第四話 夜這いはつらいよ③
穏やかな夕暮れの中、三人はようやく宿屋へと辿り着いた。
旅の疲れを溶かすような温かな灯りが、窓越しにゆらゆらと揺れている。
シドが入ってすぐ、
いつものように二部屋を頼もうと手を上げた――その瞬間。
「今日は一人一部屋にしようぜ!」
寅二郎がズイッと割って入ってきた。
「……どういうことだ?」シドが眉をひそめる。
「今日こそリラともっこ……いや、その……」
語尾が濁る。リラは目を細めた。
「ほぁぁ……どうでもいいんじゃない? 私もう眠りたい」
盛大なあくびをしながら手をひらひら。
リラのだるそうな一言で、結局一人一部屋に決まった。
シドは横目で寅二郎を睨みつける。
(まったく、こいつというやつは……)
夜が更け、宿の廊下に静けさが満ちた頃――。
ムクリ、と一つの影がベッドから起き上がった。
寅二郎だ。パンツ一丁で胸を張り、大して小声でもない声量で言い放つ。
「待ってろリラちゅわん……! もっこり大作戦、決行だ!!」
宿屋の天井に響くほどイキイキしている。
もちろん誰も聞いていない。
勢いよくドアノブに手をかけた――。
バチンッ!
「フンギャラボビッ!?」
電撃が走り、彼の手が弾けた。
だが寅二郎は涙目になりながら気合で扉を押し開ける。
ガコンッ!!!
天井から、たらいが落ちてきて頭に直撃した。
「いてぇ……この仕掛け、シドの野郎か!!」
ぐらつく視界を堪えつつ廊下に出ると――
プチッ。
足元で糸が切れる感触。
ヒュン!
寅二郎の頭をかすめ、壁に矢が突き刺さった。
「殺す気か!!」
それでも彼の目には炎が灯る。
「……やってやろうじゃねぇか!!」
寅二郎は走った。
鉄球が転がり、刃が飛び、魔法の光が迫り――
宿屋の廊下はもう完全にひとつの迷宮だった。
飛び越え、滑り込み、壁を蹴って方向を変え、階段を駆け上がる。
野生と欲望と無駄な体力だけで、男は突き進む。
ついに、リラの寝る部屋へ踏み込んだ。
肩で息を切らしながら、寅二郎は両手を広げて宣言した。
「お待たせリラちゅわぁん!! もっこりしようぜぇ!!」
パンツ一丁でリラのベッドへ飛び込む――
その瞬間、布団がムクリと持ち上がった。
「なにぃ!?」
布団はそのまま寅二郎を包み込み、簀巻きにすると、
部屋の窓――なぜか開いていた――へ向かってゴロゴロ滑っていき……
ボフンッ!
外へ投げ捨てた。
「ぎゃああああ!!!?」
寅二郎が逆さ吊り状態になってもがく。
部屋のベッドから、低い溜息が漏れた。
「まさか、ここまで来るとはな……」
いるべきリラではなく、シドが布団から顔を出した。
「てめぇシドォォ!! 何しやがる!!」
「何してる、はこっちの台詞だ。この馬鹿。朝までそのまま反省してろ」
「朝まで逆さ吊りはヤバくない!? なぁ!? 聞けって!!」
寅二郎の情けない叫びは、夜風に吸い込まれていった。
――こうして“寅二郎のもっこり大作戦”は、華麗に(?)失敗に終わった。
その頃。
シドと入れ替わっていたリラは、シドの部屋の布団に丸まっていた。
宿屋に響く爆発音に耳を傾けながら思う。
(シドが急に部屋を代わってくれって言ったのは、こういうことだったのね……)
ふと、感じた。
(あら? この匂い……汗臭い男って感じじゃない。むしろ……)
リラは枕を指で触り、しばらく考え――目を細めた。
(女性の香り……?)
翌朝。
三人は宿屋の主人に、
「夜中にドンパチ、次からは勘弁してくれよ」
と、普通に説教されつつも清算を終え外へ出た。
「ふぅ……死ぬかと思ったぜ……」
紐の跡がついた寅二郎が呻く。
「自業自得だろうが、この馬鹿」
シドは淡々といつも通り。
そこへリラがふわっと抱きついた。
「へぇ、そんなことあったのね。ありがとうシド」
「こ、こら。何する……」
シドが慌てる。
リラは昨夜感じた“違和感”を確信に変えていた。
(この腰つき、体つき……やっぱりシドって女の人じゃない)
シドの顔色が変わる。
リラはにんまりと微笑んだ。
(ふふ。二人とも……そういうことね。へぇ……面白いじゃない)
「この旅、私ちょっと楽しくなってきちゃった」
「!?」シドは硬直し、
「へ、旅は楽しい方がいいに決まってら!」
寅二郎は脳天気に笑った。
そして三人は、
マーリン大司祭の待つ大聖堂へと歩き出した。




