第四話 夜這いはつらいよ①
城門を抜け、帝都レギオンブルクの街並みに三人は思わず言葉を失った。
建物の高さ、石造りの重さ、街全体に漂う絶妙な圧力
──アムステルドの時よりなお重い。
「……なんか、いきなり空気が固くなった気がするんだが」
寅二郎が眉をひそめる。
「帝国は軍の国よ。装飾よりも効率と威厳が優先されるの」
リラが肩をすくめるが、視線は高層の建物群に釘付けになっていた。
道の両脇の建物は直線的で重厚、黒鉄の窓格子は槍のように鋭く、赤茶の煉瓦壁には軍旗や行政紋章が掲げられている。
教会の紋章は……ほとんどない。
「そういえば、聖ローマン教の旗とか見えないな。普通こういうデカい街って、あっちこっちに教会の飾りがあるもんだろ?」
寅二郎が周囲を見回す。
シドは低い声で答えた。
「この国じゃ、皇帝が教会を遠ざけている。
“宗教は個人の信仰、
政治に関わらせるな”というのが帝国の伝統だ」
「へぇ……そんな国があるんだ」
リラは少し驚いた顔をした。
アムステルドでは、
教会の鐘が鳴らない日はないほど生活に染みついていたからだ。
ちょうどその時、運河沿いの通りに出た。
黒い鏡のような水面が建物の影を映し、昼間なのにどこか薄暗い。
赤い街灯だけが点々と光り、軍都特有の冷たい美しさが街を覆っていた。
「……何か、街全体が“整いすぎてる”気がするな」
寅二郎が身震いする。
「秩序の街だからな。余計な宗教装飾は“雑音”と見なされる」
シドは周囲を観察しながら淡々と言う。
リラはふっと息を吐いた。
「信仰がほぼ禁止ってわけではないのよね?」
「個人的に祈るのは自由だ。
ただし教会が“勢力を伸ばす”のは皇帝が嫌う」
シドがそう言うと、少し間を置き──
「……だからこそ、
マーリン宛の密書なんて持ってると、下手をすれば処罰されるぞ」
寅二郎とリラが同時に固まった。
「それ先に言えよ!!」
「マジで怖いじゃない!」
「言わなかったらもっと怖かっただろうが!」
そのやり取りに周囲の帝国市民がちらりと視線を向ける。
どの顔も真面目で、表情に崩れがない。
軍都の民らしい落ち着きと緊張感が混ざっていた。
しかし、そんな空気をまったく読まない男が一人いる。
「と、とにかく飯だ! 腹減って倒れそう!」
寅二郎は馬の手綱を勢いよく引いて歩き出す。
「おい!帝都でデカい声出すな!」
シドが慌てて追う。
「……はぁ。ほんっとこの男、どんな街でも平常心ね」
リラは呆れながらも笑い、二人の後に続くのだった。




