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ツンケンしてる割に根が弱気なTS少女は親友の告白に返事ができない  作者: 御上ナモ


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2/2

後編

 私とアイツが小さいころ、いつも待ち合わせしてたあの坂の下。

 そこにショウマは居た。

 アイツは私の方を見て、何かを言うこともなく、ちょっぴり困ったような顔をして少しだけ笑った。

 アイツはいつも通りのラフな格好をして、いつもみたいにさりげない程度に髪の毛を整えて、まっすぐ立っていた。

 でも、私はもうめちゃくちゃだった。

 顔だとか、髪だとかだけじゃなくて。

 ショウマに会えた喜びと、ショウマに見られたくないという羞恥心と、ショウマとこれ以上一緒に居たくないという恐怖心と罪悪感と。

 ぐちゃぐちゃになったままの私は。

 ただ、馬鹿みたいにそこに突っ立ってた。

 ああ。

 でも、やっぱり。

 ショウマと一緒にいると。

 ――泣きそうなくらい、安心するなぁ。

 

 

 そんな気持ちだけで頭がパーになってしまった私は。

 しばらく、ぼんやりとショウマの顔を見ていた。

 その顔を目に焼き付けるようにして、まだ少し高い夕日でオレンジ色に染まった、アイツを見ていた。

 ショウマが少し戸惑ったように逡巡したあと、妙にぎこちなく咳払いをする。

 その様子がおかしくって私は少し笑った。

 8月の終わりにしてはまだ暑い。

 ジトリと汗が体に滲む。

 私は襟元をパタパタさせて風邪を取り込んだ。

 その様子を見たショウマは安心したように息をついて、私に話しかけてきた。

「昔いつもやってたアレ。覚えてるか?」

 ショウマは私に向けて少しだけ手を伸ばし、私がビクッとするのを見て手を引く。

 私は離れていく手にホッとして、少しだけガッカリした。

「いつも朝ここに集まってさ。その日何するか、あの坂の上まで競争して決めるんだ」

 私は彼のいうことを聞いて、漠然とそのこと思い出す。

 いつも、『僕』がよーいドン、と言って、『僕』とアイツが同時に駆け出すのだ。

 その日にすることを決めれるのは先に坂の上に着いた方。

 負けた方は相手の言うことに従わなきゃいけない。

 そんな、中学に上がる前にはもうやらなくなってた遊び。

「アレさ。またやろうぜ。今から」

 そういったショウマは大げさな動きでクラウチングスタートの姿勢をとった。

 そして、その姿勢のままで。

 ブッと。

 ――大き目の屁をこいた。

「……っふ……うっ」

 私は一瞬笑ってしまい、すんでのところでその声を堪える。

 それを横目で見たショウマはその姿勢のままでこちらに話しかけてくる。

「やっぱり、お前は笑っている方がいいよ……」

「……いや、この流れでそんなこと言われても」

「……そうか。かっこいいと思ったんだが」

「……や、別に」

 地面から手を放して立ち上がったショウマはこちらに向けてまっすぐ目を向けてきた。

 私は今更になって気になってきた髪の毛を手櫛でいじりながらショウマに背を向ける。

 目元がやばいから、とか。

 鼻赤いし、とか。

 そんな言い訳を心の中でしながら、私はショウマの顔が見れない。

 そうやって後ろを向いた私の視界に道端のカーブミラーが飛び込んできた。

 その中にはひどい顔をした私と、ひどい顔をしたショウマが――。

 ひどい顔をした、ショウマ?

 私は反射的に後ろを振り返ると、ショウマは、私の後ろでめちゃめちゃ変顔をしていた。

 小学生以来、見たことがないレベルの全力の変顔をしていた。

 思春期に入った男子高校生が異性に見せるレベルではない本気の変顔をしていた。

 私がそのことを理解した瞬間、ついに我慢していた笑いが決壊した。

「ぶっ、ぶははははははっは!な、なんだよその顔!ひっ、ひど、ひどすぎる!」

「我はミョリンコ星人。特技はアクロバティック炊飯だ。食らえ、ライスビーム!びびび!」

 変な声でふざけたことを言いながら奇妙な踊りを始めたショウマの姿に、私は地べたに転がりながら笑った。

 アイツも途中から近くに座り込んで笑い始めた。

 私も台風が過ぎ去った後の空を仰いで、涙を流しながら笑った。

 ここ最近、こんなに笑ったことなかったな、とか。

 ああ、ずっと私は心の底から笑えてなかったんだ、とか。

 そんなことを思いながら、私は腹がよじれるまで笑った。

 途中で帰宅中のサラリーマンがこちらをぎょっとしたような顔で見ながらそばを通り過ぎても、私は笑っていた。

 散歩中の犬が私に向かってわん!と吠えかけてきても、飼い主さんがこちらを狂人を見る目で見てきても、私は笑っていた。

 笑って、笑って。

 ずっと笑い続けて。

 やっと、笑い疲れた私が落ち着いたのは、意外と10分後くらいだったかもしれない。

 私はガードレールの支柱に背を預け、笑いの余韻を何とかして抑えようとしていた。

 そんな私の横に人一人分開けてショウマが座った。

 私はぶり返しそうな笑いを何とか堪えようとしながら、ショウマの方を見た。

 あ、ショウマの目がちゃんと見れたのも結構久しぶりだな。

 そんな風にも思って。

 私はショウマが話始めるのを待っていた。

 私はすごく、落ち着いていた。

 何を今まで悩んでいたのか、全部が飛んで行ってしまったみたいに。

 台風が飛んで行った後の空みたいに、蒼い気持ちで、アイツを見ていた。

 夕日に照らされて、アンニュイな顔をしたショウマはやっぱりかっこいい。

 ショウマは黙っていればイケメンなんだ。ショウマのくせにこいつはイケメンなのだ。

 アイツはらしくもない顔をしてポツリ、と呟く。

「しつこいかもしれないけどさ。やっぱ、お前は笑っている方がいいよ。そっちの方が、いい」

 私はショウマから目をそらして無言で空を見上げる。

 どうにも私はショウマのこういうところに弱い。

 いつも自信満々でこちらをリードしてるくせに、たまにこうやって迷子の子供みたいな声を出すんだ。

 私は少し震える声を吐き出した。

 「……あの、さ」

 

 

 私はその瞬間、いろいろなことを考えた。

 『僕』が初めてショウマと出会ったときのこと。

 女になった『僕』が、初めてショウマと会ったときのこと。

 ショウマと行ったいろいろな場所。

 ショウマと話した幾千もの話。

 そして、『僕』が『私』になることを決めたときのこと。

 私は気持ちを整えて、もう一度空を見上げる。

 日が暮れかけた空は、まだ蒼かった。

 私は蚊の鳴くような声で、繊細なガラス細工を置くように、そっと声を出す。

 「……よーい、ドン」

 

 

 私はパッと立ち上がって坂の上に向かって駆け出した。

 後ろでまごついたショウマが情けない声を上げて「ちょっ!」とか何とか言っているのを聞き逃して、私はただただあの坂の上を目指した。

 涙はもう出なかった。

 ショウマが後ろからすごい勢いでこちらに迫ってくる。

「ちょっと待てって!おい!」

 そんな風に言いながらもショウマの声は柔らかい。

 いつの間にかほどけた髪が空に舞った。

 私は首筋の裏を潜り抜ける風を感じながらも走り続けた。

 気づけばショウマが横に並んできた。

 ドンッとあの頃みたいに肩をぶつけてアイツの走りを妨害してみて、一言、アイツに言った。

 それを聞いて、アイツもこちらに何か話しかけてくるが、自分の息の荒さと風でよく聞き取れない。――そんな振りをして。

 昔は私の方が早かったのにな。

 そう思いながらも私はスピードをグイっとあげて駆け続けた。

 昔みたいにショウマに肩からぶつかっても、あの頃と違ってアイツはビクともしなかった。

 でも、私が荒い息でそのとき囁いた言葉を聞いて、少しだけショウマの動きが鈍る。

 坂の上が近づいてきた。

 てっぺんにある赤いポストの奥がゴール地点だ。

 そこに近づけば近づくほど。世界の動きが遅くなっていく。

 じわりじわりと太陽が大きくなる。

 鎖骨のあたりが、熱を持ったように痛む。

 荒い息を吸い込むたびに、肺がしんどそうに鼓動する。

 一歩、また一歩と足を進めるたびに、坂の向こう側が見えてくる。

 そうだ、昔はいつもこの坂の向こう側の景色を先に見るのは私だった。

 そして、今日先にそこにたどり着いたのも――。

 


 ――私だった。

 でも、私はそのまま赤いポストの横を走り抜ける。

 一歩遅れでショウマもポストの横を通り抜けた。

 私もショウマも立ち止まらなかった。

 坂の向こうに広がる宅地と奥の海に向けて。

 そろそろ沈もうとしている太陽の灼熱に向けて。

 私は、咳き込むようにしてがむしゃらに、ただ、意味もなく叫んだ。

「……私は、私はーーーーー!!」



 そして、そこからもしばらく走り続けた私とショウマは、どちらからともなく立ち止まって、地面に座り込んだ。

「……死、死ぬ。急に走り出すなって……」

 つぶれたカエルみたいな声を出してショウマはこちらに恨み言を言う。

 私はそれに対して答えようとしたが、息が全く整わず、かすれたような呼吸音しか出せない。

 自分たちがどこにいるのかもよくわからないまま、私たちは荒い息のままで互いを見つめ続ける。

 私は、妙にハイになった気持ちのままでどうにか息を整えつつ、口を開く。

 まだ強がってばっかで、こんな言い方しかできない自分は情けないと思うけど、でも。

 私は今日こそは返事をするんだっていう気持ちを精一杯込めて、少しだけすねたように言った。

「……ショウマさ。今日はまだ、告白してこないじゃん」

 私は畳みかけるように言葉を重ねる。

「私が勝負に勝ったんだからさ。いうこと聞いてもらうよ」

 そういって私はそっぽを向いてあと、一言だけ言った。

「もう一度、私に告白してよ。今度は」

 今度は。

「今度こそは、ちゃんと返事、するから、さ」

 

 

 私はショウマが言ってくれないと自分の気持ちも言えない人間だ。

 返事じゃないとちゃんと好意を伝えられない臆病者だ。

 でも、ショウマの走る勢いを少しでも緩めるためだって、自分に言い訳をしてさっき吐いた私の弱音。

「どこにもいかないで」

 って言葉に対して、アイツはやっぱり恥ずかしそうにもしないで馬鹿みたいに答えてきた。

「俺、ずっとここにいるから。お前の横で一緒に走り続けるから」

 とかさ。

 そんな木っ端図かしいことを真顔でのたまうのだ、アイツは。

 そんな奴なんだよ。ショウマは。

 だからかな。

 きっと私も釣られたんだ。

 アイツのバカさ加減につられて、いつもじゃしないようなバカみたいな台詞を吐いちゃって。

 今も、恋するオトメまっしぐらなことをつぶやいちゃって。

 ショウマが私のことを嫌いになるわけない、みたいなバカみたいなことを信じ込んじゃったのは

 きっと、私が。

 頭がバカになってるからなんだ。

 ショウマは一体どんなむず痒い告白を私にするんだろう。

 たぶん、馬鹿みたいに私に好意を伝えるんだ。

 相手が自分の告白を断るんじゃないかなんて弱気なことは想像もしないで。

 いや、きっと想像して、なお。

 まっすぐに自分の気持ちをさらけ出してくるんだろう。

 私はきっとそんなショウマの、まっすぐで強い心に憧れたんだ。



 アイツは昔から変わらないまっすぐした目でこちらを見た。

 私は、少しだけ目線を迷わせた後に、アイツの目を見た。

 ショウマのその瞳と私の目がバチッと合ったとき。

 ふわりと涼し気な風が吹いた。

 私は、何かもわからない不安がどこかに抜け出ていくような気持ちがした。

 私はきっと――。

 きっと。

 私は。

 ――ショウマのことが好きなんだ。

 って。

 私はそのとき、やっとそのことを信じられたんだ。



 ショウマが照れくさそうな顔をして一言だけ、私に言った。

 私はそれを聞いて、笑った。

 ぬるい風が二人をなぜて、海の方へと飛んでった。

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