ」

「アイツの作ったのなんか着るな!」

「馬鹿お前、須田さんプロ級だぞ。縫い目綺麗だし速いしセンス良いし……」


 言いながら結衣は自分の姿を見下ろした。今日はスキニージーンズに白のトップスだ。このトップスが晃臣の作品である。

 一見何の変哲もない組み合わせだが、この作品が可愛い。肩から二の腕にかけては切り返しでシフォンになっており、襟にはさりげなくレースがあしらわれている。さらに腰から下はふんわりと広がるように作られており、穿いているのがジーンズだろうがとても女の子らしく見えるのだ。


 ちなみにエプロンは家で使うものだから、と晃臣の趣味を詰め込んだヒラヒラフリフリのピンクな物だったりする。もちろん、これはこれでとても良い出来なのだけれど。


「なんか改めて女子力高いと思うわ、須田さん」

「男なのにそれが可笑しいんだろっ、さらっと受け入れんな! 親父もなんか言えよ!」

「う~ん……」


 瞬はどうにも晃臣が嫌いなようだ。事あるごとに突っかかっていくし、顔を合わせれば強く睨んでいる。まあ、それでも彼の素を周りに言いふらしたりしていないのは偉いと姉として思う。

 そんな瞬とは違い父は特に何も言わない。晃臣ともごく普通に会話している。


(そういえば、お父さんが須田さんのことどう思ってるか聞いたことなかったな)


 気になって結衣も父親を見ると、彼は上から下まで結衣を眺めた。


「結衣にとても似合っているし、結衣も彼を助けてるんだから特に何か言うことはないんだけど……一つだけ」

「何?」

「サイズは誰が測ってるの?」

「っ!?」


 父親の質問に瞬がクワっと目を剥いた。冗談でも『須田さん』と答えると殴り込みに行きそうな勢いだ。結衣は正直に答えた。


「須田さんのお母さんだよ。須田さんと一緒で裁縫が趣味らしくて、二人で一緒にデザインとか考えてくれてるって」


 そう、須田姉の小夜子に続き、結衣は須田母とも対面を果たしていた。

 あんな息子を持って苦労してるんじゃないかと少し心配していたが、会って見ればまさしく親子、と分かるぐらいに晃臣と趣味やノリが似ていた。さらに性格もかなりおっとりしているのか『小夜子は興味なかったんだけど、晃臣がお裁縫好きなってくれて嬉しいわ~』と、平然と言ってのけている。


 その須田母が結衣のサイズを測ってくれたのだ。さすがにそこは晃臣も激しく首を横に振って拒否していたし、小夜子は興味がないためキッチリしたものが出せいないそうだ。


「そっか。なら良いよ。今度お父さんも何かお礼しないといけないかな?」

「『晃臣の性格知って仲良くしてくれるだけで十分よ~』とは言ってたけど、それも申し訳ないし今度何か作ってお裾分けするつもり。料理は苦手なんだって」

「だったら居酒屋の美味しいレシピ教えてもらってくるよ。父さんも興味あるから一緒に作ってくれる?」

「うん、良いよ」


 公務員だった父はあの騒ぎのせいで安定していた職を失った。それでも家のために働かなくてはいけないため、とりあえずパートで居酒屋に勤務しだした。チェーン店ではなく、個人経営の穴場的な居酒屋だ。


 最初は事務仕事だった父が居酒屋とか大丈夫だろうか、と思っていたが、結衣が大きくなるまでは家事もこなしていたため、最近では厨房にも入れてもらえるようになったとか。

 『居酒屋料理も覚えると面白いよ』と言うのが本心か、結衣を気に病ませないための見せかけかは分からないが、楽しそうに職場に行く姿を見て安堵せずにはいられない。


「だからっ、オカマに関わんなって言ってんのにーっ!」


 ニコニコ笑う父と娘の横で、息子だけが悲壮な顔で頭を抱えて突っ伏していた。



* * * * *




 ジリジリと、暑さが上からも下のアスファルトからも襲ってくる。午前中でこの調子だと午後からは外に出たくないな、と思いながら結衣は市民体育館へ到着した。

 まだ騒いでいた瞬を、弁当とスポーツドリンクを押し付けて草野球へ送り出し、晃臣用の弁当も詰め終えた結衣は父に見送られてやって来たのだ。


 会場の入り口には『全国高等学校弓道大会 ○○地区予選』の文字が躍っていた。

 扉を開けてそっと中へと入る。それほど大きな会場ではないが、観客が入るのは二階席だ。前に感じた空気のようにシンとしているのかと思ったが、意外にも応援する声も聞こえる。


 結衣は辺りを見回し、観客席に蘇芳高校の弓道部の面々を見つけた。大会に出場はしないが部員は応援に来ているのだ。

 そちらに近づくと、見知った部員が気づいてくれる。


「雨宮さん、来たのか。須田の応援?」

「はい。あと約束の差し入れを……」


 そっと弁当の入った鞄を持ち上げると、途端に部員の表情は険しくなった。


「チッ、あの野郎。弁当なんか頼んでやがったのか……」

「このくそ暑い中見せつけてくれんじゃねぇのっ」

「さっきから他の学校の女の子にもキャーキャー言われてよ。けっ!」

(あ、なんか火に油注いだか……?)


 晃臣は間違いなく可愛がられていると思うが、女っ気が少ない弓道部員は結衣が関わると彼に妬みや嫉みを持つようだ。ついでに言うと三名だけいる女子部員は彼氏持ちで、そのうち二人の彼氏は同じ弓道部員のため彼らも肩身は狭いらしい。


「あ、ほら雨宮さん。須田が射るよ」


 その肩身が狭いうちの一人が会場を指差した。そこには前に見せてもらった時と同じく真っ直ぐな姿勢で弓を引く晃臣の姿。

 容姿が良いのもあるだろうが、そのピリッとした空気が武道を嗜んでいる者の独特の格好よさを含んでいて、つい目が引きつけられてしまう。


 タンッという音と共に、矢は的の中心近くに当たる。どういう判定基準か結衣は知らないが、他と見比べるに晃臣は断トツに上手いのだろう。


「やっぱ上手いよな~。ああ、ほら見ろよ。また女の子が騒いでるぜ」

「ファンクラブでも出来んじゃねぇの?」


 晃臣の出番は終わったのか、会場を去ろうとする彼に向かって上から声をかけている女の子達がいた。制服が蘇芳高校と違うから、きっと他校の子達なのだろう。


(お~お~、オモテになることで……)


 中身が乙女でオネェな彼だが、見た目は完璧イケメン王子だ。何か釈然としない気持ちはあるが、彼の素を知らなければ騒ぎ立てたくなるのは分からないでもない。


 何となく目を細めて彼を見ていると、特に女の子たちを気にもせず客席を見回しているようだった。そして、結衣と目が合ったところでふわりと微笑まれる。

 ぐっ、と息を詰めた結衣に気づかず、晃臣はひらひらと手を振ってくる。少し悩んだあげく、無視するわけにもいかず結衣も振り返した。その瞬間、先程感じた以上に複数の視線が突き刺さってくる。


(うおっ……嫉妬怖ぇ……)


 感じるのは先ほど騒いでいた子達の強い嫉妬の視線。女子によくあることだとは思うが、男子のように大きく不満を口に乗せることもせずヒソヒソと結衣を見ながら何か言っている。


(面倒くせぇよな。正面切ってくんならこっちも正々堂々相手すんのに……)


 結衣は性格上、嫌なことは嫌とキッパリ言うし、不満も相手に直接向けるタイプだ。もちろんそれで良かったこともあったし、逆に傷つけすぎて離れていかれたこともあるから、良し悪しは時と場合によるだろう。

 だが、数人固まって陰口を言うぐらいなら直接自分に言えと思うのだ。


「雨宮さん、来てくれてありがとう。休憩所が下にあるからそっちに回ってくれる?」


 そんな結衣の苛立ちなど知りもせず、にこやかに下から声をかけてきた晃臣。文句の一つも言ってやりたいところだが、弁当を楽しみにしていたのか盛大に振られる尻尾を見た気がして、結衣は大きな溜息で応えたのだった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 市民体育館の一階には休憩にも用いられるフリースペースがある。テーブルとイスが用意されており、近くには自販機もある。お昼を少し過ぎたこの時間は、出番待ちの選手や喉を潤しに来た応援者がチラホラと見受けられる。


「わぁ、すっごく美味しそうね。彩りも綺麗!」

「ふふん、ありがたく食えよ」


 そんなフリースペースで、端にあるテーブルに弁当を広げて結衣は胸を張った。

 弁当ということで、あとで固まってしまうようなバターやオリーブオイルを使ったおかずは避けている。ご飯も鮭フレークを入れたおにぎり。彩りを考えてバランやアルミホイルの器は使わずレタスなどを仕切りにしている。

 ちなみに、結衣の一番の自信作は晃臣にも好評なだし巻だ。


「今日はこれ楽しみにしてたのよね~。って、雨宮さん足、足閉じて!」

「うわっと……あ~、パンツだとつい気が緩むんだよな」


 離れているとはいえ周りに人がいるので二人は出来るだけ小声だ。気が抜けないというのは学校と同じだが、それでもいつもより解放的なため結衣もついつい仕草が甘くなってしまう。

 晃臣の指摘に慌てて足を閉じて周りを確認する。誰も気づいていなかったようなので、そのままそ知らぬふりで水筒からお茶を注いでやった。


「あら、ありがとう。お茶ぐらい買うのに」

「ついでだついで。味はどうだ?」

「美味しいわよ! だし巻は相変わらずの絶品よね。この鳥?のハンバーグも初めて食べたけど美味しいわ。味付け何かしら?」

「味噌だよ。鳥ミンチにネギと人参細かく刻んで入れて、卵黄入れたら味噌混ぜ込んで味付けする簡単な奴だ。今日は入れてないけど、冷めても美味い唐揚げもあるから今度食わせてやるよ」

「やった!」


 喜色満面で食べ続ける勢いはとても早い。弁当箱の中身も見る間に少なくなっていく。オネェ口調で話す彼でも、こういうところを見ると男の子だなぁ、と実感する。

 気持ち良いぐらいパクパク食べる晃臣を見ていると、その視線に気づいたのか顔を上げてニコリと笑った。


「ほんとに美味しいわ。ありがとう。わたし雨宮さんの作る料理好きよ。美味しいだけじゃなくてちゃんと彩りや健康面も気づかってくれてるし」


 きっと本人にとっては素直な気持ちで言ってくれているのだろう。だがしかし、いくら料理のこととはいえ面と向かって『好き』と言われれば照れるものだ。しかも晃臣は顔はイケメンなのだから。


「……あのなぁ。そういうことをサラッと言うなよ」


 赤くなる頬を引くつかせながら肩を落とせば、彼はきょとんとした。


「あらどうして。良い感情なら素直に伝えても良いと思うけど」

「そりゃそうだろうけど。須田さん顔良いんだから勘違いする奴も出てくるぞ。ほら、さっき騒いでた女の子達みたいにさ……あ~、こっち見てる」


 先ほど会場で晃臣を見ていた女子たちが少し離れた場所に集まっていた。チラチラとこちらを見てきているし、その視線が結衣には痛い。睨まれている。

 そちらにチラリと視線を向けた晃臣は、少しだけ椅子の位置をずらした。そのおかげで結衣への視線が遮られる。


「別に勘違いさせたいわけじゃないわよ。応援してくれるのは嬉しいけど、知り合いじゃなければ反応返してるわけでもないし……」

「苦労してんな」

「八方美人になってるつもりはないんだけどね……」

「素を出したら煩わしいことなくなるかもよ」


 ニヤッと笑って言ってやれば、コツリと額を小突かれる。


「言ってくれるわね。雨宮さんだって本性出したら日々の苦労がなくなるわよ~」

「てめっ、むぐっ!」


 ちょっとしたじゃれ合い。笑いながら晃臣を小突き返そうと思っていた結衣は、突然入ってきただし巻に口を噤む。

 何しやがる、と目を吊り上げれば、晃臣は同じように目線だけで何かを訴えてきた。まるで『ちょっとおとなしくして』と訴えているような気がして結衣が目を和らげたその瞬間――


「あ~、おしい。欲しい絵は逆だったんだけどな~」


 パシャッというシャッター音とともに現れたのは、蘇芳高校の制服を着た一人の青年だった。


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