第二話 もっこりヴィランはつらいよ③
階段を上がると二階には大きな扉が一つだけあった。扉を開くと、中は祈祷所だろうかマットと丸座布団が整然と並べられ奥が一段高くなっている。そこには椅子が置いてあり、女盗賊ゾルダがキセルを吹かしながら座っていた。
「随分鮮やかな手並みだねぇ。何者だい?」
ゾルダは一度キセルを打ち火種を落とすと、次を詰め火をつけ口元へと運んだ。
艶の良い黒色の髪をパイナップルのように後ろに縛り上げ前髪は二房、左右に下がっている。一重の黒い瞳は鋭く、キセルの乗るぷっくりとした唇は赤い紅がテカっている。
なんとも艶っぽい雰囲気に寅二郎は“花魁”をイメージし、ごくりと唾を飲んだ。
「も」もっこりしましょうとは少しも言わせず寅二郎の口をふさぎ、
シドが言った。
「盗賊なんぞに居座られてみんな迷惑しててね。捕まえさせてもらう」
「へぇ冒険者なのかねぇ」ゾルダが足を組み替えて言った。
「やれるもんならやってみな!」その瞬間キセルを放り上げ、詠唱を開始した。
「夜より暗い闇よ
一切の光を拒む霧となり
この場を満たせ!
《シャドー》!」
二人の攻撃より先に詠唱が完成し、あたりを黒い闇が包む。
(幻惑魔法か!)上下左右の感覚さえ奪われた感覚。
ただただ黒い空間に放り込まれたような錯覚を覚えるシド。
それでもシドが意識を集中すると、おぼろげながら寅二郎の居場所が分かった。
「トラジロウ、大丈夫か」シドが声をかけると、
「ああ、何とか」寅二郎が答えた。どうやら視覚を奪うだけのようだ。
しかし、そこで第二の詠唱が決まった。
「欲望渦巻く闇の泉
色の雫となり垂らし
欲の形を成し出でよ!
《チャーム》」
寅二郎の前に顔のない女が現れた。
「トラジロウさーん」手招きする女を見ながらシドは思った。
(ふん、トラジロウに魅了は効かん。
リーネの“月喰いの偶像”さえ跳ね除けたんだ)
しかし、当の寅二郎は、
「もっこりちゃーん!」と女に向かって飛び掛かった。
ドゴン!
実際にはそこは壁だったのだろう、頭から突っ込みぶち抜いた音がした。
(嘘だろ!この程度の魔法に?)驚愕するシド。
(ちぃ、俺がやるしかない。ゾルダは…)シドが気配を探る。
(見つけた…左奥だ。詠唱に集中している気配がある)
シドがゾルダの気配を見つけた一方で、
あちこちで壁にぶつかる音は続き、ついには、
「そこかぁ、もっこりちゃん」寅二郎の目がシドをロックオンしていた。
「今度こそ、逃がさないからねぇ」手をにぎにぎしながら近づく寅二郎。
(この馬鹿、本気か……やめろ)シドの鼓動が早くなる。
「もっこりちゃーん!」寅二郎が飛んできた!
「きゃぁ!」思わず素で叫び、胸を隠しながら寅二郎を殴り飛ばした。
「きゃぁ!」寅二郎が飛ばされた先でも悲鳴が上がった。
「捕まえたぜ!ゾルダ!」顎をさすりながらも寅二郎がゾルダを捕まえていた。
魔法の効果が消えたのか、祈祷室の様子が見えてきた。寅二郎が突っ込んだ跡だろう穴が方々の壁に開いていた。そこから泉からの水を含んだ冷たい風が流れ込んできた。マットや丸座布団は砂まみれ、椅子も倒れてキセルの灰が散乱していた。
「いやしかし、全く見えなくなるとはな。
シドの位置はなんとなくわかる程度だったし」
ゾルダを縛りながら、寅二郎が言った。
「魅了にかかっていたわけではないんだな」
「ああ、そっちは演技だよ、演技。
お前ならゾルダの位置も分かるだろって近づいたら、
殴り飛ばすんだもんなぁ」と、寅二郎がぼやいた。
「ああ、すまない。力が入りすぎたな。しかしゾルダはちゃんと居ただろ」
シドはごまかした。そして自分の鼓動が収まらないことを自覚していた。女として見られた自分、寅二郎に迫られた気持ち、顔の火照りが取れなかった。
(こんな気持ち……どうしたんだ私は)
そんな中、シドの心も知らず寅二郎は言った。
「さてゾルダ!オシオキタイムだべぇ」
「いやぁああ!なんで縛り方がプロなんだいアンタ!?」
悲鳴を上げるゾルダを亀甲縛りにしたり、
あちこちつんつん指でつつく寅二郎に、
「朝には憲兵隊に引き渡すぞ。それくらいにしておけ」
程度しか返せないシドであった。




