第六話 潜入はつらいよ②
レギウス城執務室――。
黒光りする大机には軍事・行政・立法、あらゆる裁可書類が山のように積み上がっている。その一枚一枚へ素早く目を走らせながら、皇帝レギウス三世は先刻の“マーリン襲撃失敗”の報告を思い返していた。
「──案外、魔族とやらも使い物にならぬものよ」
低く、だが部屋の空気を震わせる声だった。
皇帝の脳裏に、魔族との最初の会談が甦る。
奴らは、人間の情へ縋るような仕草で近づいてきたのだ。
『所詮、我らはこの世界の“バグ”。されど消えたくはないのです』
『聖ローマン教の堅物共には門前払い。しかし、陛下であれば慈悲を賜れるかと』
『陛下の悲願──大陸統一。その手を助ける技術を提供できます』
憐れみを装い、甘言を重ね、
そして何より──皇帝一族に受け継がれる“大陸統一の野望”を言い当てた。
あの瞬間、レギウス三世は悟った。
魔族は狡猾。だが、利用価値はある。
ゆえに、帝国の上層にすら伏せたまま、密かに手を組んだのである。
皇帝は立ち上がり、壁に掲げられた大陸地図を見上げた。
「ふん……奴らは己らが朕へ取り入れたつもりでいよう。
だが最期には──帝国の糧として消える運命よ」
指先が地図の帝国領をゆっくりとなぞる。
統一帝レギウス一世が築き、君臨帝レギウス二世が盤石にした版図。
その遺志と野望を継ぐのは、この朕である。
「パナデイア大陸は、ガルディア帝国が統べてこそ“光”を放つ。
未だ混沌は多い。だが、世界は必ず“収束”する。
何者たりとも──朕の前に立ちはだかること能わず」
皇帝は地図から視線を外し、
静かに、しかし断固たる声音で言い放った。
「たとえ神とて、朕の道を阻むことは許さぬ」
執務室の空気が、氷のように張り詰めた。
帝国の闇は、ゆっくりと、しかし確実に動き出していた。




