夫になった王太子側近は使用人を正論で殴る
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王太子であるステファン殿下の側近として幼い頃から教育されてきたアレンの家は、元々先代王の弟が婿として入った王家の血を引く公爵家だ。
側近という立場でもありながら、順位は低いが王位継承権を持っている。
そんなアレンの育ったウィンザー公爵家に嫁ぐことになる私はキャンベル侯爵家の生まれである。
学園に在学中に色々あったものの、ステファン殿下とアビゲイル様はその後仲睦まじい様子。
というよりステファン殿下がアビゲイル様のご意見を伺うようになり、二人で国のためにどうしたらいいのか、いずれ国民の前に立つ姿としてどういう形が良いかと膝を突き合わせてお話ししたり、政治を抜きに歩み寄る姿勢で過ごされたおかげで、卒業後すぐにご結婚された。
婚姻の届けは出されたものの、王太子夫妻のお披露目は一年先とのことで、宰相子息のゲイリー様やこの度ステファン殿下の護衛騎士となったバスター様はステファン殿下に合わせて婚約者とご婚姻された。
メロディー様との件があったからといっても、メロディー様と恋仲になった事実はないし、貴族の結婚というのは家同士の契約のようなものだ。
婚約者同士しっかり意見を合わせて、夫婦として見る方向性を決めたのならと無事に結婚を迎えたのだった。
側近であるアレンとその婚約者である私も例外ではなく、ステファン殿下と半月ほどずらして婚姻届を出した。
「クレア、いってくる」
「いってらっしゃい、アレン」
私たちの結婚式は半年後。ステファン殿下達より半年早い。
すでに夫婦ではあるためウィンザー家の離れで彼の妻という立場で住んでいる。
ステファン殿下が王に即位された時に、現ウィンザー公爵当主である義父は、アレンに引き継いで領地にある穏やかな街で暮らすのだと言う。
結婚するにあたって何度かウィンザー公爵家に足を運んでいた。
その時の公爵家はとても洗練されていて過ごしやすかった。
王弟殿下と共に公爵家にきて働いていた使用人たちが年齢の関係もあり、私たちの結婚に合わせて引退することになり、公爵家の使用人たちが多く変わった。
多分おそらくそれがきっかけなんだと思う。
「陛下の側近の旦那様ならまだしも、若旦那様まで、ねぇ?」
「ご結婚されたばかりの新婚でしょう?」
「夫婦の寝室は使われた跡もないのよ?」
「いくら爵位が高くても、愛のない結婚って虚しいと思わない?」
わざとかわざとではないのか、そんな陰口が聞こえるようになった。
雇い主が公爵夫人だからか、それともここが離れだからか、義母に対しての声は聞くことはなかったものの、なぜか私に対しての陰口はよく聞こえてくる。
放っておくべきか、義母に相談するべきか、それとも次期公爵夫人としてこの程度は自分で解決するべきか。
陰口に傷ついてるわけではないにしろ、使用人達について悩みに悩んでしまっていた。
「何かあったか?」
「何もない、とは言えないのだけど」
使用人達の言うとおり、夫婦の寝室は使われたことはない。
けれど夫婦生活がないわけではない。
アレンは私の寝室に帰ってくる。
曰く、ステファン殿下の公務によって夜遅くの帰宅もあれば、王都を離れて数日帰ってこないこともある。
「夫婦の寝室に一人で寝ることは夫婦の寝室と言えないだろう。クレアをそこで一人寝させるのは俺が嫌だ」
そうしてアレンは私の寝室に帰るという形で夜を過ごすから、夫婦の寝室は使ったことがなかった。
もちろん、早く帰宅する日もある。その時もアレンは私の部屋で過ごした。
アレンと私の夫婦の形は、結婚に夢を見ている若い女性たちには可哀想に見えるのかもしれない。
アレンの仕事と、私を愛していることは分けて考えられないのだろうか。
私は使用人たちへの悪口にならないように、こういうことを言われているという事実だけをアレンに伝えたのだった。
翌朝、アレンはいつもより早い時間に広間に使用人たちを集めた。
今日は早く出る予定ではないのにと慌てて身支度を整えて見送りに行こうとした私は、アレンの行動の早さに驚いていた。
「なぜ、君たちはクレアと俺の関係性に口を出せる?家令だろうと侍女長だろうと、君たちのやることはこの家を整えることで、夫婦間に口を出すことなのか?」
「父上も母上も同じだろう?父上は陛下の側近としてお忙しく、母上は公爵家と領民を守るべく働いている。クレアも次期公爵夫人として学んでいるところだろう。なぜ両親には言わず、クレアにだけ陰口を叩く?新婚だろうと関係ないだろう」
「夫婦の寝室が使われていないからなんだ。愛されてない?なぜお前たちの物差しで俺たち夫婦の愛を測る?お前たちは使用人で、俺たちはお前たちの仕えるべき主だろう?どんな理由で口を出している?聞いてやるから言ってみろ」
アレンのよく通る声が響くも、使用人たちは俯いて口を閉ざす。
アレンの言葉に何も言い返せないのだろう。
私はひとつ息を吐き出すとアレンの隣に立った。
「公爵夫妻も夫婦生活に口を出すことはないのに、あなた方に言われて正直困惑しておりました。その、夜の営みについて勘ぐる話を大声でなんて、はしたないと……」
私の言葉に顔を赤らめる侍女たちが数名いた。
「あなた方はただの使用人同士の陰口だとお思いでしょうけど、この公爵家には様々なお客様がきます。屋敷の設備を保全にくる業者の方も、商人の方もきます。その方々の耳に入った際、アレン様がどのような目で見られるのか、お考えですか?」
「アレン様を側に置くステファン殿下が、次期公爵家夫婦仲を破綻させるほどお忙しいご公務をされていると……王家に対する不満の声が使用人達からあがっている。アレン様やウィンザー公爵当主様の業務への批判にもなりますが、そこまでお考えになっていますか?」
そこまで告げてようやく理解したらしい侍女たちは白い肌をさらに白くした様子で俯いていた。
「不満があるなら本邸の家令または侍女長に言え。彼らから女主人である母上に、そしてクレアに話が通る。それだけのことができないのならこの家を去れ。公爵家の使用人には相応しくない」
そのあとは何事もなかったかのようにアレンは「いってくる」と玄関を出た。
アレンがいなくなると使用人たちは戸惑いながらも仕事に戻っていく。
何名かはその日のうちに退職し、見ることもなくなった。
「私一人で対応できなくてごめんなさい」
アレンが早く帰宅した夜。寝室にやってきたアレンに謝罪すると、彼は私の隣に腰掛けた。
「クレアが早めに俺に相談してくれてよかった。だから気にしなくていい」
「でも、家のことは女主人がまとめないといけないのに、私はアレンが隣にいないと何も言えなかった」
落ち込む私の髪を撫でる手が温かい。
「最初から完璧にできる者はいない。女主人というのは結婚してすぐにできるわけではない。クレアはまだこの家に嫁いだばかりなのだから、ゆっくり学んでいけばいい」
「アレンは、私に甘すぎる」
「惚れた女は甘やかすものだろう。クレアがこの家に馴染んでくれようと努力してるのだから、俺はクレアを甘やかすし、俺もクレアに甘える」
「甘えてるの?アレンが?」
「甘えてるだろう。クレアと一緒じゃないと眠りたくないのだから」
そうしてアレンの腕が身体に回されるとベッドにぼすんと二人で倒れ込む。
クスクスとした笑い声が静かに響く。
無事に夜を迎え、二人で朝を迎えられるという幸せを噛み締めながら目を閉じる。
「愛してる、クレア」
まぶたに触れた柔らかい感触は、まどろみの中に溶けて消えていった。




