【短編版】ピンクブロンドの男爵令嬢は皆に感謝されている
「リューリエ・ナダル侯爵令嬢。貴様との婚約を今、この場で破棄する事を宣言する。私の正妃に相応しいのはユイカ・アロッホ男爵令嬢だ!」
第一王子であるルボルの宣言に、人々は歓談を止めて目と目を見交わした。
卒業前の、王家主催の宴である。
ルボル王子の傍らには、感動に目を潤ませたピンクブロンドの美しい少女が寄り添っている。
金の髪に空色の瞳の美しい王子に似合いの、桃色の髪に紫の瞳の人形のように可愛らしい令嬢だ。
学園でも話題に上るほど、彼らは奔放に真実の愛を語っていたので、それに対する驚きはない。
卒業までのご乱行と生温く見守っていた外野は、そう思っていた。
けれど、この様な大きな舞台でわざわざ恥をかかせるような宣言とその内容は、正気の沙汰ではない。
生温かった視線は最早、冷たい侮蔑に変わっているのだが当人達は気付いていないのだ。
王子もその周囲を取り巻く側近達も得意げに胸を反らしている。
破棄を宣言された侯爵令嬢のリューリエは、艶のある黒髪を揺らして前に進み出た。
深い紫水晶の瞳は、嬉しそうに微笑んでいる。
「殿下。婚約破棄は謹んで承りました。アロッホ嬢も、本当にルボル殿下にお似合いでございます。わたくし、お二人の末永い幸せをお祈りしておりますわ」
嬉しそうにそう告げるリューリエに、ユイカの顔が少し引き攣る。
何故、婚約者を奪ったのに喜ばれているのかが分からない。
不安そうに大きな菫色の瞳を王子に向けるが、王子はふんと鼻を鳴らしてリューリエを見ている。
「殊勝な心掛けである。お前が選ばれなかった理由が分かるか?」
「はい。少し長くはなりますが、わたくしの罪を聴いて頂けますでしょうか?不敬は問わずに頂けると本音でお話出来るのですが……」
「良いだろう」
得意げにルボルは側近達を見渡した。
彼らは既にリューリエに対する罪状を……冤罪の可能性も含めて持っていたが、本人が認めるというのなら是非もない。
王子の視線に、側近達は笑顔で頷いた。
「わたくしと殿下が出会ったのは、九歳の春でした」
「思い出話をして、私の気を引こうとするのは健気だが、心は動かぬぞ」
話し始めたリューリエに、早速ルボルが野次を入れる。
だが、リューリエは形の良い眉をぴくりとほんの少し動かして、淑女の礼を執った。
「では単刀直入に申し上げます。わたくしの罪は、殿下を愛さなかった事です。出会った頃から殿下の妻になるという事が苦痛で仕方が無かったのです。歩み寄ろうと思った事もございましたが、どうしても無理でした。ですから、王の伴侶としての教育も、貴方が処理できなかった執務も、ただ黙して熟して参りましたの。
ですが、そんなわたくしに天の救いが齎されたのですわ。
そう、アロッホ男爵令嬢でございます。彼女は瞬く間にルボル殿下の心を溶かしてしまわれました。そして、今日その愛が実を結んだ事により、わたくしは自由になれたのでございます。大変感謝しておりますのよ」
え、え、とルボルも側近も言葉もない様子で、リューリエの話を遮ることも無く最後まで聞いてしまった。
それほどリューリエは心底嬉しそうな笑みを浮かべているのだ。
未だに理解出来ないルボルは、手を宙に浮かせて言う。
「いや待て、そなたは私の正妃になりたくて、無理矢理婚約者になったのだろう?」
「誰ですか。殿下にそのような嘘を吹き込んだ不埒者は。今すぐ連れてきてくださいませ!」
突然怒り狂ったリューリエに、ヒッとルボル王子は小さく悲鳴を上げた。
「だ、誰という訳ではないが、権力にものを言わせて、婚約者の座をせしめたのであろう?」
「殿下が不勉強なのは存じておりましたがここまでとは……宜しいですか?わたくしの家はそこまで権力などございません。寧ろ無いからこそ、殿下のお相手に選ばれたのですもの」
冷たく言い放つリューリエのきつい眼差しから逃げるように、ルボルは側近の公爵令息レオナードを見る。
レオナードは、少し考えてから頷いた。
「確かに名家ではございますが、権勢を誇っている訳ではございません。国内貴族の均衡の為に、わざわざ選ばれたのかもしれませんね」
「なるほど、そういう事か」
「そういう事ではございません」
ルボルが納得しようとしたが、リューリエがきっぱりと否定した。
それにはレオナードも驚いて、リューリエに目を向ける。
他にどんな理由があるのだろうか、と。
少しだけ呆れた笑みで、リューリエは微笑みながら告げた。
「他に、殿下の婚約者になってもよいというご令嬢がいなかったのでございますよ」
「……は?……いや、何を言っている…そんな訳が」
「ですから冒頭に戻らせて頂きますけれど、わたくし達が出会った頃、殿下は幾つかの高位貴族のご令嬢とお茶会をされていらしたはずですわ」
そういえば、幼い頃に色々な令嬢と会わされたことがあったな、とルボルは思い出した。
その中でも一番地味なのがリューリエだ。
黒い髪は暗さを感じるし、紫の瞳だってユイカの様に淡くてキラキラした可愛らしさもない。
でも他にも可愛らしい令嬢はいた。
自分に似合いの、とルボルは記憶を手繰り寄せる。
「そうだ……確か、君も居ただろう?」
ルボルが指さしたのは、ハリントン公爵の娘、エヴェリーナである。
金色の巻き毛の、淡い空色の瞳の美しい令嬢だ。
こんな美しい令嬢が婚約者だったら自慢できたのに、とルボルは眉を顰める。
「ええ、居りましてございます。一緒にお茶を頂きましたが、殿下はその時、わたくしに何と言ったか覚えておいででいらっしゃいますか?」
にっこりと弧を描いた美しい唇を見ながら、ルボルは首を傾げる。
「いや…覚えてない」
「目が吊り上がっていて可愛くない。こんな娘は嫌だ」
言い切る前に、エヴェリーナは口にした。
その暴言は、確かに言った覚えが……あるような無いような。
ルボルは半笑いで訂正をする。
「子供の頃の事だ。照れていたのだろう」
「左様でございますか。でもわたくしは父に訴えましたの。政略とはいえ思いやりの欠片もないような男に嫁がされるくらいなら、神の嫁になりますと。父は慌てて婚約の打診をお断りくださいましたわ」
美しい娘に対する愛情もあるだろうが、権力を維持するための手駒を一つ失い兼ねない事態は高位貴族なら誰もが避けたいところだろう。
ルボルは愕然と、会場を見回す。
その内の高位令嬢の幾人かは、その話に同意するように頷いていた。
リューリエも頷いて、同じような事を暴露する。
「わたくしには、こう仰いました。こんな地味な娘は嫌だ、と。今でもご趣味は変わっていないようで、嬉しく存じますわ。勿論、我が家でも婚約の打診に、最初は否とお返事申し上げましたもの」
「ではなぜ、婚約者になっている!」
「その後、我が侯爵家の為になるお話を頂いたからでございます。王家が引き換えに持ち出されたのは、当時続けての災害で我が家が資金の工面に手間取っていたからでして……。それでも、持ち直す事は可能なので、一度は断りました。ですが、一向に色よい返事を他家からも貰えない陛下が、王家の直轄領であり、我が侯爵家の領と隣接する土地を割譲して下さる事を条件にして下さったのでございます。貴族が保養に訪れるその地の税収で、我が家は潤う事になりましょうから、わたくしは家の為に犠牲になる事を選びましたの」
犠牲、と言われて、ルボルの顔が怒りで赤く染まる。
普通は誰もが求めて止まないはずの、王妃の座を令嬢達がこぞって避けていたとは思わなかった。
今まで全く知らなかった事実に、側近達も困惑している。
「ちなみに、わたくしの家がどうしてもと断った場合は、伯爵家からお選びになるご予定でしたけれど、そちらも首尾は芳しくなかったご様子でした。……ですから、殿下の望むようにお茶も交流も最低限……よりも気持ち少なめにしか、お会いする機会をつくらないでおりました」
最低限よりも更に減らされていたのはルボルも知らなかった。
時折どうしても行かなくてはならない茶会が億劫だと思っていたくらいだ。
それが、避けられていたなんて。
「殿下から衣装が贈られなくても、自分で用意した方が好きな意匠で注文できますし、同行も兄や従兄弟達との方が気楽に過ごせましたし、アロッホ嬢が現れてからは本当に快適に過ごさせて頂きました」
強がりではない笑みを見て、側近達もユイカと同じく引きつった顔を見せる。
まさか美しく人気があると思っていた優しい王子が、暴言野郎だったなどとはユイカも思わなかったのだ。
嫌われ者だった王子が、押し付けられただけである。
「お前が嫉妬して、ユイカ嬢に嫌がらせをしていた……のではなかったのか……?」
最初の勢いは途中で弱まり、最後に疑問形になる。
ルボルに、困った様にリューリエは微笑んだ。
「今のわたくしの告白の何処に嫉妬の要素が……?」
ありませんね!と会場の心が一つになる。
勿論、ルボルも分かっているけれど、元々そういう話で色々と進めてきたのだ。
「では、他に犯人がいるということか……!」
ルボルの悔しそうな問いかけに、リューリエはこくりと頷いた。
あまりにも確信に満ちたその仕草に、ルボルは指を突き付ける。
「ならばその者の名を言え!」
「犯人は存じておりますけれど、わたくしの口からは申し上げられません」
「庇い立てする気か?庇うのならばお前も同罪だぞ」
あまりの横暴な言い草に、リューリエは首を傾げる。
「わたくし以外なら、アロッホ嬢に嫉妬していた者もいるかもしれませんわね。殿下の側近の皆様とアロッホ嬢はそれはそれは親し気にされておりましたもの。殿下以外にも肌を許すとまでは思っておりませんでしたが」
くすりと扇を当てて笑む姿に、ルボルは蒼くなって傍らのユイカを見つめた。
「え?…ヤダ、そんな事私してないです。リューリエ様の嘘ですっ」
大きな瞳に涙を溜めれば、ルボルはまた火が付いたように怒りの矛先をリューリエに向ける。
だが、大声で怒鳴る前に、リューリエは侍従が手渡した紙束を目の前に放った。
パサパサと音を立てて散った書類には、罪が書き連ねてある。
「最初は他国の間者かと疑いまして、王家の調査員に監視させていた結果ですわ」
王子や側近が動くよりも前に、ユイカが床に落ちたその紙を抱え込む。
「こんなっ、こんなの嘘だからっ」
だが、誰の目から見ても、ユイカの行動が雄弁に示していた。
その紙片には事実が記されているのだと。
床に膝を着いて紙を集めるユイカは、キッとリューリエを睨む。
「何でこんな事するの?!」
「あら。わたくしは何も貴女を責めたくはありませんの。寧ろ感謝しておりますのよ。だから、そんなお怒りにならないで」
子供をあやすかのように優しく言われて、ユイカは何が起こっているのか分からなくなった。
感謝されるような事は何もしていない。
恨まれるような事はした覚えはあるけれど、と紙束を抱えたまま。
その後も断罪劇…というより、四人の令嬢たちの罪の告白が続き、ルボルの取り巻き達も漏れなく全員が婚約解消となった。
ユイカを虐めた人間など誰も見つからないまま。
むしろ彼らが用意した自作自演の罪だけが宙に浮いていた。
各々の理由で婚約解消を望んでいた令嬢たちからは、むしろ感謝されていたのだから。
別室での話し合いを経て、ルボル王子は臣籍降下され、断種の上王都の外れの男爵家で一生を過ごすことになった。
ユイカはそのままルボル王子の妻として、同じく小さな屋敷に住むことになり、借金返済と生活のために下町で働いている。
リューリエは長年の教育の結果とその人柄で、王弟との婚姻が定められた。
王弟のルヴェイは一回り年上だが、交流があったリューリエはその婚姻に関して不満はない。
「ラドゥルとの婚姻も選べたのに、こんな小父さんでいいのかい?」
「ええ。元々実家に権勢はありませんし、のんびりと暮らせるほうが有難く存じますの」
年上の落ち着きと余裕が、リューリエにとっては居心地もよかった。
同年代のルボルには手を焼いていたので、また面倒を見る立場にもなりたくはない。
「結局、アロッホ嬢は何をしたかったのだろうか」
「わたくしにも理解出来ません。何も考えずに享楽と贅沢に浸っていたかったのでしょうけれど……それでも、全てが収まるところに収まったのは僥倖でございました。わたくしも含め、今回破談になった令嬢達の誰も彼女に遺恨はございませんし」
「……彼女の為に色々と骨を折ったようだな?」
片眉を上げて揶揄うように微笑むルヴェイに、リューリエは控えめに微笑み返す。
「アロッホ嬢が酷いお怪我をなさったので、僭越ながら」
「慈悲深い事だ。だが、片付いたのなら我々の幸福についても計画しよう」
「仰せのままに」
出会った頃から罵倒されてきたリューリエは、やっと重荷が肩から下りた気がした。
少なくともルヴェイはリューリエの尊厳を貶めるような言動はしない。
物語の中の男性のように甘い言葉は言わなくても。
リューリエにとって落ち着ける存在であり、癒しでもあった。
これからも一歩ずつ、共に歩んでいけるだろう。
五人の令嬢達の罪の告白(断罪)とその後の最底辺逆ハーを長編でUpします。もう完結しているので完走まで早いと思います。他の長編もがんばりま…す。
連載版はhttps://ncode.syosetu.com/n2932mp/。




