第三話 現実はつらいよ②
寅二郎が異世界の“現実”に直面していた頃、アンナたち勇者PTも初めての壁にぶち当たっていた。それは“お勉強”。
「もぉ!魔王討伐とか言ってたのに最初に文字のお勉強なんて!」
アンナは机に突っ伏した。
ここはリ・エスティーネ王国首都エスティアの聖ローマン教大聖堂内の講堂。ここでアンナたち勇者PTは聖母マリアの親衛隊《聖盾隊》から文字の読み書きを習っていた。
“英雄召喚”の秘儀で召喚された異世界人たちは女神の加護で意思疎通、会話をすることは出来る。しかし、こちらの人々が作り出した文字の読み書きは加護の範囲外だった。
「でも、学校みたいで楽しくないですか?」
「だよね。何か女の子同士でこういうの、楽しい!」
ユキナとリルルは、
前世の事情もあるのか学校に憧れがあったようで終始楽しげだ。
「それに文字習得は生活するのに欠かせないぞ」
「そうよ。金勘定は特にね」
アリアとヤスコも案外乗り気だ。ヤスコの動機はやや不純だが…
「分かってるわよ。もぉ」生来体育会系のアンナはどうも苦手らしい。午前に勉強、午後から基礎体力向上のための訓練や模擬戦を熟す日々。アンナは午後が待ち遠しい様子。
そこへ扉が静かに開き、澄んだ気配が講堂に流れ込んだ。
聖母マリアが姿を見せたのだ。
「みなさん、こちらでの生活に少しは慣れてきましたか?」
優しい声に、アンナは顔を上げた。
「はい……でも、お勉強は、その……」
「悪戦苦闘中です」とか細く続けた。五人の胸の奥には、“世界を救う”と言われてもどこか他人事のような距離感がまだ残っていたのだ。
「ええ、分かっていますよ」
マリアは困ったように微笑んだあと、静かに姿勢を正した。
「ですが――どうか、投げ出さないでください。
皆様には“魔王を倒す勇者PT”としてだけでなく、
国と国を繋ぎ、人々の心に光を灯す“希望の象徴”になっていただきたいのです」
その言葉は美しい響きを持っていたが、
同時に重い現実の鎖のようにも感じられた。
ただ戦うだけでは済まない。
式典も、交渉も、責任も。
――彼女たちの背中には途方もない荷が積み上がっていく。
沈黙した空気の中、アンナは拳を握りしめた。
みんなの視線が、彼女の背中に集まる。
「……それでも、やるよ。
この世界のみんなのために、私たちが魔王を倒すんだ!」
言い切ったアンナの顔に迷いはない。
その表情に、他の四人も次々と息を吹き返すように声を上げた。
「うん、やろう」
「やるしかないもんね」
「……私も、やります」
「ま、逃げるキャラじゃないしね、私」
彼女たちの決意に、マリアはそっと微笑み――
講堂のステンドグラス越しに差す光が、まるで彼女たちを祝福するかのように柔らかく揺れたのだった。




