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ツンケンしてる割に根が弱気なTS少女は親友の告白に返事ができない  作者: 御上ナモ


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前編

 僕――いや、私は今、猛烈に悩んでいた。

 私がある日突然女になってしまってからのここ二年弱、ほぼずっと悩んでいた気もするが、とにかく私は悩んでいた。

 8月ももう終わるくせに、ジリジリと鳴き続けているしつこいセミの声に苛立ちながら、ずっと私は悩んでいた。

 クーラーで冷える体を縮めて、アイツにもらったパーカーの袖を救命胴衣みたいに握り締めて、私は、ひたすらに悩んでいた。

 

 

 脳内ですっとぼけた顔の私がムカつく表情をする。

 私はまるで取調室の被疑者。

 実際はベットの上で壁に寄っかかりつつ体育座りをしてるだけだけど。

 『そう』、と前置きをして脳内の私はこちらに身を乗り出す。

 ばん!と聴取机をたたいた音が幻聴となって、私一人の薄暗い部屋にこだまする。

『そう、君の悩みは朝起きたら女の子になってたことか?いわゆる、あさおんという奴――』

 私は答える。

「いや、違う。それはもう1年くらい前に自分の中で折り合いをつけおわってる」

『それとも、男の頃からの幼馴染のアイツ――ショウマにドキドキし始めた自分への戸惑いかな?』

「いや、それも違う。それも悩みの一つではあるけど、そんなのは半年以上前からずっとそうだから」

 『ふむ』というような顔をして、もう一人の私はキャスター付きの椅子に座り直す。

 くるり、椅子に乗ってふざけたように回転した彼女は得心がいったように『じゃあ』と言った。

『じゃあ、自分のショウマへの気持ちがわからないのか?』

「そうじゃない。私はアイツのことが――そう、す、すきなんだ、と思う。今となっては異性として」

『なるほど、つまりはショウマが私のことをどう思っているかがわからないんだな?』

「……そうでもないんだ。アイツは1ヶ月前から毎日私に告白してくるから。いつもいつも私に「お前が好きだ!」と言ってくるから。きっと……きっと、アイツは私のことが好きなんだ」

 椅子の上に胡坐をかき始めた脳内の私は、話がいまいち掴めない、と言わんばかりに肩をすくめて『やれやれ』と呟いた。

 彼女は芝居じみた動きで、これ見よがしにハンドスナップした。

『というと、ショウマの「好き」というのが異性としての好きかどうかがわからないのか?』

「いや、アイツはそこに関してしつこいほど強調してくるが、ちゃんと異性として私のことが……うん、好きらしい――」

 

 

 私が半月前にそのことへの不安でいっぱいになって全部をぶちまけたときには、公衆の面前でズボンを脱ぎ出そうとした。

 俺の君への気持ちをここで今証明する!とか言って。

 もちろん死ぬ気で止めた。

 いや、捕まるわ。バカじゃないのか?

 いや、アイツはバカなのだ。

 どうしようもないくらいバカで、馬鹿正直に私に向かっていつもふざけたことを抜かすのだ。

 『俺、お前以外と付き合うなんて考えられない』とかさ。普通素面で言うか?

 もしかしてあのとき、実は一杯ひっかけてたんじゃないか?

 アイツの私を見る目が結構ヤバいときあるし、目線があらぬ方に行ってるときは大体前屈みになってるし。

 初めてデートに行ったときもアイツ、終始右手をポケットに突っ込んでモゾモゾしてたし。

 ショウマよ。私は一応元男なのだ。

 それでは隠せない。

 そんな風に思いつつも、奇妙な胸の高鳴りと不思議な優越感に浸った私は妙に大胆になり、アイツに膝枕を要求して――。

 だめだ。何考えてるのかわからなくなってきた。

 

 

 気づけばもう一人の私は薄モヤとなって、暮れてきた夏の陽の橙の中に溶けてしまった。

 私は熱くなってきた頬をペシペシ叩きつつ、ベットから立ち上がる。

 上昇した視界の右縁に卓上の写真スタンドが見える。

 まだ私が男だった頃のショウマとのツーショットだ。

 ふっ、と私の意識は現実に引き戻された。

 急に、冷房が効きすぎた部屋の寒さが骨肉に染み込んでくる。

 もしかすると、私は過去の、男だった頃の自分が完全に消えてしまうのが怖いのか?

 そのとき、『いや、多分』と心の奥で『僕』がつぶやいた。

 ――逆だ。反対なんだ。

 私は、きっと。

 昔のままの自分がまだどこかに残っているのが怖いのだ。

 私は見た目も声も変わった。

 超常的なきっかけを得て、大嫌いな自分から変わったのだ。

 外見だけじゃなくて思考も変わった。 

 腐ったみかんみたいにジュクジュクしてばっかで、ぽつねんと座ってただけのあの頃とは違うのだ。

 あの頃の『僕』とは違って色々なことに本気で取り組めるようになったはずだ。

 そのはずなのだ。

 

 

 でも、気づくと私はいつも不安に襲われている。

 あいつの横で笑ってるときも。

 あいつが初めて昔っからのいつもの坂の下で告白してきた日の夜も。

 もしかして明日の朝目が覚めたら元に戻っているのではないか?

 ふとしたきっかけで女に変わったんだから、ある日突然元に戻ることだってあるかもしれない。

 そしたら元のくだらない人間に私は再び戻ってしまうんじゃないか。

 今の自分が。

 今のやっと好きになれた自分が。

 ショウマが好きになってくれた自分が。

 いつか消えてしまうのではないか。

 そんな考えが、ぐるぐると頭の中で気色悪い渦を巻き続けている。

 私は朦朧としたように写真立てを横にずらした。

 後ろから幼い頃の私の写真がのぞく。

 その写真の中で幼い『僕』は、まだ、世界の中心が自分であると信じきっているような顔でこちらに向かってピースしていて――。

 その瞳と私の目がバチッと合ったとき。

「あ」

 私は、私がずっと何が不安だったのかにやっと気がついた。

「私はきっと――」

 きっと。

 私は。

 ――自分に自信がないのだ。

 

 

 そうだ。

 私は、私の見た目が元の姿に戻ったら、見た目が今のかわいらしい少女のものでなくなったら、ショウマが離れていくんじゃないかと思っているのだ。

 私は自分の根っこの部分がアイツに受け入れられている自信がなくて。

 それで、アイツが私が好きな理由をこの体だと思いたがっているんだ。

 

 

 そうだ。

 私は、私と言う人格が。

 私という存在の『中身』が、まっすぐで眩しいアイツに、釣り合いが取れない気がするのだ。

 半年以上前に二人で行ったあの夏祭りで、アイツが差し出してくれた手を、取れなかったのは。

 アイツが私のことを好きだと言ってくれたとき。

 ほんとは泣きたくなるほど嬉しかったのに、返事もあいまいにしてその場から逃げ出してしまったのは。

 自分がアイツに好きだと言ってもらえる存在である自信がなくて。

 自分がショウマに好きだと言ってもらえる場所にいることが、ナニカに許されていないような気がして。

 そして。

 そして、自分がショウマの気持ちに釣り合えるだけ、アイツのことが好きなのか、自信が持てなくて。

 

 

 そうだ。

 私はアイツの好きが信じられなかったから逃げたんじゃなかった。

 私は。

 私は――私の『好き』が、私自身の気持ちが、信じられなかったんだ。

 告白を流される辛さなんて『僕』も知ってるはずだ。

 相手に自分の好意が伝わらない苦しさも「私」はわかってるはずだ。

 それなのに私は、私は自分がその幸福を受け止めるのが怖くて。

 私なんかが幸せになる自信がなくて、いつもアイツにキツく当たるんだ。

 私はきっと。

 アイツがそんなことするわけがないと痛いほどわかってるのはずなのに。

 私の中にいるケダモノみたいな臆病心がふざけた幻覚を見せてくるんだ。

 アイツの告白に対して私が返事をした瞬間。

 アイツの目に『あ、こいつじゃないかも』という不気味なヒカリがよぎるのではないかとかいう。

 アイツの気持ちをひどく馬鹿にした、陳腐な地獄が目の裏にちらついて――いつもいっつも!ぜんぜん剝がれてくれない!!」

 

 

 そう叫んだ私は、私は、ひどい吐き気がしてきて床に蹲ってすすり泣く。

 なんて汚い。なんて醜い妄言だ。

 私は。

 この後に及んでも私は。

 結局自分のことしか考えてないのだ。

 最初から最後までずっと、自分が、自分が、と言うばっかりの。

 アイツの言葉を信じられない私の弱さを。

 アイツに全部押し付けて。

 ショウマの告白は全部ふざけて流してて、その理由が自分に自信がないからだって?

 そんなの。

 そんなのアイツを馬鹿にしてるにもほどがある――。

 

 

 気づくとまた涙が出てきていた。

 そして、涙が出ている自分に、焼けつくような苛立ちを感じる。

 この後に及んで、私は涙を流すのか、ここで泣いて、自分は哀れだと悦に浸って、それで。

 それで明日からも、私はアイツの好意を蹴り続けるのか?

 

 

 そのとき、急に、ブブッとスマホのバイブ音がした。

 私はビクッとして、そちらに目を向ける。

 ノロノロと立ち上がった私は、涙を袖で拭った。

 そういえば、この服もアイツと初めて行ったデートで買ったんだっけ。

 アイツが『きっとお前に似合うと思ってさ』とかふざけたことを抜かして、金欠のくせに見栄を張って私にプレゼントしてくれた大事な、大事なパーカー。

 そう思うとまた涙が出てきた。

 なるべくパーカーの袖の肌触りに意識を向けないようにして、私は光るスマホに手を伸ばした。

 滲む視界でスマホのロック画面と通知が見える。

 あ、ショウマからだ。

 私はあわてて目元を拭ってメッセージアプリを見た。

 ショウマと私のトーク欄に増えた一つの吹き出しの中にはたった一言。

『話がある』

 とだけ。

 途端、わけもわからない焦燥感が巨大な塊となって、鈍い音を立てて私に正面衝突した。

 私はぐらぐら揺れる視界の中で、半狂乱となって床にしがみついた。

 もしかして。

 もしかして、アイツは、私に愛想をつかしたの、か?

 こんな、逃げてばっかりの、くだらない、私に。

 

 

 そう思った瞬間、私は家を飛び出していた。

 一年前の、あの夏祭りの日に。

 私がショウマのことを気になる異性として見ていることに気づいたときから。

 半年ちょっと前に、アイツと見に行った初日の出で。

 アイツのこと以外何も目に入らなかったときから。

 一月前、いつものあの坂の下で。

 アイツが私に『好きだ』って言ってくれたときから

 今までずっとアイツの前ではかわいい私でいようと思っていたのに。

 私は今、化粧なんてしてなくて。

 髪だって毛ハネがすごくて、目元もまだ赤いままで。

 つっかけただけの地味なスニーカーで

 服だって、部屋着とアイツにもらったパーカーだけで。

 それでも私は走った。

 ぐちゃぐちゃの顔で。

 酷い見た目で。

 ただの、無様な私のままで道をひた走った。

 

 

 アイツにもう一度会おうと思った。

 この道の先に、私の終わりが待ってるのかもしれないけど。

 私はもう、自分で自分の最後の幸福を取り逃してしまったのかもしれないけど。

 私は今からショウマに別れを告げられるのかもしれないけど、

 最後に一度だけ、アイツに会いたい。

 何とか、私とアイツの間に決定的な裂け目ができる前に、アイツにちゃんと自分の気持ちを伝えたい。

 

 

 まず謝るんだ。

 何を?

 何を謝るんだ?

 いやそうじゃない。ショウマは謝罪なんて聞きたくないんじゃないか?

 違う。

 まず、私に好意を伝えてくれてありがとうって言わないと。

 私を好きになってくれてありがとうって言わないと。

 じゃないと。

 それを言わないと。

 私はきっともう。

 自分がここに存在していることが、自分でも許せなくなるから。

 

 

 ショウマのメッセージには、どこで話すかなんて書いてなかったけど。

 私の足は戸惑わなかった。

 滲み続ける涙であたりがぼやけて見えなくても。

 私はただただ駆け続けた。

 大事な話をするとき、アイツが私を呼び出す場所なんて、いつも一か所しかなかったから――。

後編は今日(2/22)の19時くらいに上げます

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