第一話 護衛はつらいよ⑤
シドが胸元をそっと開くと、服の内側が裂かれていた。
それは“戦い”の傷ではなく、
明らかに何かを探って切り開いた跡。
「くそ……持ち物を漁られたのか」
寅二郎が足元を見ると、袋の紐が切断され、中身が散らばっていた。
財布は無傷。それだけで盗賊ではないと分かる。
「これ……探し物をしてた、って感じだな」
「しかも、リラを狙った連中とは動きが違う」
「別の目的を持ったやつが、裏から入ってきた……ってことか」
リラが蒼白な顔で部屋の前に立ち尽くす。
「どうして……彼の物を? あの人、一体……何者なの?」
シドは上客の手から滑り落ちた一枚の紙片を拾い上げる。
角が破られ、何かの印章だけがかろうじて読める。
そこには──
帝国軍の紋章の一部が。
「……やっぱり、普通の客じゃなかったか」
寅二郎が低く呟く。その場の空気は、血の匂いより冷たかった。
リラが震える肩を押さえながら、寅二郎とシドは視線を交わす。
「……この騒ぎ、帝国の憲兵隊が黙ってるわけねぇよな」
寅二郎が眉間に皺を寄せる。
シドは紙片を指先で弾き、ひらりと返した。
帝国軍の紋章の“欠けた輪郭”だけが、そこに残っている。
「来る。すぐに。しかも──普通の聞き込みじゃすまないはずだ」
リラが不安げに顔を上げる。
「憲兵隊が来るって……悪いこと、したわけじゃないのに……」
「リラ、悪いのは店じゃねぇ」
寅二郎が優しくも低い声で言う。
「ただな。帝国の憲兵隊は、
こういう“軍人の死”には敏感なんだ。
しかも、裏で何か隠してる時ほど余計にな」
シドが上客の死体横に片膝をつき、散らばった中身を順に拾い集める。貨幣袋、手袋、簡素な飯袋――どれも“無事”。あえて避けられた形跡すらある。
「……こいつら、金じゃなく“情報”が目的だった」
破られた袋から、金属の小さな音が床に転がった。
チャリン。
シドが拾い上げると、それは“贈り物の一つ”──
前回、上客がリラに置いていった小さな銀細工の飾りだった。
だが、裏面が薄くこじ開けられ、内部が精密に探られた痕跡がある。
「……これ、ただのアクセじゃねぇぞ」
寅二郎も覗き込む。
「中に何か隠してた……もしくは“渡す相手”が別にいたか」
「それを狙ったのが裏口から来た別動隊。
で、リラを襲った連中はまた別の仕事……ってワケか」
シドが吐き捨てるように言う。
リラが不安で声を震わせる。
「私のところに通ってたのは、
……その“渡す相手”が私、だったってこと……?」
寅二郎はそっとリラの肩に手を置いた。
「分からねぇ。ただ、今のまんまじゃ憲兵隊に全部持ってかれる。
それに、あいつらが本当に“味方”かどうかも怪しすぎる」
シドは上客の遺体と散らばる荷物をもう一度見回し、低くつぶやく。
「……リラ、悪いけど」
その声は真剣そのものだった。
「贈り物、全部調べさせてもらう。
隠し物があるなら、今ここで見つけないとマズい」
リラは一瞬だけ迷った。
けれど、蒼白な表情で、ゆっくりとうなずいた。
「……うん。彼が何を抱えてたのか、私も知りたい」
寅二郎が立ち上がる。
「じゃあ手分けして調べっか。憲兵隊が来る前に、全部洗うぞ」
シドは最後にもう一度、裏口の暗闇を睨んだ。
「あの別動隊……まだ近くにいる。
“探し物”が見つかるまで絶対引かないタイプだ」
物語はここから、いよいよ帝国の深部へ潜り込み始める――。




