第一話:悪夢
━━━いつからだっけ…
こんなに毎日が怖くなったの…
━━もう思い出せない…
生きることが怖くなったの……
『お前きもいんだよ。近寄んなよ』
『きたねえなぁ』
━━きもい…?
━━汚い…?
あたしよりブスな子いっぱいいるじゃん…
ちゃんと毎日お風呂入ってるし……
『死ね、アホ』
━━じゃあ…
『生きてる意味あんの?』
……あなたが殺してよ……
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━ピチチチ…
フと。
遠い意識の中、鳥のさえずりが聞こえた。
一気に引っ張られるかのように音が大きくなる。
「…?」
かすんでいた意識がだんだんとはっきりしていく。
一日の始まりが告げられている。
「……」
ため息もでない。
たださっき開いた目をそのままにしている。
朝がきたのだ…
あの…
大嫌いな朝が…
ボー、と昨日の出来事を振り返る。
とたんに泣きたくなった。
もう一度心をしずめて目をつむった。
………誰も知らない。
この朝があたしの心をむしばんでいることを…
あたしはベッドから出ようとはせず、時計を見た。
針は7:42分を指している。
分かってはいたもののそれを見てまた愕然とする。
「…起きなきゃ」
誰が聞いてるわけでもなく、ただ自分に言った。
イヤだ、と心の自分が叫ぶ。
それをダメだ、と自分の心に言い聞かす。
そんな毎日の繰り返し。
ベッドから出した足を床につけた。
その瞬間、さっきまでみていた夢とは違う感触が、あたしの体をつらぬいた。
「おはよう…」
床に投げ捨てた独り言。
ここは現実。
夢とは違って死ねばそこで終わり。
━そして………
『ピロリロリン♪』
ありきたりな着信音とともに新着メール。
あたしはその音で思考をさえぎられ、思わず携帯を見た。
(誰…)
自然とわきあがる絶望と不安。
ボタンを押す手が
━━震えていた………
『件名:おはよう』
見覚えのないアドレス…
誰ともアド交換なんかしてないのに……
かえって不安になる。
『本文:今日もいろんなことして遊ぼうね???
今日は美月に楽しいことしてあげっからさぁ(^_^)v楽しみにしてなよ☆』
……あぁ。
無造作に携帯を見ていた。
言葉がでない。
途切れていた思考回路がだんだんとまた戻っていく。
そうだ…
と、自分でも納得してしまうほど、現実は過酷だ。
あたしは……
今日も無駄な一日を過ごすんだろう…
昨日、生きたい、と思いながら死んでいった人たちに申し訳ない…。
中学時代から元々頭が悪くて、高校をあきらめかけたこともあった。
だけど、楽しそうに笑い合う高校生にあこがれて、今まで頑張ってきた。
友達もたくさんいた。
毎日が楽しくて…
楽しくて……
でも。
今は違う…
「全然楽しみじゃねぇよ、バカ」
携帯をにぎりしめた。
友達じゃない。
友達なんかじゃない…
もう一度携帯の画面を見る。
こいつ誰だよ…。
あたしは急いでメールを削除した。
このメールの意味なんか考えなくてもわかる。
今日も昨日と同じだってこと…
このメールの本当の意味……
『今日モイジメテヤルカラナ』
━━もう…イヤだ………
━━あたしは…
いぢめられている……
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『ねぇあんた名前なんてゆうの?』
事の始まりは、高校の入学式。
あたしはその時浮いていた。
当時仲のよかった友達とはしゃいでいたせいもあって、周りがよく見えてなかった。
『…浅井美月……だけど』
あたしに名をきいてきたその子は結構派手系で、いわいるギャルだった。
もともとあたしも地味系じゃなかった。
でもその子の言葉使いからして、あたしに敵意をもっていることが感じられた。
『あんたさっきあたしにぶつかったよね』
━━言いがかりをつけられた。
それからその子を始め、一人、また一人とあたしから周りの友達が離れていった。
何であたし…?
その時は疑問と怒りだけがあった。
人間は一人の言葉で簡単に流されるもんなんだと知った。
それがたとえ中学からつみあげた3年間の友情でも……
簡単にひきさいてしまう……
怒りの反面……悲しかった……
ただ泣いた。
『話があんだけど』
意味もなく離れていったあたしの友達。
ある日、その中の一人、加古があたしに声をかけてきた。
加古と会話をするのは2週間ぶり……
あたしは声をかけてくれたうれしさと、あの時裏切られた怒りを忘れていなかった。
『何…?』
ただ普通に過ごしてただけなのに。
ぶつかってきた、だなんて変な言いがかりをつけられて…
仮にそうだとしてもそんなことぐらいであんなに怒るのかよ…
ずっとそんな思いが渦巻いていた。
━━そんなことぐらいで……
友達離れてくのかよ……
『あのさ…』
加古が話を切り出す。
確か…
そんなに時間はかかってなかった。
5分ぐらいの会話だった。
あたしは頭の中真っ白で、すべてがモノトーンに見えた。
中学1年の時、加古と同じクラスになった。
それからなんとなく話すようになって、二人は仲よくなった。
それが…
━━音をたてて崩れていった…
『もううちら縁切ろう。つきまとわれても迷惑だしさ。
ゆかのグループに目つけられたくないし…』
ゆか…?
あァ……
あたしに名前聞いて変な言いがかりつけてきた奴のことか……
その時のあたしはもう何も考えられなくて、涙さえでてこなかった。
もしかしたら、前みたいな仲のいい関係に戻れるかも……
本当は心の中でそう期待してた……
『…は?』
本当にこれしか言葉がでてこなかった…
悲しくて、これから先、どうしようって…
その時はまだ加古以外にもダチはいたし、いじめなんかも受けてなかった。
あたしを無視するのは一部の人だけだった。
━━でも…
『まじごめんね。それにさ、ゆかのとこに敵感売っちゃうと何かと怖いし。美月ゆかに気にいられてないみたいだし…
あたしまで巻き込まれたくないっつーか…』
でも…
━━あたしには……
━━加古が必要だった……
つらい時相談うけてくれたのも
泣いてくれたのも
嬉しい時一緒に喜んでくれたのも
笑ってくれたのも
……加古だったから……
『……本…気?でもっ…あたしゆかに恨まれるようなことなんて何もしてないしっ……それにっ……』
それに……?
何を言おうとしてんだろう…
無駄なあがきだ……
きっと加古はあたしが誰かに嫌われようがどうだっていい…
それがほんとにちっぽけな理由でも…
あたしに非はないと分かっていても……
ただ自分がイヤな立場になりたくないだけ……
『声大きいって…
それに何?何いわれてもあたしの気持ちかわんないよ?』
━━親友だと…
思ってた……
何したってゆうの…
あたしが……
━━友達って……
何……?加古にとってあたしは……
何……?
『分かった…』
あたしは頷いた。
…頷くしかなかった……
その日帰ってから、いろんなこと考えてた。
泣いた。
泣くしかできなかった。
(加古まじ最悪………)
声にならない思いをベットの枕に埋めた。
最悪…
相手をせめることで自分を癒そうとした。
でも癒えてくれない。
心のナイフが奥深く沈んでいく…
すると、さらに不安になっていく。
加古以外のダチにも明日こうやって切り離されるかも…
怖い……
何でこんなんなってんだよ……
何したってゆうの…?
あたしがっ…
何したってゆうの…?
あたしが!!
…………暗闇だった。
━━案の定…
一日、一日と、加古のように縁切り話をもちかけてくる奴らが増えた。
そうしていくと、その内の誰かがいい気になって、机に落書きをはじめた。
【あたしは嫌われものでーす】
……あたしが望んだのは……
こんな毎日じゃない……
【あたしはきもいでーす。お風呂入ってませーん。自分でもくさいです。】
机への落書きは日に日に増えていった。
━━いつのまにか…
あたしはいじめられるようになった……
『死ねよ』
直接的な言葉も受けた。
廊下を通るたび、冷たい視線がささる。
耐えきれずトイレで泣いた。
でもあたしに逃げ道はなかった。
上から水をかけられて、言われた言葉。
『あんた何で生きてんの?』
……しらねーよ……
『死んじゃいなよ』
……うざ……
もうすべてがムチャクチャ……
消えちゃえ……
消えちゃえ……
その中心に居たのはやっぱりゆかだった。
噂で聞いたらゆかは本当にあたしのことが嫌いらしい…
理由は、
『ゆかの好きな人があたしに惚れてたから』
そんだけ……
くだらなすぎて……
まじ笑える……
そんなんあたし悪くないじゃん……
あたしに因縁つける暇あったらその男自分に振り返らせれるように頑張れよ……
━━あたしが望んだことじゃない……
もし……
もしあたしに喧嘩をうってきたのが、ゆかじゃなくて……
普通の子だったら……
もっと目立ってないダサい子だったら…
あたしよりレベルが低い子だったら……
きっと皆が離れてくこともなかった……
人は人をレベルで判断する……
あたしの近くにいると自分も何されるかわかんない……
そう思って離れていく……
そんなちっぽけな友情が……
━━ううん…そんなの友情でもなんでもない……
上辺だけの付き合いで…
人は本音をかくして生きてんだ…
人間そんなもんだ……
もう人を信じられない……
あたしの未来に……光はない……
(続)
※この物語はフィクションです。