第五話 陰謀はつらいよ③
大聖堂の扉は重厚なはずなのに、
押すと拍子抜けするほど軽く開いた。
内部は外観以上に静まり返り、
白い大理石の壁が冷気を孕んでいるようだった。
広い礼拝堂には人影はなく、
わずかな蝋燭の明かりだけが揺れていた。
「……誰もいない?」
リラが小声でつぶやく。
「帝国での扱いを考えると当然かもな」
シドが周囲に警戒しつつ歩を進める。
寅二郎が肩を竦めようとした、その時――
「失礼。今、参ります」
奥の礼拝室から、柔らかい声が響いた。
足音は極めて静かで、気配を殺しているというより“邪魔をしたくない”という遠慮の気配をまとっていた。
白い法衣、長い銀髪は後ろで束ねられており、気品はあるが威圧はない。
若い――だが落ち着きすぎている青年が歩み出てくる。
「ようこそ、聖ローマン教大聖堂へ。
私はマーリン。この帝都における大司祭を務めております」
穏やかな笑みと共に軽く頭を下げた。
その仕草に、リラが目を瞬かせる。
“……丁寧すぎる?”
力ある地位の人間が取る態度としては、あまりに腰が低い。
帝国の扱いの悪さを知っているからこそ、かもしれない。
だが、それだけではない――寅二郎は直観的にそう感じた。
マーリンは三人を見渡し、少し驚いたように目を細めた。
「あなた方は……リ・エスティーネから来られた方々、でしょうか?」
「そうだ。大司祭マーリンに会いに来たんだ」
寅二郎が答えると、マーリンは本当にほっとしたように息をついた。
「よかった……危険な目に遭われていませんか?
帝都は少し、息が詰まるでしょう」
それは帝国の民が決して口にしない台詞だった。
ここでは皇帝批判すら“空気が許さない”のに。
シドが眉をひそめる。
「……随分、正直に言うんだな」
マーリンは苦笑し、視線を伏せた。
「私は……この帝国では外様のようなものです。
聖ローマン教は、あまり歓迎されておりませんから」
言葉こそ控えめだが、その声音には“現実”の重さが滲んでいた。
リラが口を開きかけて、しかし何かに迷うように閉じた。
マーリンの横顔、長い銀髪とリラと同じ蒼い瞳をじっと見つめ――
理由の分からない胸騒ぎを覚えていた。
寅二郎は肩を軽く押す。
「ま、とりあえず話をしようぜ。ここで突っ立ってても仕方ねぇし」
「はい。客間をご案内します」
マーリンはまた穏やかに微笑んだ。
けれどその表情の奥――
誰にも言えない孤独と、長い年月の諦念が、確かに揺れていた。
三人は気付かない。
この青年が、リラが“失われたと思っていた家族”だということを。
そして、この再会が帝国の深い闇を暴く引き金になることを。




